第5話 食は大事

 釜戸に調理器具を準備したアースは姉妹に調味料はないかと尋ねた。ここは森の中だ。あっても香草か花椒くらいかと思っていた。だが、姉妹の口からは驚くべき言葉が発せられた。


「調味料? なんだそれは?」

「……は、はい?」

「私にもちょっと……。アースさん、調味料とはなんでしょう?」


(もうやだこの人達……)


 アースは目頭を押さえ天を仰いだ。そして調味料を知らないという二人に調味料とは何かをこんこんと説明してやった。


「なるほど。そんな物があったのか……」

「それがあると食べ物がもっと美味しくなるんですね! 初めて知りました!」

「……あぁ、うん。良かったね」


 さて、ここで問題が生じた。この二人が知らないとなるとアースにもわからないと言う事になる。生まれてこの方山から出た事がなかったアースには前世の知識はあってもこの世界の知識は全くないと言っても過言ではなかった。探すにしてもどこをどう探して良いか見当もつかないのが現状である。植物があった所でそれが何なのかもわからないし、もしかしたら毒が含まれているかもしれない。アースの料理についての講義はいきなり暗礁に乗り上げていた。


「ごめん。調味料について俺には知識がなくて……。この森になにがあるかなんてわからないし、どこを探したらあるかわからないんだ……」

「ふむ。その調味料と言うのはあれか? 舐めると甘い粉やしょっぱい粉、辛かったり鼻がムズムズする粉の事だろう?」

「そう、それ! なんだ、知ってるんじゃないか!」

「いや、まさかそれを料理に使うとは思わなくてな」

「え?」


 何に使うか気になったアースは姉にその粉の使い道を尋ねた。どうやらそれは薬の調合に使うらしく、森では貴重な資源なのだそうだ。


「まぁ……森じゃ貴重だよね。量が集まらないとか?」

「いや、貴重の意味が違う」

「え? じゃあなんで貴重なの?」


 姉が理由を説明した。


「ダ。ダンジョン?」

「そうだ。森の奥深くにダンジョンと呼ばれる不思議な場所があるのだ。入り口は階段のようになっていてな、草むらの上にあるのだ。この階段は何をどうしても破壊出来なくてな、ある日エルフの精鋭が意を決してその階段を下りてみたのだ。するとそこは地中にも関わらず明るいし魔獣が出るしで大変だったそうだ」

「へぇ~……」


 姉の説明は続く。


「でだ、そのダンジョンで魔獣を倒すと宝箱が落ちるのだ」

「宝箱?」

「うむ。その中身は完全にランダムであり、石ころだったり木の枝だったりと様々な物が入っているらしいのだ。らしいと言うのは私はまだ未熟で連れて行ってはもらえなかったからだ。これはダンジョンに潜った父から聞いた話だ」


 現代の知識を持つアースにはちゃんと理解できていた。そういったゲームや漫画などから何か発明に関するヒントが得られないかと、アースはあらゆるジャンルの知識を集め修めていたのである。


「なるほど。じゃあその調味料に似た粉はそのダンジョンで手に入るってこと?」

「そうだ。しかも地下十階より下に行かなければ手に入らないらしい。だが地下十階にはジャイアントスパイダーという大型の魔獣の部屋があるのだ。これを攻略しないことには粉の手に入る階層には行けない仕組みになっているのだよ。これが貴重の言葉の意味だ」

「そっかぁ……。ねぇ、そのダンジョンって誰でも入れるの?」

「うん? いや、子供のエルフや未熟なエルフは入れないようになっている。そしてダンジョンの場所さえ秘匿されているのだ」

「じゃあ俺なら入れるんじゃない? エルフじゃないし」


 その言葉に姉が慌てて止めに入った。


「バ、バカを言うな! あそこは子供が入って無事に済む場所ではないんだぞ! 魔法の粉欲しさに危険を冒すなどありえん!」

「大丈夫だって。俺の力は見たでしょ? あれでもだいぶ加減してたんだから」

「な、なにっ!?」


 姉はフォレストベアを一瞬で絶命させた一撃を思い出していた。


「あ、あれで加減していた……だと?」

「うん。本気でやったら肉全部なくなっちゃうし」

「な、なんて奴だ……」


 姉は改めてアースの力に驚愕していた。


「で、ダンジョンの入り口はどこにあるの? 美味しい料理のためにも是が非でも調味料は手に入れたいんだよ」

「はぁ……。わかったよ、私の負けだ、教えよう。ただし、無茶は絶対にしないこと! 危険だと判断したらすぐに引き返すこと! 期限は一週間! これを守ると誓うなら場所を教える」

「うん、誓うよ」

「全く……。この頑固者め。良いか、場所はだな……」


 姉は妹に聞こえないようにアースに父から聞いた場所を耳打ちした。これは間違っても妹を危険な場所に行かせまいとの心からである。つい最近妹を危険な目に合わせてしまった姉は慎重に慎重を重ねた。

 アースは耳打ちされながら姉の美貌に心をときめかせていた。


「ん? アース、ちゃんと聞いてたか?」

「も、もちろんだよ! ちゃんと聞いてたよ」

「そうか。なら出発は妹が寝てからこっそりとだ。妹には私がちゃんと誤魔化しておいてやる。ダンジョンンに向かったと知ったら妹はお前を心配するだろうしな」

「りょうかい。じゃあ今日の深夜にこっそりと出発する事にするよ」

「ああ、止めても無駄だろうし、もう止めはしないよ。ただし、死ぬんじゃないぞ?」

「あはは、大丈夫だって。俺に任せといてよ!」


 明るくそう言うアースに姉はため息を吐くのであった。

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