第9話 エルフの子供たち

 姉妹が里にエルフの子供たちを迎えに行っている間、アースは何を作ろうかと頭を悩ませていた。


「子供って何が好きなんだろ……。カレー? いや、まだスパイスが足りないから無理だ。なら……あれにするか、よしっ!」


 アースはストレージから肉を各種取り出しミンチにして捏ねる。繋ぎに卵黄と細かく刻んだ玉ねぎ、人参、ピーマンを加え更に捏ねる。出来上がった肉のタネを子供のサイズに合わせてわけ、両手で空気を抜きながら小判型に形を整える。最後に小麦粉で肉汁が流れ出すのを防ぎつつ、中央に窪みをつくり、焼く焼く焼く。


「子供と言ったらハンバーグでしょ! 何人来るかわかんないし多めにタネだけ仕込んでおこう」


 時刻は昼飯時。ステーキ以来の肉の焼ける香ばしい匂いが里を強襲する。


「くぅぅぅっ! 何なのだこの匂いは! やたら腹が減るっ!」

「あ、見ろ! 子供たちが例の家に向かってるぞ!」

「なにっ!?」


 姉妹が子供らを引き連れアースの家に向かう。その数十人。


「お姉ちゃん、本当に美味しいモノ食べられるの?」

「ああ。味は保証しよう。ほら、あちらから良い香りが漂っているではないか!」

「……くんくん、本当だ! これはお肉かな?」

「色んな肉が混じっているな、私にはわかるぞっ!」


 そこにフライパンを片手に持ったアースが現れた。庭にテーブルを置き、ベンチも用意してある。料理はそこに並べられていた。


「まったく、お前の鼻はどうなっているのやら」

「おおっ! アース、それは初めて見る料理だな! さ、早く早く!」

「その前に自己紹介だろ!?」


 アースはエルフの子供たちに向かって挨拶を始めた。


「俺はアース。歳は五歳。見ての通り人間だ。森で死にかけていたそこの残念な姉エルフを助けて以来ここで暮らさせてもらっている」

「誰が残念エルフだ!?」

「お、お姉ちゃん! 邪魔しちゃダメだよぉ……」

「くっ!」


 アースは姉妹を軽くスルーし、話を続けた。


「今日は来てくれてありがとう。さ、ベンチに座ってくれ。今から美味しいご飯を食べさせてあげよう」

「「「「は~い!」」」」


 そしてアースは再び焼きに戻り、子供用に十皿、姉妹用に二皿、最後に自分の分を焼き上げ、ライスと共に皆の前に並べた。スープは野菜のコンソメスープだ。


「じゃあ蓋を外して」

「待ってました! そぉいっ!」


 姉がいの一番に蓋を外して中身を確認する。


「なんだ……これはっ! 凄く美味そうだぞ、アース!」

「これはハンバーグと言ってね、オーク肉、ボア肉、ラビット肉を挽いて合わせた肉を焼いた料理だよ。かかってる赤いのはトマトからつくったソース。さ、食べてみて」

「……いざっ!」


 姉がなんの躊躇いもなくハンバーグにナイフを入れる。


「こ、これは肉汁か! で、では……」


 姉がハンバーグを口に含むのを子供らたちが固唾を飲んで見守る。やがてその一塊が胃にながれていった瞬間。


「うっ……」

「「「「う?」」」」

「うっまぁぁぁぁぁぁぁぁい! なんだこれはっ! けしからんっ、けしからんぞぉぉぉぉぉっ! ハグハグハグハグ……!」


 姉のハンバーグがみるみる小さくなっていく。おかしいな、三百グラムはあった筈なのに。


「……足りんっ! アース、もうないのかっ!?」

「あるけど……」

「ならおかわりだ! 私はおかわりを希望するぞ!」

「えぇぇぇぇ……」


 その様子につられ、子供たちも姉の真似をしながらハンバーグを口に含んでいく。


「ん~~~っ! 美味しいっ! 六十年生きてて初めてこんな美味しいもの食べたよっ!」

「ろ、六十年!?」

「はぐはぐはぐ! 本当! 私も五十年生きててこんな美味しいお料理初めて!」


 どうやら全員が自分の十倍近く生きているらしい。まぁそれでも前世の自分よりは年下なのだが。見た目は子供でも長く生きている。これがエルフらしい。


「じゃあ姉妹もまさか……」

「はぐはぐ……。ん? 私は今年で百七十歳だ」

「あむあむ。私は百五十歳ですっ」


 アースは悟った。ああ、これじゃ子供扱いされて当然だと。いつの間にか自分の皿が姉の前に移動され、食われていたが、アースは何も言わなかった。


「ふぅっ、お腹いっぱいだ。今日の料理も美味かった! さすがアースだな! はははは……は? お、おい……アース……。そ、それは……な、なんだ?」


 アースは姉の腹がいっぱいになった所で秘密兵器を出した。


「これはハンバーガー。肉はそれと同じ。これはパンにレタスとハンバーグ、トマトソースを挟んで食べる料理だよ。ではいただきま~す。はむっ……んぐんぐ。うん、美味いっ!」

「なっ!? ず、ズルいぞアース!! そんな料理を隠しているだなんて! くっ、もう入らんっ!」

「ははははは! 俺の皿を奪ったお前が悪いっ! あ~美味い美味い! はははははははっ!」

「くぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 姉は悔し涙を流していた。


「お、お姉ちゃんが子供みたいだ……」

「もう百七十歳なのに……なんて子供……」


 子供たちはアースたちのやり取りを見て唖然とした後、笑みを浮かべるのであった。


「くっ! 覚えておけっ! 絶対仕返ししてやるぅっ!」

「はいはい、いつでもど~ぞ。あ、そうだ。君たちジュース飲む?」

「「「「ジュース??」」」」


 アースは蜂蜜を入れたオレンジジュースを皆に渡した。


「美味しいっ!」

「オレンジと蜂蜜がマッチしてる!」

「くぅっ、これも初めてじゃないか! 素晴らしい……素晴らしいぞっ!」


 エルフたちはジュースを知らなかったらしい。これくらいなら知っているかと思ったが、姉に話を聞くと、どうやらエルフは何かと何かを混ぜると言う概念が薄いように感じた。薬ならともかく、料理は腹が膨れればいいと思っている節がある。果たして本当にそうなのだろうか。


「なるほどねぇ……。里の人達はあの残念料理ばかり食べているって事かぁ……」

「残念料理??」

「ん? ああ、うん。そこの最近少しムッチリしてきた姉エルフの料理を前にね」

「あぁ~。それは間違ってるよ~」

「え?」

「あ、こらっ!」


 姉が慌てて口を塞ぎに向かうが間に合わなかった。


「お姉ちゃんたちは特別料理が下手なんだよ~。切る、焼くしかできないんだもん」

「刻むも出来るわっ!」


 子供エルフはそんな姉を無視し、言葉を続ける。


「本当は私達もボア肉の香草で包んで蒸した料理とかミルク煮とか食べてるんだよ? アースさん騙されたんだよ~」

「ふむ、やはりそうか。おかしいとは思ってたんだよ。あまりに原始的であれがエルフの料理だとは思えなかったんだ」

「ぐぬぬぬぬ……!」

「原始的! あははははっ! お姉ちゃんなら仕方ないよ~。脳みそまで筋肉だし」

「だ、誰が脳筋だっ! えぇぇぇい! お前たちっ、食ったらさっさと帰れぇぇぇぇっ!」

「こらこら、勝手に帰すなっての」

「なに?」


 アースはストレージから何かを取り出してテーブルに置いた。


「なんだそれは?」

「玩具だよ。ほら、娯楽って大事じゃない? せっかく来てくれたんだし、これを使って皆で遊ぼうじゃない」

「「「「遊ぶ??」」」」


 どうやら娯楽と言う概念も無いらしい。これは姉妹はおろか、子供たちも首を傾げていたので本当に知らないらしい。

 アースはさっそく取り出した玩具の使い方を皆に教えるのであった。

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