第2話 転生先は竜でした

 神の世界に来てから数年、老人だった魂は子竜となり世界に産まれ落ちていた。


『話がずいぶん違うじゃないか! どこだここは!? そしてなぜ俺はトカゲに!? あの神……失敗してるじゃん!』


 若返ったせいか口調も若かりし頃に戻っていた。今老人だった彼は生まれたての子竜、歳は五歳だ。


『アース、アース!』

『んん?』


 この世界での親が洞窟の奥で彼を呼んでいる。彼は属性が地であったため、アースと名付けられていた。地球での名前が大地だったためか、彼にはよく馴染んでいた。


 アースは呼ばれた先に飛んで向かった。洞窟の奥には白と黒の竜が二体丸まっている。この二体がアースの父と母だ。


『なんです?』

『アースよ、お前ももう五歳となった。そろそろ人化の術を使えるようにならんとな』

『人化の術??』

『うむ。人化の術とは我らの巨大な体躯を人間の姿にまで縮める術の事を言う。お前の兄や姉も人化の術を覚え、今は人間の里で人に混じり世界を回っている。お前ももう五歳だ。これからは親に頼らず自分とこの力で生きていくのだ』


 アースはこの話を聞いてこう思った。


(五歳で自立しろってか。なにこのハードな生活……)


 だが文句を言ったところで何も始まらないのでアースは件の人化の術について質問した。


『人化の術はどう使うの?』

『うむ。我らの身体は体内にある魔核から発せられる魔力と肉で構成されている。人化の術とはその魔核に魔力でアクセスし、肉体を再構成する術を指す。この際、人間の姿を正しくイメージする事で竜の能力はそのまま、身体のみが人間のものとなるのだ。今から手本を見せるぞ。我らの姿をよく見て覚えるのだ、アース』

『はい、父さん』


 アースの目の前で両親が人化の術を使った。するとその巨大な体躯はみるみる縮んでいき、やがて竜だった姿が人の姿へと変化を遂げた。


『おぉぉぉぉぉ!』

「ふぅっ、どうだ? これが人間の姿だ。お前は初めて見るだろう?」

「この姿も久しぶりねぇ~。アースを作った時以来かしら?」


 目の前に人間の姿をした両親がいる。その姿はまさに美男美女。父は腰まである長い黒髪に燃えるような紅の瞳、身体は筋肉の鎧に包まれている。対し、母は白髪に透き通るような白い肌、蒼い瞳にメリハリのあるワガママボディを誇っていた。


「さ、やってみろ。なに、失敗してもリザードマンくらいにはなれるはずだから躊躇する事はない。重要なのはイメージだ」

『は、はぁ……』


 イメージも何もアースは元人間。しかも曾孫までいた老人だ。人間の身体については十分過ぎる程熟知している。

 アースはその知識を生かし人間の姿をイメージする。


『いきます、人化の術!』


 アースは体内にある魔核に魔力を流すと同時に人間の姿をイメージした。イメージは五歳だった時の自分の姿。

 二メートルはあった自分の身体が小さくなっていく感覚を覚える。


「おぉっ!? まさかいきなり成功か?」

「まぁっ! まさかいきなり成功するの?」


 身体がどんどん小さくなっていき、やがてその姿は五歳児のものに変わった。


「……どうかな? 出来てる?」

「うむ。完璧だ! まさか一回で成功するとは思わなかったぞ! お前は兄らより優秀だな!」

「そうねぇ。アースの兄なんて百回は失敗してたもんねぇ~」

「百回って……」


 この術が難しい事は十分わかる。ちゃんと人間の姿をイメージ出来ないと成功しないというなら人間の姿を詳しく知らない竜には一発で成功させる事など不可能なのだろう。

 その点、アースは地球からの転生者だ。人間の姿などありふれたもので誰よりも見慣れている。


「ふぅむ。思えばお前は生まれた頃から優秀だったな。父として誇らしく思うぞ」

「いえ、そんな。俺なんてまだまだ未熟ですよ」

「うむ。そうだ。だから人間と交わり世界を知るのだ。これからはお前の好きなように生きるが良い。何をするにもお前は自由だ。そして……出来るなら親より早く死ぬでないぞ?」

「はいっ! もちろんです! これより俺は人間の世界で暮らしていこうと思います! 父さん、母さん、今まで育てて頂き……ありがとうございました!」


 そう言い、アースは深々と両親に向かって頭を下げた。


「アースよ、その姿のまま背中に翼を生やす事も出来る。ここは人間も近寄らぬ高い岩山、歩いて下るのは大変だろう。下までは飛んで行くと良い」

「はいっ! ……はぁっ!」


 アースは背中に意識を集中し、魔核に魔力を流し翼を生やして見せた。


「では……行って参ります!」

「うむ。達者でな、アース」

「ちゃんと勉強するのよ~」


 アースはこの日五年暮らした洞窟から世界へと旅立った。


 両親は小さくなっていく息子の姿を見て身を寄せあう。


「最後の子が旅立ちましたね、あなた」

「ああ。アースの才能は我らを遥かに凌いでおる。これから人間の世界を知り、あいつがどう育つか楽しみだな」

「ええ。天竜と魔竜の血を一番濃く継いだのはあの子かもしれませんね。アースが人間を見てどう感じるか……楽しみですわ」

「……ああ。願わくば破壊竜にはならんことを祈ろう」

「もう自分の子を手にかけたくはありませんからね……。今のところアースの兄や姉にも問題はないようですし……」

「ああ。人間も少しはマシになったのかもしれんな。さて、我らは来るべき時のために眠りに就くとしよう。我が子らが破壊竜になった時のために力を蓄えておかないとな……」

「ええ……」


 アースの両親は自分の子らが世界を滅ぼそうとする時のために深い眠りに就いた。


 一方、山をおりたアースは現在山の麓にある深い森で道に迷っていた。


「うわぁぁぁぁぁん! ここどこだよぉぉぉぉぉぉっ!? もう背中に翼を生やしたら竜だってバレるから生やせないし! 麓の森がこんなに深い森だったなんて聞いてないよぉぉぉぉぉぉっ!」


 前世を合わせると百歳以上の爺さんが迷子になって号泣していた。どうやら精神年齢まで若返っているらしい。


 アースは現れる魔物を凪ぎ払いながら深い森をあてもなく進む。


「はぁぁ……。どうせこんな場所に人なんているわけないし……もう飛んでいっちゃ……あれ?」


 再び背中に羽を生やして飛ぼうとした時、森の先から叫び声と誰かが戦っている音が聞こえてきた。


「だ、誰かいるのかな? い、行ってみよう!」


 アースは声が聞こえる方へと急いで駆け出した。


「お姉ちゃんっ! 逃げてっ! 私は良いからっ!」

「良いわけあるかっ! お前は必ず私が守るっ! 姉が妹を見捨てて逃げられるかっ!」

『グルルルルル……ガァァァァァァァァッ!!』


 向かった先では巨大なフォレストベアが丸太のように太い腕を振り上げ、今にも姉妹に襲い掛かろうとしていた。


「ぐっ……! ここまでか……っ!」

「お姉ちゃんっ! いやぁぁぁっ! 誰か……誰かお姉ちゃんを助けてっ!」

「俺に任せろっ!」

「「えっ?」」


 姉妹は突然現れた子供に驚く。


「な、何をしているっ!? 危ないぞっ!」

「良いから良いから。今あの熊を倒しちゃうからね」

『グルルルルル……! ゴガァァァァァァッ!!』

「あ、危ないっ!」


 アースは姉と熊の間に立ち、振り下ろされる丸太のように太い熊の腕を片手で受け止めた。


「……は?」

「食らえっ! 【ストーングレイブ】!!」

『ガァァァァァァァァッ!?』


 熊の股下から岩で出来た槍が伸び頭まで貫いた。


「つ、土魔法?」


 アースの魔法を食らった熊の魔物は絶命し、動かなくなった。

 アースは熊の魔物が動かなくなった事を確認し、笑顔で後ろを振り向く。


「もう大丈夫だよ、怪我はなかった?」

「は? え? えぇぇぇ?」

「た、助……かった……の?」


 助けられた姉妹は未だ現状を把握出来ず、戸惑っていたのであった。

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