第38話 本腰

 最初の調査船が出発してから二ヶ月、皇帝は一向に戻らぬ調査船に痺れを切らしていた。


「えぇぇいっ! 何故戻らんのだっ!! もうとうに戻っても良い頃ではないかっ!!」

「陛下、北にはクラーケンが出る海域がありますゆえ、もしや……」

「……やられたと申すか」

「おそらくは……。陛下、ここは一つ北は諦めて他の大陸を……」

「ならぬ! 獣人は必ず根絶やしにせねばならんっ! それが死んだ弟への手向けだ」


 皇帝の思いは頑なだった。


「一隻でダメなら十隻出せ。魔導師も乗船させて行け。次の失敗は認めぬ。わかったら早く用意せよ」

「畏まりました……」


 皇帝にこう命じられては断れるはずもなく、その翌日、多くの魔導師を積んだ調査船乗隻がゴッデス大陸を出立した。


「全く……、陛下にも困ったものだ」

「そんなに獣人が憎いのでしょうか」

「陛下は弟君を寵愛していたからな。弟君は残忍、狡猾、卑怯と悪の生き写しのような男だったが陛下にはたった一人残った血の繋がった唯一の家族だったのだ。仕方あるまい……」

「これで俺たちまで死んだらやってられないですよ」

「今回は十隻も集まったのだ。大丈夫だろう」


 そして出立から一ヶ月後、十隻の船はデモン大陸を単眼鏡で視認出来る位置まで到達した。


「クラーケンは出ないな」

「そうです……あ、危ないっ!!【プロテクションウォール】!!」

「なっ!? うぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 突如水平線から光が降り注ぎ、周囲の船三隻が轟沈させられた。かろうじて防御魔法が間に合ったのは七隻。


「な、なんだいまの光はっ!!」

「だ、第二射来ますっ!! 衝撃に備えてっ!!」

「くぅぅぅぅぅぅっ!! 後退っ! 後退っ!! 手の空いている魔導師っ! 帆に逆風をっ!!」

「「「【ウィンド】!!」」」


 その間に光は二本、三本と集中し船を沈めていく。後退の間に合った船は四隻、その内三隻にさらなる不幸が舞い降りる。それに気づいたリーダーは三隻を囮にし、さらに後退を続ける。


「もっと速くっ!! 死にたくなければ魔力の続く限り魔法を使い続けろっ!!」


 そして一隻が逃げ延びた頃、残る三隻には火竜、水竜、風竜がそれぞれ襲いかかっていた。


 まず火竜が上空から狙いをつける。


「グラディス帝国かっ! こんなボロ船……俺の炎で焼き尽くしてやるっ!【フレアストォォォォォム】!!」

「「「「ぎあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」


 続いて水竜が空を泳ぎながら水を操る。


「あらあら、グラディス帝国のおバカさんがこんな僻地まで来るなんて……。本当にバカ。【メイルシュトローム】」

「「「「ぎあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」


 最後に風竜が木造の帆船に強烈な風を叩き込んだ。


「あれから僕たちもかなり強くなったからね~。人間の使う防御魔法なんて紙だよ紙。【スラッシュトルネード】!!」

「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」


 一隻は炭と化し、一隻は海底にのまれ、一隻は乗組員ごとバラバラになり沈んだ。その様子を遥か後方へと退避した船がしっかりと目撃していた。


「り、竜だ……! 三体の悪魔だ! あれがいると言う事は……獣王も生きている……? い、急ぎ戻って陛下に報告だっ!!」

「はっ!」

「決して風を止めるなっ!! 奴らが追ってくるぞっ!!」

「ひぃぃぃぃっ!!」


 リーダーの乗る船は脇目もふらず最高速でゴッデス大陸へと引き返していった。


 それを獣王ガラオンがアースの作った魔道スコープで捉えていた。


「……これで良い。わざわざ一隻逃がしてやったのだ。もっと連れて来いっ! 我が地を取り戻さんためにもグラディス帝国の全てを叩き潰してやるわっ!」


 最高速で走り続けること二週間、命からがら逃げ帰った男はその足で皇帝の下へと急いだ。


「な、なにぃぃぃっ! 十隻の内九隻が沈められただとっ!」

「はっ! その内三隻は例の三体の悪魔に……! あの竜たち……以前よりはるかに強力になっておりました!」


 皇帝は玉座から立ち上がったまま怒りに震えていた。


「やはり生きていたかっ!! ならば我が国の全ての力を使い今度こそ確実に息の根を止めてやるわっ!! ありったけの船を出せっ!! 私自ら指揮をとるっ!!」

「な、なりませんっ!! あの地はなにかがおかしいっ! 六隻は大陸から放たれた光の砲撃で沈められたのですよっ!?」

「だからなんだと言うのだっ!! 竜がいると言う事は弟の仇、獣王もそこにいると言う事っ! これを討たずして何が王だっ!! 全ての船に出港の準備を急がせよっ! 目指すはデモン大陸! 獣王と竜の首だっ!」


 皇帝は竜の存在を知り益々怒りに震えていた。そこには国を率いる王たる気概などなく、ただただ私怨に狂った男の姿しかなかった。


 謁見の間を出た男は肩を落として港へと向かっている。


「……あんなのに勝てるわけがない。前回は少しずつ陸地を制圧し物量で圧したからこそ勝てたのだ……。だが今回は空を飛ぶ竜に加え……謎の砲撃まで……。しかもまだかくし球がある気がする……。私は行かん。どうにかして回避しなければ……! あんな復讐に狂った男になどついていけるかっ!! 逃げよう……、グラディス帝国はもう終わりだっ! だが何処へ……」


 男は密かに船を奪い、ゴッデス大陸から逃亡を図るのであった。

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