第11話 長

「長?」


 アースの前にこの世のものとは思えないほど綺麗な女性が歩み寄ってきた。髪は綺麗な金髪で長いまつげに潤いのある口唇、ある一部分が種族的に残念な事を除けば完璧な美女だった。


「私は【ルルシュ・ルノワール】と申します」

「あ、は、はい。俺はアースと申します」


 緊張のせいかどもってしまった。前世では孫までいたと言うのに恥ずかしい限りである。


「アースさん……ですか。あの皆が熱中している遊びはあなたが考案したとか?」

「は、はい。俺が子供たちに教えました」


 考案したかどうかはさておき、教えて広めたのはアースだ。このゲームを考えた方、ごめんなさい。


「そうですか。アースさん、あなたのお陰で久しぶりに里に笑顔が溢れました。長として礼を」


 そう言い、長はアースに向かい頭を下げた。その様子を見て姉が慌てふためいた。


「お、長様!? なにを!?」

「よろしいのです。こんなに里が賑やかになったのは数十年ぶりですもの。私は嬉しく思っています」

「お、長様……」


 ルルシュが再びアースに話し掛ける。


「アースさんはなんでも子供たちに料理を振る舞ってくださったとか……。それはとてもとても美味しかったと聞きました」

「え? あ、はぁ。確かに皆満足してくれたようでしたが……」

「その料理、是非私にも作って下さらないかしら?」

「えっ!?」


 ルルシュはコロコロと口元を隠して笑う。


「私、こう見えても千年前は人間の町で暮らしていたこともありましてよ。あの頃は実に良い思い出です。冒険者仲間たちと世界を旅したこともありますの。そんな私を満足させられる料理……あなたに作れますでしょうか?」

「お、長様? 何を言って……」


 ルルシュは姉の言葉を遮りアースに宣言した。


「もし……私を満足させられる料理を出してくれるのなら……私の権限でアースさんを里の仲間と認め、出入りを自由にしてあげましょう」

「で、出入りを自由に?」

「ええ。どうします? 受けますか?」


 この宣言に姉がアースの腕をひき、耳打ちした。


「う、受けろアース! これはまたとないチャンスだ! これを逃したらもう里には入れないぞ!」

「いや、けどさ……。長さんは世界を旅したことあるんだろ? それを満足させるとかハードル高過ぎじゃないか?」

「いや、お前なら必ず出来るっ! 試食なら私に任せろっ! 協力してこの提案を乗り越えようじゃないか!」

「それ……お前が食いたいだけじゃ……んぶっ!?」


 姉の手がアースの口を防ぐ。そして姉はルルシュにこう返事を返した。


「長様、アースは快く今の提案を受けるそうであります!」

「そうですか。これは楽しみですね。では……考える時間も必要でしょうから……そうですねぇ。今から一ヶ月後の正午、特別に里への立ち入りを許可いたします。中央の広場に私を唸らせるような料理を運んで来て下さい。では一ヶ月後、楽しみにしていますわね、アースさん? ふふっ」


 そう笑みを残し、ルルシュは里の中へと戻っていった。


「お、お姉ちゃん! アースさんの顔が真っ青に!?」

「え? おわっ!?」


 どうやら姉は口と一緒に鼻まで塞いでいたらしい。アースは酸欠で気を失うのであった。


「わわわっ!? アース、アース!!」


 アースは姉に運ばれ家へと戻った。そして一時間後、アースの前には床に正座させられた姉の姿があった。


「殺す気かっ!?」

「す、すまなかった! まさか長からあんなチャンスをもらえるとは思わなくて……。つ、つい興奮してしまったのだ!」

「だからって鼻まで塞ぐアホがいるかっ!? お花畑が見えかけたぞっ!?」

「ま、まぁまぁアースさん。姉も悪気があったわけじゃ……」

「あったら今頃飯抜きにしてるわいっ!」

「ひ、酷すぎるっ!?」


 現場は大混乱だった。


「でもアースさん? このチャンスをモノに出来れば里への立ち入りが自由になりますよ?」

「……出来ればの話な。お前達も聞いただろう。あの人は千年前から世界を回っていたそうじゃないか。千年だぞ千年! あらゆる料理は食いつくしている決まってるだろう。それをあまり材料もないのにどうやって満足させろと? 無茶にも程があるぞ……」


 中華四千年ではないが、普通の人間にとって千年はあまりに膨大な時だ。アースは完全に腰がひけてしまっていた。


「ふむ。ならばもう一度ダンジョンに潜って食材を集めてくれば良い。なに、期限は一ヶ月もあるんだ。食材を集めつつ何を作るか考えてくれば良い」

「簡単に言うけどさぁ……。以外と食材って落ちないんだぜ? 落ちるのは装備品とか薬とかばっかりでさ。後はたまにわけがわからない金属のインゴットとかさ」

「以前は一週間だったからだろう? 一ヶ月も集めて回れば未知の食材もきっと手に入るはずだ。アース、これは里に入れるようになる最後のチャンスなんだ。何とか頑張ってみないか?」

「う~ん……。でも何を作れば良いか……」


 そこで姉がニヤリと笑った。


「アース、あの提案には抜け道がある」

「抜け道?」

「そうだ。長は私を唸らせる料理を運んで来いとだけ言ったはずだ」

「うん」

「気付かないか? 品数は制限されていない事を」

「あっ!」

「そう、数打てば当たる! 例え既存の料理と被ろうがどれか一つ位は長の知らない料理があるはずだ! そのためにも大量の素材や調味料は必須! これは時間との勝負だ、アース! さあ、今すぐダンジョンに向かうのだ!」

「な、なるほど! たくさん作ればどれかがヒットするってわけか! 賢いな!」

「そうだろうそうだろう! さあ、アース。今すぐ材料を集めてくるのだ。試食用に少し多めにな! 期限は三週間だ。残りは三人で考えよう。長の嗜好を元に話し合おうじゃないか!」

「わ、わかった! 行ってくるよっ!」


 そう言い、アースは急ぎダンジョンへと向かった。

 そして家に残った妹が何かおかしいと思い姉に尋ねた。


「お姉ちゃん……。まさか……自分が色んな料理を食べたくて言ったんじゃない……よね?」

「……じゅるり。何の事だ? さあ、今日から水と塩だけで暮らすぞ。腹を空けておかねばな……ふふふっ……ふふふふふふっ」

「あぁ、やっぱり……。アースさん……大丈夫でしょうか……」


 妹の心配空しく、アースは三週間全力でダンジョン中を駆け回るのであった。 

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