第16話 世界の事情

 二人が二階に上がって行った頃、アースは一人一階で困惑していた。


「い、今のは俺が悪いのか? あのフランがあんなに怒るだなんて……。ど、どどどどうしようっ!? 謝る? いやでも何をっ!? あぁぁぁぁぁ……!」


 これまでずっと仲良く暮らしてきたフランがあんなに取り乱した姿を見せるとは思わなかったアースは深く落ち込んだ。


「……別に森を出たいとかじゃないんだよなぁ……。暮らし自体はこれまで開発してきた魔道具で何一つ不自由なんてないし。だからこそ森の外……つまりこの世界の人達がどんな暮らしをしているか気になっただけなのになぁ……」


 悩むアースに二階から降りてきたルルシュが声を掛けた。


「あら? あなたまで悩み事?」

「あ、長さん……。二人は?」

「二階にいるわよ。二人で何か話し合ってるんじゃないかしら。それより……アース、あなたの正体バラしちゃったから」

「……は? はい?」


 アースはテーブルに伏せていた身体をガバッと起こした。


「バ、バラしたって……俺が竜だって言っちゃったんですか!?」

「ええ。あなたの両親の事も全部ね。アース、森を出るのかしら?」

「い、いえ……。出る気はないですけど。外の暮らしがどんな感じなのか気になってはいますね。俺ってあのやたらデカい山とこの深い森しか見た事ないですし。世界に住む人達がどんな暮らしをしてるのかなって」

「……そう。なら私が今世界がどうなっているか教えてあげましょうか。両親からは何か聞いてる?」

「いえ、何一つ」

「そ。わかったわ。じゃあ私の知る全てを話しましょうか」


 ルルシュはアースの前に座り、ゆっくりとこの世界について語り始めた。


 まず、この星は【リガルディウス】と言うらしい。世界に大陸は五つ。まずここ【デモン大陸】。高い山に深い森。その他は全て死の大地らしい。


「し、死の大地?」

「ええ。千年前にこの大陸で大戦があったのよ。魔族対人間のね」

「ま、魔族??」

「ええ。千年前、私達エルフはまだ人間と同じ町で普通に暮らしていたわ。竜はどうか知らないけどね」


 ルルシュの話をまとめるとこうだ。


 ここデモン大陸は魔族が暮らしていた大陸だったそうだ。魔族は魔族だけで慎ましくこの大陸で暮らしていた。そして残る四つの大陸では人間、エルフ、獣人が種族の垣根なく混じって生活していたらしい。

 だが、長く平和な時が続いたせいか人間と獣人が増えすぎてしまった。そこで人間は大陸の一つを獣人の地とし、決別する道を選択した。これが第一次大戦。

 そして残る三つの大陸は人間が支配した。獣人は戦に敗け、【ゴッデス大陸】に追いやられたのだそうだ。


「酷い話ですね」

「ええ。話はまだ続くわ」


 ここからが更に酷かった。人間は支配した三つの大陸でも足りず、ここ【デモン大陸】を侵略しようと、魔族は悪であると全ての人間に喧伝したのだ。人間はこことは異なる世界から勇者と呼ばれる人間を召喚し、魔族と戦わせようとした。


「その勇者と私、そしてあなたの両親がパーティーと私なり、この地に送られたのよ」

「なっ……!」

「私達は人間に騙されていたのよ。この大陸に来て魔族は悪ではない事を知った。そこで私と勇者は人間の王に魔族は敵ではないと手紙を送ったのよ……」


 もうわかった。


「エルフは裏切り者扱いされたんですね?」

「……ええ。それから他の大陸にいたエルフは見つかり次第奴隷にされるか玩具にされて殺されるかしか道はなかった。私はあなたの両親と勇者と協力し、出来る限りエルフを救出し、この大陸に連れ帰った。そして……」


 人間の軍隊が動き始めたのだそうだ。これに天竜と魔竜、勇者が怒り狂い、デモン大陸の半分を人間の軍隊とともに死の大地に変えたのだそうだ。


「……ちなみに勇者って……」

「あの人はただ強いだけの人間よ。寿命で死んだわ」

「あ、そうですか」

「ああ、でも……勇者は魔族の王の娘と子をなしてたわね。確か今の魔王がその子の孫じゃなかったかしら?」


 アースはルルシュに尋ねた。


「じ、じゃあ森の外には……」

「ええ。魔族が住んでいるわ。死の大地でね」

「た、助けてあげないんですか?」

「……どうやって? 私達エルフは死んだ大地を蘇らせる力なんてないわ。助けようにも助けられないのよ」

「……魔族が可哀想じゃないですか。何の罪もないのに……。平和に暮らしていたのに全てを奪われ大地を死の大地にされて……!」


 アースの拳に血が滲む。


「人間はまだ諦めてなんてないわ。再び力を取り戻したら次は【ゴッデス大陸】を狙うでしょう」

「ま、また繰り返すの!?」

「ええ。人間は欲深い生き物なのよ。でも安心して。ゴーデス大陸にはあなたのお兄さん達が住んでるから」

「……え? に、兄さん?」


 アースは一度もその兄らの姿を見た事はなかった。


「ああ、最後の子が向かったって手紙がきたのが百年前だから……知らないのも当然かしら。あの二人、どうやってか私に魔法で手紙を送ってくるのよ。だから住んでる場所は知らなかったし、あなたの存在も知らなかったのよ」

「へぇ~……」

「今ゴッデス大陸にいるのは長兄火竜、長女水竜、次男風竜の三体ね。全員あなたの数百倍は強いわよ」

「俺より……。それで人間は?」

「さあ……。まぁ、とにかく……今世界は一先ず平和を保ってるわ。二人とも、こちらに」

「え?」


 二階の階段から姉妹がこちらを伺っていた。


「そんな事になっていたのか……」

「……全然知りませんでした……」


 どうやら二人も途中から話を聞いていたらしい。


「アース、あなたはどうしたい?」

「お、俺?」

「そうよ。ゴッデス大陸にはあなたのお兄さん達がいる。そしてここデモン大陸にはあなたの両親とあなたがいる。デモン大陸に関してはなんの問題もないでしょう。あの二人が人間相手に遅れをとるわけがないし。だから、今アースは自由の身なの。あなたは世界を知りたいと言った。それを知った今何を成すのかしら?」


 アースは悩んだ。恐らく人間が力を取り戻したら次はゴーデス大陸が危ない。だがゴッデス大陸には自分よりも遥かに強い兄達がいる。


「……少し考えたいですね」

「そう。何も慌てる事はないわ。人間も大戦でその数をかなり減らしたわ。再び溢れ出すまでまだまだ時間はあるはず。あなたもまだ生まれて二十年でしょう? 世界は心配しなくても良いです。あなたはあなたのしたい事を見つければ良いのよ」

「……はい」


 そこで話は終わった。そして落ちと言わんばかりにアイラが口を開いた。


「アース!」

「な、なに?」

「腹が減ったぞ! 飯はまだかっ!?」


 アースはテーブルに頭を落とした。そして盛大に突っ込む。


「……はぁぁぁぁ……? アイラの頭は飯しかないんかいっ!?」

「なにおうっ!? 腹が減っては戦はできぬと言うではないか! 空腹に勝る悩み事などこの世にはないっ! さあ、飯だ飯っ!」


 シリアスな話になってもアイラはアイラなのであった。

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