Side Story〈Yuuki〉episode XIII

本話は、本編58話の話になります。

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 居酒屋さんに到着し、私はジャックさんとだいさんに挟まれる形で着席しました。

 正面にはゼロさん、その両隣にぴょんさんとゆめさん。

 あ、これはだいさんが流れに乗れなかった、というやつですかね?

 

 とはいえ……思っていたよりもここまで争奪戦要素は感じてないですけど……。


「ゆっきーは普段から酒飲むのかー?」

「いえ、ほとんど飲みませんよ」

「おいおい、学生ったら酒に溺れる日々じゃねーのか!?」

「どんな学生時代だったんだおい」


 着席して早々、飲み物を注文する際にぴょんさんからの質問に答えた私ですが、何故かその答えにぴょんさんは大げさに驚いていました。

 そんな様子にゼロさんを初めみなさんが呆れた感じの顔をされますが、学生とはそういう日々を送るのがスタンダードなのでしょうか。

 むむ……。


「ジャックも先生じゃなかったんだ~」

「まぁでも学校で働いてるし、いんじゃねー?」

「そうね、生徒からしたら図書室の先生みたいなものだものね」

「そう言ってくれると助かるよ~~」

「仲間がいて、よかったです」


 学生とは、という問いと向き合いつつ、私はだいさんと同じウーロンハイをお願いし、まずはジャックさんの職業詐称を話題に会話がスタート。


 同じく職業詐称だった私に対する皆さんの反応は想像以上に少ないものでしたが、やはりお仲間がいたというのは嬉しいです。

 だいさんのことは、もう時効ということで黙っておくことにしましょう。


「お待たせしましたー」

「おお、乾杯しよーぜ!」

 

 そしてそこで頼んだ飲み物が到着します。私とだいさんが同じくウーロンハイで、ゆめさんがサングリアなる赤っぽい飲み物。他のお三方がビールを頼まれていますが、私はまだビールは苦手です。

 まだ、というかいつか飲めるようになるのでしょうか。

 苦いんですよね、ビール……。苦いのは苦手です。


「じゃ~、乾杯はジャックね~」

「え、あたしか~~」

「年長者年長者!」

「どうせアラサーだよ~~、じゃあ、リダの誕生日を祝って、かんぱい~~」


 私が正面にあるゼロさんのビールジョッキをじっと眺めている内に乾杯の流れになり、楽しそうな笑顔を浮かべる皆さんに合わせて私も乾杯。

 こんな風に大人数で飲むというのは、いつ以来でしょうか……。

 研究室の送別会以来、ですかね。


 しかしこの女性5人の中に男性一人だというのに、ゼロさんってすごく普通にされてますね……。

 異性に囲まれることに、慣れてらっしゃるのでしょうか……?


 はっ。

 もしや……ゼロさんは恋愛マスター?

 恋愛というものに対する見識が深いから、女性が多くても平気、なのでは?


 ということは……ゼロさんを観察することで、私は恋愛のなんたるかを学ぶことが出来る?


 こんな機会早々ないかもしれませんし、これは学ばねば……。


 大学生になったら分かるかなと思っていた、恋愛とは何なのかの答え。

 私はそれを未だに欠片すら見つけられていません。


 でも、そんな日とも今日でお別れできるかもしれない。

 そんな期待を抱きつつ、私はゼロさんの観察を始めてみることに。


 でも、改めてお顔を見ると、やっぱりカッコいいな、と思いますね。


 ……さっき頭をぽんってしてくださった時の感覚、なんだったのでしょうか?


「いや~~、ゆっきーが先生じゃない、って話聞こえた時は安心したよ~~」


 他の方々がジャックさんから【Teachers】に加入した経緯をお聞きする中、私はウーロンハイを飲みながら、話の聞き方や目線、仕草など、恋愛マスターを観察し続けます。


 なるほど、自分が会話に参加したりしなくても頷いたり驚いたり笑ったり、表情を豊かにしてるんですね。

 しかも時々話さない私にも視線を送ってくださりますし、これが気配りというやつでしょうか?


 ちなみに私を見る時は少し心配そうな目線だった気がしますけど、大丈夫です。お気になさらずに。

 そう目で答えておく私です。


 あ、私もちゃんとジャックさんのお話は聞いていますよ?


 ジャックさんがかつて【Vinchitore】にいたのは最近知ったところでしたが、どうやらそこも以前オフ会を行い、その際にくもんさんともぶくんさんと出会ったとのこと。

 LAの中だと……〈Kumon〉さんと、〈Mobkun〉さん、ですよね。

お名前は【Vinchitore】の攻略動画で見たことありますけど、本当に有名な方々とお知り合いなんですね、ジャックさんは。


 ちなみに途中ゲームの話題にちらっと変わった時はゼロさんも発言されてましたけど、自分の実力を自慢するでもなくさらっと言うのも、ポイントというやつなのでしょうか。


 あ、またこちらを見てきましたが、大丈夫ですよ。

 私は私でちゃんと勉強中ですので。


「まぁそれなりにLAの話は盛り上がったんだけどさ~~、オフ会後から、よくわかんないけどあたし、もぶくんに狙われちゃったみたいでね~~」


 むむ。

 ゼロさんを観察しつつ、ジャックさんのお話にも耳を傾けていると、何やら不穏なワードが。

 狙う、というのは恋愛的な意味の用語、ですかね?


「え、そういう意味で?」


 そういう……ええと、たぶんこれは、恋愛的な意味、という「そういう」ですよね。


「そそ。なんかオフ会以降粘着されてさ~~」


 あ、よかった。合ってたみたいです。

 なるほど、オフ会で出会ったジャックさんに、もぶくんさんが恋をした、ということですかね。

 でも粘着って、何だろう? くっついてきたんですか?

 ……小柄なジャックさんに男の方がくっついたら、ジャックさん潰れてしまいそうな……。


「うわ、キモ」

「こわ~」

「恐ろしいわね……」


 ですが、私の想像した光景以上を想像したのか、思った以上に女性陣の方々は顔を引きつらせていました。

 あ、ゼロさんも顔をしかめてますね。

 やはりジャックさんが潰れたら、可哀想ですよね……。


「ずーっとついてきたりとか、アカウントメッセージとか送ってくるからさ~~。さすがに色々怖くなって、ギルド抜けたってわけさ~~」


 って、あれ?

 いつの間にLAの話に……むむ?


「なるほど、人間関係かー」

「通報案件じゃない……」

「うちはそういうのなくてよかったよね~」


 どうやら私以外の方々はお話を理解されているご様子。

 でもとりあえず、現在のジャックさんから判断するに、もぶくんさんに狙われるという危機は脱せたのは事実なのでしょう。


「ほんとだなー。むしろゼロやん争奪戦だしな!」

「俺が辞めたらとか思わねーのかよ……」

「は?」

「なんで?」

「やめないくせに」

「ゼロやんモテモテだね~~。ウケる~~」


 あ、ここまで話題になってませんでしたが、やはり争奪戦は行われているのですね。

 この会話の水面下では、実は密かにお三方による争奪戦が進行中?

 

 いつの間に進んでいるのか、正直私には全く理解できていませんけど、なんとか少しくらい読み解けるようにならないと……。


 ということで再びゼロさんの観察に集中しますかね。


「それで、ジャックはギルド抜けて、うちに入ったのか」


 女性陣の方々から少し攻められるような言葉を受け、少しだけ困り顔をしてたと思ったのに、あっという間に脱線したお話を軌道修正される流れも自然ですし、なるほど、これが恋愛マスターの会話術……。


「そそ。【Teachers】の加入条件見て、あ、ここなら安全かも! って思ってさ~~。昔はあたしもフリーターやってたけど、抜けてから学校司書になった感じだね~~。疑いもせずにリダがギルドいれてくれてよかったよ~~」

「私は、ギルドにジャックがいた方が驚いたけど」

「それは俺も思ったわ」

「ジャックってそんな有名だったのかー」

「たしかにうまいもんね~」 

「抜けるって話したときはみんなに止められたけど、くもんがあたしの味方してくれてね~~」

「おお、くもんいい奴じゃん!」

「そそ。くもんは今でも付き合いあるんだ~~」

「あ、ジャックがルチアーノさんのとこに助っ人でいったりするのは、その繋がりがあったからなのか」

「そだよ~~。リアルでも、まだ繋がってるしね~~」

「え?」

「おお! それはどういう意味で!?」


 むむ!

 くもんさんとまだ付き合いがあり、リアルでも繋がっている。

 今ジャックさんはそう仰られましたよね。

 それは、つまり、そういうことですか?


 このお話中のジャックさんが楽しそうなので、私は一旦ゼロさんの観察を止め、ジャックさんに視線を送ります。


「ご想像の通り~~。実はあたしくもんとは付き合ってんだ~~」


 おお、やはり……!


 その言葉を告げたジャックさんは、少し照れながらも、何と言うか、幸せそうという言葉が最適解のような表情に見えました。

 恋人がいる、というのはあんな風に幸せを感じさせてくれること、なんですね。


 ……私も、経験してみたいですね。


「どのくらい会ったりするの~?」

「ん~~、けっこう会うよ~~。ほら、くもんは在宅のお仕事だからさ、あたしに合わせてくれることも多いし~~」

「デートとかどこいくんだー?」

「それはほとんど、お家デートかな~~」

「いや、それってLAやってるってことだろ?」

「バレたか~~」


 そして交際相手がいることをカミングアウトしたジャックさんへ、質問が重なっていきます。

 会う頻度やデートに行く場所、私が今までの人生で考えたこともない話題が続きますが、そういうのに正解ってあるんでしょうか?

 興味深い話題です。


「でも趣味が同じって、いいわね」

「わかる~。今のゆめちゃんには分かりみが深いよ~」

「割とタイムリーだな!」

「そういう点では、ゼロやんなら全員趣味問題は解決だね~」

「え? あー、いやー……」


 そういえば、ゆめさんがLAが原因で破局したんですもんね。

 ゼロさんならそれが起こりえない……もしや、今のだいさんとゆめさんの言葉はアピール?

 おお、これが密かな争奪戦の片鱗でしょうか。

 やっと私にも少しだけ見えました……!


 ちなみにお二方のアプローチを受けたからか、ゼロさんは何とも言えなさそうな表情を浮かべていますが、これがはぐらかす、というやつですかね。


「ゆっきーはジャックみたいな話ないのかー?」


 そんな風に恋愛マスターを初めとする皆さんの会話から、恋愛のなんたるかを学ぼうと思っていた私に、不意に少し赤ら顔のぴょんさんから質問が投げかけられました。

 ジャックさんみたいな話というのは、恋愛の話、ということですよね。


 ……なるほど、これは相談してみるチャンスかもしれません。

 何もないので、恋愛について教えてください。

 うん、こう伝えてみましょう。

 皆さん人生の先輩でもありますし、何か教えてくださるかもしれません。


 そう思って、私は久しぶりに口を開こうとするのでした。






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以下作者の声によるあとがきです。

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 あの時の彼女の視線の意味、という回になりました。

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