〈Shizuru〉

Side Story 〈Shizuru〉 episodeⅠ

 子どもの頃から身体が弱かった母親よりも、父親と遊ぶことが多かった。

 だからあたしの趣味がゲームになったのは、父親の影響が大きかった。

 女の子なのにって母親はよく苦笑いしてたけど、父親は嬉しそうだったのを、今でも覚えてる。


 でも、そんな父親が高校1年の時に亡くなった。

 交通事故だった。


 父親が蓄えていたお金とかで生活が破綻することはなかったけど、元々身体の弱かった母親はそこから目に見えて弱っていった。

 母親が入院することも増えて、あたしは友達と遊んだりすることも減り、学校と家と病院の往復が増えた。


 そんな時、あたしの心を支えてくれてたのはゲームの中の顔も見えない仲間たち。

 今はもう会えなくなっちゃったけど、顔を知らないからこそ悩みとか不安をさらけ出せたあの仲間たち、今も元気だといいな。


 そしてあたしが大学入った頃、ついに母親も逝った。

 ずっと覚悟はしてたから、父親が亡くなったときほど涙は出なかった。


 家族で過ごした家に住むのは、あたし一人になった。

 広い家に、大学生なのに一人暮らし。

 寂しくなかったと言えば嘘になる。


 でも、大学入学当初に母親が亡くなってバタバタしていたため、友達作りの流れにあたしは乗り遅れた。

 だから大学では基本的に一人で動いてたから、仲のいい友人もいない。


 無気力に大学と家を往復する日々が続いた。

 家に帰って黙々とゲームをして、学校では空気のように講義を受ける。


 そうして大学1年を過ごし、大学2年も同じように過ごしていた秋頃。


 あるゲームのβ版プレイヤー募集を見つけた。

 よくありそうなMMORPG。ありきたりな剣と魔法の世界っぽい感じ。

 でも、グラフィックがやたら綺麗で、ちょっとだけ興味を持った。


 昔、あたしの心の支えになってくれた人たちのことを思い出し、あたしは気が付くとそれに応募していた。

 

 そして見事当選。


 いつぶりだったかなぁ。

 インストールして、初めてそのゲームをプレイする時、久々に少しだけ心が動いた気がする。


 オープニングは3DCGアニメのような出来栄え。

 今じゃもう、似たようなグラフィックレベルは当たり前みたいなってるそ、もっと綺麗なゲームもあると思うけど、当時はそのグラフィックがもたらす世界に、心奪われた。


 キャラクターメイクも自由度が高い。

 私は自分のコンプレックス解消を、そのキャラクターに求めた。


 見た目も性別も全然違うけど、ゲームの中くらいいいでしょ?

 

 でもプレイ開始からすぐに一つ後悔。

 このゲームは装備する武器によってプレイヤーの役割が変わるらしい。


 あたしが選んだのはメイス装備だったんだけど、この武器はどうやら敵を倒すのに向いてないらしい。


 スタート地点だった街を出たところの森のようなフィールドで、明らかに弱そうなウサギを相手にするのも苦戦。

 近くで同じくウサギを倒していた槍使いが3,4発で倒し終わる中、あたしは10発くらい攻撃を当てなきゃいけなかった。


 出来るのは自分のキャラを強化することくらい。

 強化しても、それでも弱い。


 しくったなぁ……。


 キャラクターメイクの時にスタート武器を選んだせいで、他に武器を手に入れる方法も分からない。たぶん武器屋とかでも売ってるんだろうけど、所持金もない。

 この辺の想像がついて、いきなりどん詰まりかよとあたしは内心嘆いた。


 リアルでも一人でいるんだから、一人で生きていけるように大剣とか斧とか、もっと強そうな武器を選べばよかった。

 こんな誰かを支援するための武器なんて、なんで選んでしまったのか。


 誰かを助けるなんて、柄じゃない。

 

 いや、嘘だ。

 ほんとは誰かといたいんだと思う。


 昔の記憶があったから。

 ゲームの中なら、あたしは一人じゃないと思いたかったから。


 でも、今のあたしはもう仲間の作り方も忘れてしまった。

 他人との日常会話とか、もうずっとやってないし。


 美しい森の中であたしは立ち尽くした。


 β版初日からいきなり後悔。

 ごめんね、あたしが変な武器選んだせいで。

 この世界をもっと自由に冒険させてあげたかったね。

 始まったばかりなんだから、これからどうとでもなるなんて思えなかった。


 日常が積み重ねたネガティブは、あたしの心を黒く侵していた。


 モニターに映るあたしの分身に、心の中で謝る。


 そんな時だった。


 あたしのキャラクターの横に、あたしのキャラと同じく銀色の髪をしたキャラクターが現れる。

 盾と剣を持ったキャラクターだった。

 そしてその後ろには大剣を持つ黒髪のキャラクター。


 え、何? 誰?

 

 今日が初日なんだし、知り合いなんかいない。

 それなのにこの人たちは、もう一緒に動くようになったのだろうか?

 すごいコミュ力だなと、少しだけ羨ましくなった。


〈Luciano〉『メイス使いを探していた。一緒に組まないか?』


 オープンチャットの白文字が現れる。

 え、誰? あたしに言ってんの?

 え、なんで?


 MMOなんだから知らない人と遊ぶのなんか当たり前なのに、もうしばらく人間関係から離れてきたあたしは、その言葉に冷や汗をかいたのを覚えている。


 え、でも、メイス使いって、あたしのこと?


 キャラクターを動かして周囲を伺う。

 周りにはメイスを使ってるキャラクターなんかいない。


〈Richard〉『おいおいw話してんのはお前だよwww』

〈Luciano〉『俺はルチアーノという。エルフを選ぶ奴は大半がアタッカー武器だったみたいなんだが、メイス使いと会えて嬉しく思う』

〈Richard〉『俺はリチャードだ!一緒に強くなるために組まないか?w』

〈Richard〉『その武器じゃ、一人だと大変だろ?w』


 え、ええと、どうしよう……。


 こんなあたしに声かけてくれたのは嬉しかった。

 でもそれ以上に、困惑してしまった。


〈Richard〉『メイスソロのドMプレイ希望なら無理は言わないけどよw』


 リチャードと名乗った人の喋り方は、昔遊んでたゲームの知り合いと似てた。

 ルチアーノって人はちょっと怖かったけど。


〈Luciano〉『迷惑だったか?ならすまなかった。他を探す』


 あ、ち、違うんです!

 あたしが何も言わないせいで去っていこうとした二人に、モニター前のあたしは焦る。


 このままじゃ、何も変わらない。

 何もできないかもしれない。

 これは、チャンスなんだ!


 あたしは意を決した。

 どうせ顔も知ることはないし、リアルのあたしを知る人たちでもない。

 だったら、せめてこの子は、あたしとは違う人生を歩ませたい。


 そんなやけくそとテンパりが確実にあった。

 そのせいで、普段の自分なら絶対しないような話し方をしてしまう。


 この話し方、今後もずっと続けるなんて、この時は微塵にも思ってなかったなぁ。


〈Jack〉『よろしくおねがいしますーーーーw』


 今年サービス開始8年目を迎えた中堅MMORPG『Legendary Adventure』がまだβ版の頃。

 あたしが操るメイスを装備した銀髪の男エルフキャラである〈Jackジャック〉は、後に知らぬ者のいない有名プレイヤーとなるルチアーノと出会ったのである。

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