Side Story〈Yuuki〉episodeXVIV

本話は、本編65,66話+の話になります。

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「うし、じゃああたしから行ってくるぞー」

「お~、ご武運を~」

「そんな戦いに行くんじゃないんだから……」

「え、でも争奪戦なのでは?」

「そうだよ~、戦だよ~?」

「ああもう、はいはいそうですね」

「だいってば投げやりだな~」


 そしてぴょんさんが一人室内に向かい、私たちは外で待機。

 いよいよコスプレバトルの開幕です。


 さすがカラオケルーム、中の声は全然聞こえませんね。

 中に入ったらどんなこと話せばいいんでしょう?


「ここがアピールポイントだね~」

「むむ?」


 何を話せばいいか、少し考えているとそこにゆめさんのご意見が。

 アピール?


「ゼロやんコスプレ好きそうだし、チャンスだよ~」

「な、何のよ?」

「も~、わかってるくせに~」


 でもその言葉を受けただいさんは何か分かってそうな、そんなご様子。


「何をアピールすればいいんですか?」

「それはもう、可愛いだよ~」

「可愛い、ですか」

「そだよ~。争奪戦を勝ち抜くために、ゼロやんにアピールしなきゃ~」

「勝ち抜くために……」


 ふわっとした笑顔でそう言うゆめさんですけど、このアドバイスって、敵に塩を送るみたいなものでは?

 

 でも、貴重なご意見ですよね。


「そう言えばゆっきー、さっき着替える時これつけてなかったけど、ちゃんと付けた方が可愛いよ~」

「え?」

「そうね、貸して。やってあげる」

「あ、ありがとうございます」


 そして先ほど着替えた時、上手くできそうになかったのでいいかなと思っていた赤い紐を、いつの間にか持ってきていたゆめさんが見せてくれると、それをだいさんが受け取って私の髪に結んでくれました。

 

 なんというか……ゆずちゃんの髪を結んであげたことはありますけど、してもらうって、不思議な感覚ですね。

 もし姉がいたら、こういう感じだったのでしょうか?


「はい、できたよ」

「お~、いいね~、可愛いよ~」

「うん、似合ってる」

「そうですか?」

「うなじ見せは効果高そうだね~」

「ふむ」


 鏡がないので確認できませんけど、だいさんが結び終えると、お二方とも似合ってると褒めてくれました。


「二人きりの時間ってなるんだし、ばっちりアピールしてこないとね~」


 これで準備万端。

 よし、私なりに頑張ってみようかな、そんな気持ちも少しずつ高まってきます。


 イメージはあれですね、紗彩ちゃんが以前貸してくれた、少女漫画のイメージでいいですかね……。


「外れだったわー」


 そんな風に私が何を話そうか考えていると、時間になったのかぴょんさんが戻ってきてました。

 その第一声が「外れ」とのことですけど、何が外れたのでしょうか?


「ぴょんも似合ってるのにねー」

「いや、それは言われたけどなー。あれだな、やっぱ女らしい衣装の方が好きなんだろうなー」

「ふむ……」


 なるほど、ゼロさんの好みの外れ、ということですか。

 ……私の恰好は、大丈夫かな……。


「じゃ、次はゆっきー頑張って~」

「若さで戦ってこーいっ」

「行ってらっしゃい」

「はい、頑張ります」


 不安はありますけど、今度は私の順番。

 皆さんの声援を受け、いざ出陣です。



 コンコンッ


「失礼します。あの、似合ってますか?」

「おお……!」


 あ、第一印象は良さそうです。

 パッとゼロさんが笑顔を浮かべてくれたので、一安心。……優しさかもしれませんけど、それでも笑顔になってくれると嬉しいですし。


 そして私が似合ってるかどうか、その答えを待つ間、頭の上から足の先まで、全身を隈なくゼロさんが眺めてきます。

 ……ちょっと、恥ずかしいですね……。


 こういう時何かポージングした方がいいのでしょうか?

 うう、ゆめさんに聞いておけばよかったです……。


 早く何か言ってくれないかな、そんなことを私が考えていると。


「似合ってるな!」


 あ。


 似合っている。

 たしかにそう仰って、ゼロさんはまた私に笑顔を向けてくれました。

 その笑顔はすごく優しくて、楽しそうで、すーっと私の心に溶け込んでくるような、そんな笑顔。

 その表情から発せられた言葉は、嘘偽りないものだと断言できるような、そんな笑顔でした。


 なんだろう、なんだかすごく……嬉しいです。

 

 嬉しい、その気持ちと同時に、なぜか胸がぽかぽかしてきます。

 冷房の効いた部屋ですのに、おかしいですね……。むむ……。


 あ、でも褒めてもらったままではいけない、ちゃんと、ちゃんとお礼を言わなくては。


「褒めていただけると、嬉しいです」


 その言葉を、なんとか伝えます。


 そして不意に思い出す、先程ぴょんさんが仰っていた外れという言葉。

 私は、当たり?


「これなら争奪戦に勝てそうですか?」


 もしかしたらこの服を選んで正解だったかもしれない。

 そんな期待を抱いてしまった私は、気づけば思わずそう聞いていました。


「へ?」


 でも、私の言葉が予想外だったのか、ゼロさんは少し驚いたような、慌てたような、困惑したような、そんな表情に変わってしまいました。

 まだ、笑っていて欲しかったですけど……。


 でも、ここまで来たら全力アピールをするのみ。

 ゆめさんも言ってましたしね、アピールの時間って。


 なので私は少しでも自分を見てもらえるように、少しずつゼロさんの方に近づきながら、まずは気持ちを伝えてみることに。


「先ほど言った通りです。私も争奪戦に参加を表明させていただきましたから」


 先ほどは気づいたら言ってしまっていましたが、今度は自分の意思で。


「え、そ、それは、本気で言ってんの? みんな冗談だと思うけど……?」


 むむ、冗談……?

 いえ、でも皆さん参加を表明してらっしゃいましたし、それは違うと思いますよ。

 

 少なくとも私は、恋愛とはどんなものかを学びたいと思っておりますし。


「私は男性とお付き合いしたことがありませんが、ゼロさんなら優しくていいかなぁと思いました」

「いや、俺ら今日会ったばっかじゃん?」

「二年ほど前から知っておりますが?」

「いや、それは〈Yukimura〉ゲームのほうであって……」

「新宿駅で助けていただいた時から、優しい人だと思ってましたよ?」


 そう、ゼロさんはギルド内でも面倒見がよくて、色々教えてくれましたし、初めてお会いした時から、優しく私のことを助けてくれました。

 そしてよく分からないけど、不思議な感覚も。


 恋愛のことなど何も分からない私でも、ゼロさんなら優しく教えてくれるのではないか、そう思います。


 でも、私の言葉にゼロさんの表情が笑顔に戻りません。

 もう一度笑って頂けないかな、そんな思いでじーっとゼロさんの目を見つめる私。


 あ、こうして改めてじっと見ると、すごく綺麗な目ですね。

 瞳の中に私が映っているのが分かるくらい、綺麗。

 もっと近づけば、もっと見えるかな?


「時間だよ~」


 あ。


「あ、忘れてました」


 いけません、ルールを忘れてしまうとは、何事にもルールはありますし、それを守るのは人としての基本ですもんね。

 危ない危ない。


 次の順番のゆめさんが教えてくれたおかげで、私はそこで時間を忘れていたことに気づき、ゼロさんに背を向け次のゆめさんと交代するべく室外へと向かいます。


 でも、もうちょっとお話してたかった、ですね。


「また外で待っててね~」

「はい、お時間教えていただきありがとうございました」


 そして部屋を出て、合図をしてくれたゆめさんに一礼し、私は外で待つぴょんさんとだいさんと合流です。


「どうだったー?」

「ええと、似合ってると笑ってくださいました」

「おー、よかったじゃんっ。でもあれかー、やっぱ若い奴が有利かー?」


 そして室外でお二人と合流すると、ぴょんさんが笑いながら話しかけてくれました。

 その表情は、笑顔と呼ぶのが適切なのですけど、何でしょう、ぴょんさんの笑顔とゼロさんの笑顔だと、何かが違うような。

 いえ、ぴょんさんの笑顔も素敵なんですけど、何かが違う……。


 うーん、分かりません……。


「だいも次だからってそんな緊張すんなよー?」

「し、してない、わよ……」

「いや、もう顔赤くなってきてんじゃーん」


 私が一人笑顔について考えている間、ぴょんさんはだいさんにそんなことを仰ってましたけど、私の頭の中は浮かんだ疑問でいっぱいで。


 ゆめさんが戻ってくるまで、しばし笑顔の違いについて考え続けるのでした。




「たっだいま~」

「おー、どうだった?」

「ん~、たぶんこの服も違ったかな~」

「ほうほう。よかったな、制服好きじゃなくてっ」

「わ、私に言わないでよっ」

「まぁまぁ、じゃあだい、いってらっしゃ~い」

「う、うん。行ってきます」

「押し倒してもいいからなー」

「しませんっ」


 そしてゆめさんが戻ってきたので、いよいよ最後のだいさんの出番。

 ぴょんさんもゆめさんも、部屋に入って行くだいさんを笑顔で見送ってましたが、何と言うか、ゆめさんがぴょんさんを見送る時や、ぴょんさんがゆめさんを見送る時と違って、お二人ともだいさんを見送るのは楽しそうです。

 なんだろう、だいさんだと何か違うのでしょうか?


「しっかし世話が焼けるよなー」

「ん~、でも恋する乙女は可愛いよね~」

「それはたしかになー」

「恋する乙女、ですか?」

「おうよー。だいなんかほんとわかりやすいよなー」


 むむ。そう、なんですか?

 

「ツンツンしちゃってるけどねー、尻尾ふりふりだよね〜」

「尻尾……?」

「おうよー。あの尻尾ふり具合、前回以上だなー。ふりすぎてそのうち取れるんじゃねーのー?」


 むむ、取れるのですか?

 ……私には見えないけど、もしやお二人には見えている?

 でもだいさんって、わんちゃんというよりは、どちらかというとねこちゃんのような……気もしますけど。


「恋をすると、尻尾が生えるんですか?」

「当たり前だろー。好きな人に会えたら尻尾ぶんぶんのきゅんきゅんだろー」

「きゅんきゅん……?」

「変なこと教えないの〜」


 ぶんぶんできゅんきゅん、ええと……どういう感じでしょうかね……。

 豆柴みたいな?

 あ、それは可愛いかも。


「ぴょんさんも好きな方に会えたらそうなるんですか?」

「そりゃそうだろー……って、あー、あそこまでは……ならねーけど」

「ほんとに〜?」

「ならねーよ!」

「慌ててるな〜、あやしいな〜」

「やかましっ! って、お、思ったより近づいてんぞっ?」

「えっ、どれどれ〜?」


 結局恋する乙女の姿がどんなものか、よく分かりませんが、カラオケルームへの扉の、模様のない部分のガラス越しに中の様子をお二人が覗き出したので、この会話はここまでのようです。

 うーん、恋をすると、だいさんみたいになる、ということなのかな……。

 となると、私はまだ恋をしていない?


 いや、でもぴょんさんとゆめさんもだいさんとは様子が違いますし……むむ、このお二人は、争奪戦に参加してるのに、恋をしていない?

 むむむむむ?

 ど、どういうことでしょうか……?


 結局謎は謎のまま。


 恋する乙女とは何なのか、恋をするとどうなるのか、ぴょんさんとゆめさんは恋をしているのかいないのか。

 もう分からないことだらけです。

 こんなに脳をフル回転させるのは、久しぶりですね。


 とりあえず、だいさんが戻ってきたら尻尾の有無をちゃんと確認させてもらおうかな…。




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以下作者の声によるあとがきです。

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 恋とは、その疑問に迷走するゆきむら。

 この時点だとまだ、本編の様子とは違う感じですね!

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