Side Story 〈Shizuru〉 episodeⅫ
「俺に、君を守る権利をください」
同じ言葉を繰り返すくもんの目から、あたしは目が離せない。
というか、動かない。
まるで脳が活動停止したような、フリーズ状態。
「え? な、何急に? じょ、冗談はやめてよ……」
「冗談じゃないよ」
なんとか言葉を口にすると、やっと動けるようになった。
くもんの視線から逃げるように下を見ながら、両手を広げた顔を見られないようにする。
「こんなこと、冗談で言わない」
でも、くもんの声は、変わらなかった。
「前も言ったけど、俺ずっとジャックのこと尊敬してたんだ。そんなジャックとこの前知り合えて、女の子だったのにはびっくりした。LAの中と別人なくらい恥ずかしがりな子が、よくオフ会提案したなって、驚いた。あの時はフォローしてあげなきゃって思ってただけだったけど、帰りに、俺のこと尊敬してるって言われて、嬉しかった」
「え?」
「今まで以上にジャックと一緒に遊びたいなって、思った。でも、あの次の日約束してたけど、もぶのせいで破られて、ショックだった。うん、ショックだったせいで、逆に気づいたんだ」
「な、何に?」
思いを語るくもんは、そこでようやく少し笑ってくれた。
あたしも、再び顔を上げる。
「俺は、ジャックといたいって思ってるんだなって。だからこそ、そこからの日々はつらかった。ルチアーノさんにも相談して、どうにかできないかって話したりもしてたんだけど、俺は何もできなかった。何もできなかったけど、ジャックのログインが減ってるのは分かってたから、もう俺も限界だった。だから、会いに来たんだ」
「そう、だったんだ……」
「会って話そうって。俺がずっといるよって、伝えようって。俺なんかじゃ頼りないって言われたら、それまでなんだけどさ」
「そ、そんなことないよっ」
「傷ついていく君を見て、何とかしたい、守りたいって思ったんだ」
「あ、ありがとう……」
「俺、ジャックが好きなんだ」
「……っ!」
その言葉に、身体がビクッてした。
そんなこと、人生で一度も言われたことがない。
人とコミュニケーションを取るのが苦手で、暗くて、地味で、よわっちくて、ゲームしか取り柄がないのに。
でも、嬉しかった。
「え、だ、大丈夫?」
「あ……っ」
気づかぬうちに、あたしは泣いていた。
止めようと思っても、涙が止まらない。
「ご、ごめん。急にこんなこと言って、迷惑だったかな……」
「違う!」
思ってる以上に大きな声を出したせいで、店内の人たちの視線が集まってしまった。
でも、そんなことどうでもいい。
「嬉しい」
「え?」
「あたしは今、嬉しいんだよ?」
「え、あ……そう、なんだ」
「あたしも初めて会ったあの日から、ううん。あの日よりもっと前から、くもんのことを尊敬してた。会った日からは、今まで以上にくもんのこと尊敬してた。もっと一緒に遊べたらいいのにって、思ってた」
「うん」
「そんな人から、好きって言われたんだよ? 嬉しくないわけが、ない」
「そっか」
「でも、あたしなんかでいいの?」
「ジャックがいいんだよ」
「あたし、ただのニートだよ?」
「知ってるよ」
「人と喋るのも苦手だし、女の子らしいこともできないし、可愛くもないし、弱っちいし」
「ジャックの優しさが、好きだよ」
「え?」
「ジャックは、もっと自分に自信を持っていいと思う」
「……無理」
「じゃあ、俺が手伝うから、少しずつ自信つけてこ?」
「なんで、くもんはそんなに優しいの?」
「好きな子に優しくするのは、普通だと思うけどなぁ」
「ああもう……ずるいよ……」
結局二人して冷めきったパスタを食べる羽目になった。
でも、冷めて美味しさを失ったはずでも、くもんと二人で笑って食べるのは、楽しかった。
いつぶりだろう?
あたしは、久しぶりにちゃんと笑えたんだ。
お店を出た頃にはもう日が暮れかかる時間だった。
あのあともくもんとたくさんおしゃべりしてたせい。
でも、楽しかった。
あたしのバス停までの道を、くもんと歩く。
「ねぇくもん」
「うん?」
「そう言えば、さっきちゃんと言ってなかったんだけど」
「何?」
「あ、あたしも、好きだよ」
「え?」
「くもんのこと、好きだよ」
「ありがとね、しず」
「え?」
その呼び方をされたのは、何年ぶりだったろうか。
勇気を出してあたしも「好き」を伝えたのに、まさかのカウンター!
偶然にもその呼び名は、両親だけが呼んでくれていた呼び方。
その言葉に、思わずドキッとした。
「ジャックだとさ、女の子っぽくないし?」
「そ、それはそうだけど……」
「しずって呼んでいい?」
「う、うん……いいよ」
恥ずかしいけど、くもんの優しそうな顔に、言い返せない。
なんかあたしばっかり、照れてる気がするな……。
「じゃあ、おうちについたら少し待っててね」
「うん」
「俺も帰って、ログインして、ルチアーノさんに連絡ついたら連絡するから」
これはさっきお店の中で話した時に決めたこと。
あたしはやっぱり、ギルドを抜ける。
でも、くもんとの繋がりは、消えない。
幹部の離脱なんて初めてだから、どうなるか心配もあるけど、あたしの後任ならうめがいる。
うめなら、きっと大丈夫。
るっさんには、今回の顛末を話す。
もぶは、プレイヤーとしてはトップクラスだから、今後も攻略では役に立つだろうから、厳重注意してもらえれば、それでいいんだ。
そしてあたしはもぶをブラックリストに入れて、もぶからのログは見えないようにする。
もうもぶと話す必要もなくなるし。
くもんはギルドに残るから、もぶが今後ギルド内で暴走しないように、監視してもらう。
視野が広がると、色々見えてくるものもあった。
あたしには【Vinchitore】以外にも、一応フレンドはいるし。
何だったらもこがギルドリーダーの【Mocomococlub】に拾ってもらってもいいかな。あ、でもやっぱ、もっとゆるいところがいいかな……。
ギルドを抜けるのは、やっぱり寂しいけど、くもんがそばにいてくれるから、大丈夫。
これ以上みんなに迷惑かけるのは、やっぱり避けたいからね。
今年に入ってサポーター部門の成長は明らかに停滞しちゃってるから、立て直しで色々迷惑はかかるだろうけど、それでも必ずみんななら再出発してくれるだろう。
そう信じた。
「じゃあ、またね」
「うん。気を付けてね」
バスが到着し、列が動き出す。
一緒に並んでくれていたくもんだけ、バスに乗らず列から外れる。
くもんはあたしが見えなくなるまで、バス停にいてくれた。
その姿に、胸が温かくなる。
ほんと、まさかこんなことになるなんて。
今日起きた時は、予想もしてなかったけど。
LAの世界は広いんだ。
これから新たな出会いもあるだろう。
つらいことも、あるかもしれない。
でも、あたしにはくもんがついてるから、大丈夫。
密かに決意と覚悟を持って、あたしは家へと帰るのだった。
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