Side Story〈Yuuki〉episode Ⅺ
本話は、本編56話と57話の間の話になります。
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「西口のヨコバシカメラに行きたいのですが……すみません、どこをどう行けばいいのやら……」
こんな緊張するの、いつぶりでしょうか、そんな思いで私は目の前に立つ優しそうな男性にそう問いかけました。
私の問いを受けた方は、少しの間驚いた様子を見せていましたが、それもほんの数秒のことで、表情がパッと切り替わります。
それは、優しそうな笑顔でした。
「あー、俺そこに行くとこなんで、案内しますよ」
「え……そうなんですか? ありがとうございます」
まさか行きたい場所が重複するなんて、少しびっくりですけど、それでも笑顔のまま伝えられた言葉に、私はほっと胸を撫で下ろします。
よかった、いい人で。
なので私も笑顔でお礼を言いました。
「っても、もうすぐそこですけどね」
え?
むむ……。私のゴールは目前、だったのですか?
「そ、そうだったんですか……地図にいろいろ表示されすぎて、もうダメかと思っていました」
小さく笑いながら「もうすぐそこ」、そう教えてくれた方に、私は自力でたどり着けなかったことへの無念さから、少しだけ肩を落とします。
「新宿は混乱しますよねー」
でも、そんな私をフォローするように、優しそうな方はそう言ってくれました。
先ほどから終始笑顔を絶やさないその人の笑顔は、柔らかみがあって、少しホッとする気もします。
知らない人で、異性だけど一緒にいてホッとするって、なんだか不思議ですね。
「はい、優しそうな方が通ってくれて、安心しました」
そんな不思議さの理由は分かりませんが、気づくと思わず本音が漏れてしまいました。
その私の言葉を聞いて、優しそうな方は少し照れたようにまた笑ってくれましたけど。
表情の豊かな人だなぁ、なんて、ちょっと憧れたりもしますね。
「でも、こんなに人多いんですね……」
「そうですねー、金曜夜だし、これから飲む人も多いでしょうね」
「……こんなにたくさんの人が……」
「それだけお店もありますから」
ヨコバシカメラまで誘導してもらう間、思わず口にしていた言葉にもちゃんと返事が返ってきます。
なんというか、この人混みの中で誰かがいてくれるっていうのは、ちょっと安心です。
「新宿は初めて来たんですか?」
「そういうわけではないのですが……以前は平日の昼間でしたし、友達が引っ張ってくれたので……」
「あ、おひとりでは初めてなんですか」
「はい、お恥ずかしながら」
新宿でのお買い物は、中高時代に沙良ちゃんと、学部生時代に紗彩ちゃんと一緒に来たことはありますが、その時はどちらもついていくだけでした。
二人とも迷うことなく道を進んでいた印象でしたけど、どうして道がわかっていたのか、不思議です。
……脳内でメニュー画面が開けて、現在地が表示されるマップを見ることができたとか?
いや、そんな馬鹿な……。
とか、少しそんな妄想をしていると。
「ほら、もう地上ですよ」
「おお……ようやくお日様が……」
言われるがまま上を見上げると、階段を登った先ではついに天井がなくなっているようでした。
おお……いつぶりの、地上でしょうか?
「もうそこに見えるのがヨコバシです」
「おお、こんなに近かったんですね……」
「どのくらい迷ってたんですか?」
「え、ええと、30分ほどでしょうか?」
そして指差された方に視線を向けると、たしかにそこには目的地であろうヨコバシカメラが。
新宿駅到着が17時14分でしたから、そうですね、30分は経ってますね……。
「あ、あの」
「はい?」
「いくつか入り口が見えるのですが、ゲーミングPCが売っているゾーンは、どちらでしょうか?」
「え」
でもここで少し問題が発生。
今私が尋ねた通り、入口が複数あるのです。まだ待ち合わせ時間前とはいえ、なるべく早く行きたいのが私の心境。
ということで、図々しくも私は目指すべき待ち合わせ場所を聞いてみました。
するとなぜか、不思議なくらいに目を丸くして、優しそうな方が驚きます。
先ほどまでの優しそうな、余裕を感じる笑みが消え、戸惑いが全面に出るような、そんなご様子。
……聞いてはいけないことを聞いてしまったのでしょうか?
もしや、ゲーミングPCの場所を答えてはいけない宗教でもあるのでしょうか?
そういう禁忌に触れてしまったかのような、そんな驚き方をされてしまいました。
むむ、どうしたのでしょう?
「あの、どうしました?」
「あ、い、いえ!」
その戸惑いが伝染したのか少し私も不安になってきたので、困惑する優しそうな方を心配するように、彼の顔を覗き込んで声をかけました。
お返事の感じ、元気そうな声ではあるんですけど、どうしたのでしょうか?
「ゲーミングPCコーナーはすぐ近くなんですけど」
「はい」
「さしつかえなければ、どこからいらしたか聞いてもいいですか?」
「え」
なぜ今それを……。
あ、ま、まさか……。
ゲーミングPCコーナーは東京都民しか入店してはいけないとか、そういうルールがあるのでしょうか?
埼玉県民はアウトとか、そういう決まりが?
でも、優しそうな方のただごとならぬ様子。これはきっと何かある、そんな気がします。
なので、正直に答えてみることに。
「大宮ですけど、何か?」
素直に私が答えると、優しそうな方の表情が一瞬固まった気がしました。
やはり、埼玉県民はダメルールが……?
「私が大宮だと、何かありますか?」
私が改めて大宮から来たことを伝えると、優しそうな方は緊張した面持ちのまま、少し何かを考えるような素振りを見せました。
……やはり埼玉県民は……むむ……でもそうすると、千葉県民のジャックさんや神奈川県民のゆめさんは、大丈夫なのでしょうか?
私が他のメンバーも実は待ち合わせ場所に行けないのではないか、そんな心配をしていると、何か腹を括ったように、優しそうな方が私の目をじっと見て来て。
「あ、あの……踏み込んで聞くようで申し訳ないけど、もしかして、オフ会の、待ち合わせですか……?」
そう尋ねられました。
え、な、なぜそれを……?
あ、まさかこの人……エスパーですか?
となると、ここまで考えていたことが全て読み取られていたかもしれません。私が新宿で迷子になっていたことも、お友達頼みで新宿に来た過去も……全て……。
それはさすがに……恥ずかしいですね……。
「ま、まさか……」
驚きを隠さずに口を開いた私に、優しそうな方は何故か苦笑い。
これは、本当に読み取られていそうな……。
これが新宿……日本の中心、恐るべし……。
「超能力者の方なんですか?」
「いや、なんでだよ!?」
恐る恐る私が問いかけると、それまで苦笑いを浮かべていた方が、ガクッと肩を落としてびっくりしたような顔で私に聞き返して来ました。
むむ、なんか急に、雰囲気が変わりましたね……。
「あー、もう。お前も天然かよ……」
む、いきなりお前とは……あ、まさか、詐欺師だったのですか?
ここまで優しそうなフリをして、私を騙していた?
そう思うと、自然と身構えてしまう私がいました。
目的地まであと少し、かくなる上は逃げ切って自力で辿り着いてみせます。
「おいおい、いきなり警戒すんなって。最初に話しかけてきたの、ゆきむらの方だろ?」
「え」
なぜその名を……?
たしかに話しかけたのは私からでしたが、やはりこの人、エスパーなのでしょうか……?
「あ、そうか。男って情報だと2択だし、まだ誰か分かってないのか? 俺だよ、ゼロだよ」
「え、ゼロやん、さん?」
その聞き慣れたお名前に、ようやく私の頭の中でこれまでの会話が一本の線で繋がりました。
なるほど……。ゼロさんなら、待ち合わせ場所は同じですもんね。
「やんなのかさんなのかどっちかでいいからな? で、えーと、改めまして、リアルだとはじめまして。【Teachers】の〈Zero〉です。よろしくな、ゆきむら」
「こ、こちらこそ……ゆきむらこと、神宮寺優姫です。はじめまして」
よろしくと言ってニカッと笑ってくれた優しそうな方改め、ゼロさんに私も改めて名を名乗りましたが、そういえばゼロさんからお名前は聞いてないですね。
もしかしてオフ会だと、キャラクター名だけでいいのでしょうか?
うーん、でもまず自己紹介するのは、人付き合いの基本ですよね……。どっちがいいんだろう?
「やー、しかしまぁ、驚くことだらけだわ」
「え?」
そしてしばし立ち止まったまま、先程の笑顔のまま話しかけてくるゼロさん。
まもなく待ち合わせ時間ですし、行かなくてもいいのかな?
「迷子に話しかけられてさ、それが同じギルドの仲間ってどんな確率だよって話だろ」
「それは、私からしても同じですけど……」
私からすれば、話しかけた相手が同じギルドの人だった。
そんな奇跡ですからね。
「つーかゆきむらが女の子だったのもびっくりだし」
「あ、その件につきましては、隠していてすみませんでした……」
「いやいや、気にすることないよ。キャラと性別変えてるとか、そんなやついっぱいいるし、前回のオフ会で俺はだいとぴょんにびっくりさせられたばっかだからな。なんていうか、ちょっと覚悟はしてたし」
「そうなんですか?」
そして気づけば、ゼロさんは私を道案内していたときのような、優しげな雰囲気で苦笑い。
こんなに長く男性と話すの、人生で初めてかもしれません。
でもなんと言いますか、ゼロさんは不思議と緊張しないというか、話せてますね……。
優しいから?
笑ってくれてるから?
そういえば沙良ちゃんも紗彩ちゃんも優しい子たちで、よく笑ってたけど、優しくて笑顔の方って性別関係なく、話しやすいのかもしれませんね。
「何はともあれ、ギルドの仲間を助けられて良かったよ」
「いえ、本当に助かりました。ゼロさんがいなかったら、途方にくれていたかもしれません……」
「そりゃ大げさだろ。でもあれだな、ゆきむらはゲームの中じゃしっかりしてるのに、リアルじゃ別人だなっ」
「え?」
呆れながらも、笑顔を浮かべるゼロさんが、そう言って私の頭にぽんと手を置いて来たので、私は思わずびっくり。
「でも分からないとき、ちゃんと人に聞けてえらいぞー」
そして続けて置かれた手が、何度か頭の上で優しくバウンドし、ぽんぽんと頭を撫でられました。
不意に訪れたその手のぬくもりは、不思議と悪い気はしなかったというか……よく分からない変な感じがしました。
今までそんなことをされたことはなく、頭を撫でるのは両親や祖父母くらいのものでした。
仲良しの沙良ちゃんや紗彩ちゃんと腕を組んだり、ハグされたりはありましたけど、家族以外に頭をぽんって撫でられたのは初めてです。
なんだろう、ちょっと嬉しいような?
不思議な感じ。
……もう一回やってくれませんかね……?
この感覚がなんなのかいまいちわからないから、もう一度やってほしい、そう思ったのに。
その言葉を口にすることはなぜかできませんでした。
むむ、どうしたのでしょう私……。
「じゃ、行こうぜ。って、そろそろ時間ギリギリだな!」
そして私がもう一度を言えないまま、小走りで移動し始めるゼロさん。
それに私も続きます。
移動する最中、そっと自分の頭に手を触れる私。
もちろんそこにぬくもりや感触が残ってるはずはありませんが、私の心の方に、先程の不思議な感触が残っています。
ゼロさんは、優しくて笑顔が素敵な方。
そんな人に褒められたのが、嬉しかったのかな?
私が嘘つきでも、ゼロさんは笑って許してくれましたし、これならもう一つの嘘も許してくれる、そんな気もして来ます。
人生初めてのオフ会。
他の皆さんがどんな人なのかわからないけれども、少なくともゼロさんが優しくて素敵な方というのはよく分かりました。
だからきっと、他の方々も優しいのではないでしょうか、そんな期待も膨らみます。
でも一番に思うのは、もう一度頭を撫でてほしい、さっきの感覚がなんだったのか、確かめたい。
そんな思い。
ゼロさんの半歩後ろを進んで、待ち合わせ場所に向かいながら、私は先ほどから続く不思議な感覚がなんなのか、その問いにひたすら向き合うのでした。
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以下
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ゼロやんの必殺公務員スマイル!
ゆきむらはこんらんした!
2行でまとめたらこんなお話です。笑
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