〈Yuuki〉

Side Story〈Yuuki〉episodeⅠ

 今から5年前の、10月頃。


「ゆうきちゃーん!」

「はい?」

「一緒に帰ろっ」

「うん、帰りましょう」


 6時間目終了のチャイムが鳴り、放課後になりました。


 放課後になった直後、隣のクラスの子なのに私のクラスに入ってきて私の腕を引っ張るこの子は、清水沙良しみずさらちゃん。

 他のクラスの子ではありますが、彼女が教室に入ってきても周りの子たちは特に反応なし。それだけ、みんなこの子に慣れているのでしょう。


 私たちは大宮にある中高一貫の女子校、清徳学園の生徒ですが、その中でも1番の仲良しがこの沙良ちゃんです。中等部の頃からの、大切な友達。

 残念ながら高等部からはクラスが離れてしまいましたが、中等部の3年間は同じクラスだった、かけがえのない存在です。

 

「帰りコンビニ寄ってくー?」

「いいですよ」


 そんな沙良ちゃんに手を引かれ、私たちは今日も学校を後にするのでした。



 多くの生徒がスクールバスを待つ中、その列を通り過ぎるように歩く私たち。

 並んで歩くと沙良ちゃんの頭のてっぺんが見えるくらいには、私の方が背が高いのです。


「もうすぐ衣替えしなきゃねー」

「そうですね」


 いつもにこにこ顔の沙良ちゃんは、笑顔が似合う可愛い子で、一緒にいると私も楽しい気持ちになります。

 10月初旬の今はまだ夏服で登下校していますが、冬服への移行期間の今、周囲には一足早く冬服用スカートとブレザーを着ている子もちらほら。

 こんな風に制服を着て登下校出来るのも、あと半年ちょっとなんですけど。


「ゆうきちゃんは、勉強順調?」

「そうですね。この前の模試もA判定でした」

「うわ、すごいな~」


 学校から家まではバスに乗れば10分ほどなのですが、私と沙良ちゃんは家が近いこともあり、帰りは30分ほどかけて一緒に歩いて帰るのが、私たちの日課です。


 そして沙良ちゃんが言ったように、今高校3年生の私たちは受験生。

 大学はお互い違うところを志望しているので、こうして沙良ちゃんと歩く時間もあと半年ほど。なので、この時間は私にとってかけがえのない時間でもあります。


「私はまたD判定だったやー」

「沙良ちゃんの志望校難しいですし。まだ時間はあるから、伸びますよ」

「うん頑張るー。でも、大学行ったらバラバラだねー」

「そうですね」

「もう慣れちゃったけど、結局ゆうきちゃんの敬語抜けなかったねー」

「あ、はい」


 何気ない会話が楽しいのですが、今ご指摘があった通り、私は家族以外とはついつい敬語で話してしまいます。

 子どもの頃に両親から礼儀を大切にしなさいと教わったのがどう作用したのか、もう昔のことで思い出せませんが、気づいたら子どもの頃から私はずっと敬語で話す癖がついてしまいました。


 最初はみんな不思議がりますけど、慣れれば私はこういう子なんだってみんなも受け入れてくれたようで、今では特に指摘されることもないんですけど……久しぶりにこの話題を出され、少しびっくり。


「いつか、彼氏とか出来ても敬語で話すのー?」

「え、うーん。どうなんでしょうか?」

「可愛い顔してるのにー」


 そう言って私の頬をつんつんとつついてくる沙良ちゃんの笑顔は、とても可愛らしくて、私なんかより沙良ちゃんの方が可愛いのにと思ってしまいます。


「恋愛って、なんなんでしょうね」


 中学高校と女子校で過ごした私にとって、男の子は未知の存在です。父と先生方くらいしか、まともに話したことがある男性はいませんし。

 そのせいか私にとって恋愛とは小説の中の存在、そんな感覚があります。


「ふっふっふー、私は最近好きな人できたんだよー」

「え?」

「同じ塾の子でね、なんとびっくり、志望校一緒なんだっ」

「あ、そっか。沙良ちゃんの志望校は共学ですもんね」

「うんー。塾でたまに話すくらいなんだけど、一緒に合格出来たら告白してみようかなって思うんだー」

「告白、ですか」

「ほら、なんとなく告白は男の子がするものってイメージあるけど、今の時代は女から動くのだって普通だしねっ」

「ふむふむ」

「ゆうきちゃんも、好きな人できたら教えてねっ」

「あ……善処します……」

「もう、固いよーっ」


 そう言ってまた私の頬をつつきながら笑う沙良ちゃんは、なんだかとてもキラキラしているように見えました。


 好きな人、ですか……。

 うーん、やっぱりよくわかりません。

 今は勉強しているのが楽しいですし、知らないことを知れるのは、すごく心がワクワクします。

 ……恋愛感情というのも、知らないことではあるんですけど。


 いつか、分かるといいな。

 そんな風に思いながら、私は沙良ちゃんの好きな人の話を聞きながら、その日もいつものように家に帰るのでした。



 11月、すっかり冬を感じるようになった頃。


「あ、神宮寺さん、あの、少し時間いいかな?」

「はい?」


 お昼休みということで、いつものように他のクラスから会いに来てくれた沙良ちゃんとお昼ご飯を食べ終え、そのままのんびりとお話をしていたところ、私は声をかけられました。

 この子はたしか、隣のクラスの子だったような……。


 体育の授業で一緒に授業を受けている記憶があるので、隣のクラスの子というのは分かるのですが、お名前はなんだったかな……。


「ゆうきちゃん、梨本なしもとさんと仲良かったっけ?」


 あ、そうか。梨本さん。小柄で可愛らしい、梨本さんだ。

 沙良ちゃんのおかげで名前を思い出せました。感謝ですね。


「あまりお話したことはありませんけど……」

「でも呼んでるんだし、行っておいでよ。私は教室戻ってるね」

「はい、じゃあまた放課後に」

「うん、いってらっしゃいっ」


 沙良ちゃんに背中を押されたこともあり、私は声をかけてきた梨本さんについていくことにしました。

 教室を出て、廊下を進む間、梨本さんは特に何も話してきません。

 うーん、何の用件なのでしょうか?


 そして辿り着いたのは、体育館へと通じる渡り廊下。

 ここは屋外なので、季節柄少し肌寒い場所でもあります。


 足を止めた梨本さんは、何故か少し緊張した面持ちで、少し背の高い私の方を見つめてきました。

 冬服のブレザーの下に着ている桃色のセーターが似合っているなぁと思ったり。

 あ、袖口から指先だけ見えるのも可愛いですね。


「あ、あの、いきなり呼んでごめんね」

「いえ、どうしたんですか?」

「あ、あのね、こんなこと、いきなり言われてびっくりするかもしれないんだけど……!」

「はい」

「わ、わ、わ、わたしっ……! 神宮寺さんのことが好きですっ……!」

「え?」


 ……むむ?

 私、女の子ですけど?


「私と付き合ってくれませんかっ!?」


 頬を赤らめながら、真剣な眼差しで私を見つめてくる梨本さん。

 え、でも、私たち、女同士なんですけど……?


「え、ええと、私たち女同士ですよね?」

「う、うん……そうだよね」

「ごめんなさい、ちょっと色々混乱しているみたいで……」

「う、ううん! い、いきなりこんなこと言われたら、そうなっちゃうよねっ……ごめんねっ」

「あ、いえ……でも、交際って、男女の間で成立するものでは……?」

「わ、私、いつも神宮寺さんのことカッコいいなぁって思ってて、好きになっちゃったんだ」

「カッコいい、ですか?」

「うん、いつも真剣で、何に対しても手を抜かないところとか、中等部の頃からずっと素敵だなって思ってて、どうしても、この気持ちを伝えたくて……」

「なるほど。でも、やはり私たちは女同士ですから、友達以上にはなれないのでは?」

「あ……そう、だよね」


 素敵だなと思ってくれていたことは嬉しかったですけど、やはり女同士で交際というものがピンとこなかった私は、ひとまず思ったところを口にしました。

 沙良ちゃんみたいに、仲のいい友達にならなれると思ったのですけれど、何故だか梨本さんは悲しそうな顔を浮かべています。

 ……どういうことでしょうか?


「ごめんねっ! このことは忘れてねっ!」

「えっ、あっ」


 そして梨本さんは走り去って行ってしまいました。

 

 その場に一人、取り残される形となった私には、梨本さんの考えがよく分からないまま。

 うーん……今度どういうことだったのか、もう少し話して聞いてみるしかないですかね……。


「いやぁ、青春だねぇ」

「え?」


 よくわからないまま立ち尽くす私のそばに、いつの間にやら人影が。


「あ、山路やまじ先生」


 いつの間に現れたのかわかりませんが、それは国語科で担任の山路先生。髪の毛が全部真っ白な、おじいちゃん先生です。


「神宮寺は優秀じゃが、遊び心が足りないからなぁ」

「遊び心、ですか?」

「うむ。人の心には動と静がある。いつも真面目なお前さんは静ばかり。だが人生を豊かにするにはもっと心を動かす動も必要だよ」

「動と静、ですか……」

「恋でもしてみたらどうじゃ?」

「……恋ってなんなんでしょうか?」

「それは自分で見つけなさい。でも、そうだなぁ。教わる側で、学ぶことを静とするなら、教える側に立つことが動とも言えるかもしれん。色んな視点に立って、色んな人の心を受け止める側に立てば、もっと色々見えてくるかもしれないね」

「教える側、ですか」

「うむ。人生は長い、色んな立場に立って、たくさん学んでみなさいて」


 そう言い残して、山路先生は去っていきました。


 教える側……となると、先生になれ、ということでしょうか?

 私が志望している大学の文学部で、教員免許って取れたかな? 


 そんなことを思いつつ、私は一人来た道を戻り、志望校で取れる教員免許について調べることで、残り僅かな昼休みを過ごすのでした。






―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声によるあとがきです。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 密かにUPしてみたり。

 ようやくというか、3本目のプロットが固まりましたので、episode Ⅰを公開します。

 とはいえ書き溜めが全然ないので、毎日更新はできません!

 大事なことなので何回か書いておきます。できません!できません!


 本編すらも最近自転車操業の火の車なので……誰か精神と時の部屋に1か月くらい連れてってくれませんかね。笑


 いや、毎日更新を自分に課さなければ問題はないんですけれど。

 なんというか、最近はちょっと意地にもなっている部分が……あ、いやこんなことはどうでもいいですね。


 3本目はメインキャラクターの一人〈Yuuki〉にするのは元々の予定通りでした。

 え、誰? と思う方は本編をお読み直しお願いします。笑

 冒頭の5年前、というのは本編の時間軸から見て、ということになっています。


 序盤はまだゲームを始める前、そしてゲームを開始したきっかけ、ギルド加入、そしてオフ会へ、という〈Airi〉形式と同じで予定しています。


 いつ更新されるかはわかりませんので、是非ともフォローしていただき、更新の通知を受け取ってくださるとうれしいです!

 

 〈Airi〉,〈Shizuru〉のようなテンポにはなりませんので、気長にお付き合いいただければ幸いです。

 よろしくお願いいたします。

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