Side Story 〈Shizuru〉 episodeⅦ

 彼が近づけば近づくほど、顔が赤くなる。

 あ、でも近くで見ると、ちょっとイメージ通りの優しそうな目のような……。


「あの」

「は、はいっ!?」


 そして彼が、あたしを優しく見下ろして声をかけてきた。

 声もちょっとイメージ通りの、優しそうな感じ。


 話しかけられたあたしはもう全力でテンパったけどね!


「大丈夫ですか?」

「え、え!?」

「顔色赤いようですが、具合が悪いのでは?」

「え、あっ、だ、だい、大丈夫、ですっ……!」


 答えれた! 答えれた、よね!?


 このくらいで会話できたって思ったあたし、ほんとやばかったなー。


 あたしの答えに彼はまだ心配そうな顔だったけど、見上げた先のその顔を見たら、何だか少しだけ、落ち着いた気もした。


「あ、あの……」

「はい?」

「くもん、ですよね?」

「……え?」

「あ、あたし、えと、その……」

「もしかして、ジャック……?」

「あっ、は、はい……。は、はじめまして……でいいのかな?」


 この時のくもんは、物凄いびっくりした顔をしていた。

 くもんの大人しそうで、優しそうな顔がここまでびっくりしたのは、たぶんこれが一番だったんじゃないかなー。




「ま、まさかジャックが女の子だなんて思わなかったよ」

「え、う、うん。女の子、って年齢でもないんだけど……」


 しばらく驚いたまま固まっていたくもんとあたしは、通路で立ち止まるのもなんなので、とりあえず先に近くの喫茶店へと移動した。というより、くもんが連れてってくれた。


 あ、ちゃんともぶには連絡したからね。くもんが。

 あとどれくらい? って聞いたら30分くらいって返ってくるまさかの答えがあったからだよ?


 でも、おかげで今はくもんと二人。

 男の人と二人で喫茶店とか、初めてですごい緊張するけど、目の前にいるのがくもんなんだって思うと、少しだけ安心できた。

 すごいカッコいいとか、男前とか、そういうわけじゃないけど、目元にかかりそうな長さのさらさらした前髪の奥に見える目は優しそうで、安心。

 なんていうか、草食動物みたいな感じ。

 体格も、ケンカとかしたことなさそうな弱そうな、ひょろっとしてる。

 並んだとき、あたしの視線がくもんの胸くらいだったから、170cmあるかないかくらいじゃないかな。

 え、あたし小さすぎだろって? うるさいな、そんなの自分で分かってるよ!


 全体的に大人しそうで優しそうな雰囲気のくもんは、LA内で会話してる時と似た不思議な安心感があって、緊張していたあたしの心を少しずつ落ち着かせてくれる、そんな存在だった。


「え、いくつなの? って、あ、女性に年齢の話はダメだよね」

「あ、ううん。大丈夫。し、身長のせいで幼く見られるのは、慣れてるから、うん……ええとね、あたしは今年で24歳になりました」

「あ、そうなんだ。じゃあ俺が2つ年上なんだね」

「あ、そうなんだ」


 二人してさらさら声が出せないの、はたから見たら変な二人だったろうな。


「でも、あれだね。ゲームの中とは全然違うんだね」

「み、見た目の話ならくもんだって、全然違うし……」

「え、もしここに獣人が現れたら、俺誰かに捕まっちゃうよ?」


 そう言ったくもんは笑ってくれた。

 そこまでの意味で言ったわけじゃないのに、目を細くして笑うくもんに、ちょっと見とれちゃった。

 その笑顔は人の心を落ち着かせてくれるような、優しい笑顔だった。


 でも、怖がられちゃうとかじゃなく、捕まっちゃうっていうあたりが、なんかくもんっぽい。


「きょ、今日は来てくれてありがとう。急に提案したのに、来てくれる人いて、嬉しかったです……」

「あ、ううん。俺もセシルを知ってから、ずっとギルドの他のみんなはどんな人なんだろうって思ってたから。でも、女の子はセシル以外はやまちゃんだけだと思ってたけどね」

「だ、黙っててごめんね」

「そんなことないよ。ほら、事情は人それぞれだろうし、ほとんどの人はオフ会なんかしないまま、顔も知らないまま出会って別れていくものだしさ」


 出会って、別れて。

 人生は続いても、ゲームはいつまでも続くわけじゃない。

 その言葉は、ちょっと寂しかった。


「年末は一人で暇だからさ、オフ会がなかったら、ログインしてスキル上げでもしてただけだろうし」

「あ、そうなんだ。実家に帰ったりしないの?」


 この質問をしてから、あたしは後悔。

 聞いたってことは、聞かれるってことでしょ。

 あたしの家族の話なんかしたら、いきなり空気が重くなってしまう。


 質問したくせに、あたしは一人沈んでしまった。


「うん。実家は房総の方だから、帰ろうと思えばいつでも帰れるからね。ジャックは……って、答えづらいなら答えなくていいよ。聞こうとしてごめんね」

「え?」

「顔に書いてるよ? 聞かないでください、って」

「え、嘘?」


 なんでわかったのかわかんないけど、この時のくもんに、あたしはすごい惹かれたのを覚えてるな。

 ゲームの中だけじゃなく、くもんはほんとに、よく見てくれる人なんだ。


「だってさ、俺たちのログイン率考えたら、みんなリアルをある程度犠牲にしてるのは、想像できるじゃん?」

「あ、そ、そーだね、あはは」

「だから、変にプライベートのことは聞かない方がいいかなって」

「う、うん。ありがと……」


 ごめんね、ニートですなんて、流石に言いづらいんだよね……!

 もし聞かれたら、せめてフリーターって答えよう……!

 

 でも、くもんも何かを犠牲にしてるのかな?


「あ、でも俺は在宅でWebデザインの仕事はしてるからね? FXもやってるけど」

「え、すごい」

「って、聞かない方がいいって言っておきながら俺が話してちゃ意味ないね。この話はここまでにしておこう」


 あたしはもっと聞きたいんだけど……でも、聞くってことは話すってことでもあるから、うう……。

 

 気づくと、くもんだけはすらすらと話せるようになってた。

 あたしは、まだ全然だけど。


 でも、その時間は楽しかった。

 リアルで人と話すのが久々でも、LAの中でずっと話してきたからなのか。

 くもんだからなのか。


 その時間は楽しかった。


 でも、今日は二人で会う日ではないから。

 もう一人来るメンバーがいるんだから。


「あ、もぶ店の前着いたって」


 スマホの通知に気づいたくもんがそう言う。

 その言葉に、あたしの中に緊張が走る。


 荒っぽい性格だけど、もぶもギルドの仲間だし、ほんとはもっと優しいかもしれないし。

 そんな期待を、少しだけ持つ。


 やまちゃんとのやり取りを見てると、怖い気もするけど……。

 でも、くもんもいるから、大丈夫。


「じゃ、行こうか」

「う、うん」

「あ、ここは俺が出すよ」

「え? い、いや、悪いよっ」

「企画料ってことで」

「え……」

「って言っても、500円くらいだから、安いくらいだけどね」


 そう言って笑うくもんの優しい笑顔に、押し切られてしまった。

 人前でそんな風に笑えるなんて、すごいな……。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 会計を終えて、あたしはくもんの半歩後ろについていき、店外に向かう。


 既に時刻は18時を少し過ぎ、年の瀬の空はもう暗い。

 でも、まだまだ人は多そうだった。


 あたしたちが店外に出ると、お店の前で一人だけ待ってる人がいた。

 

 こ、この人がもぶ、なんだろうな……!



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以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 くもんのイメージは、クラスの中で大人しい系グループに所属しているけれど、元気系グループの子にノート見せてとか頼まれたら快く貸してくれたり、困った時に頼られたりするタイプのキャラクターです。誰も委員長をやりたがらないときに押し付けられて引き受けてしまうタイプとかなんとか。

 


 細かすぎる話。

 本編の第2回オフ会でジャックが語った経歴と真実は実は異なっています。

 その時のきっかけがこの日なのです。


 

 この後はシーンごとにepisodeを追加していきますので、やっぱり10話は越えそうです……!

 ちょっと自転車操業執筆化しておりますが、頑張ります……!

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