総一郎

 


 あれから一時間が経過したが、状況はなにも変わっていない。


 四人でテーブルに座ったまま、実りのある会話は皆無だった。シクシクと涙を流す高林由美を、優しい言葉をかけて男が慰めている。


 そして海子と堀江ゆかりはお互いに黙ったまま腕を組んで、にらみ合っていた。


 昼時のピーク時を過ぎたのか店内は落ちつき取り戻している。最初こそ好奇な視線を集めていたが、それも落ちつき誰もこちらを気にしなくなっていた。


 トントンと組んだ腕の、にの腕を指で叩く。


 はやく来いよあの野郎、と海子のイラつきは頂点に達しつつあった。


 事情の説明をもとめ、堀江ゆかりと言い争っていると、彼女の口から「鷲崎センパイ呼んでよ」と発せられたのだった。


 アンタじゃ話にならない、と言われたようなものだ。


「それ、どういう意味?」


 そう告げると、堀江ゆかりは反論することもなく黙りこむ。


 腹は立つが確かにこのままではラチがあかない。それに正直この状況は、海子ひとりでは手にあまる。仕方なく総一郎に電話してみると、「おう、わかった」と二つ返事で了解された。さすがに校則委員に命をかけているだけのことはある。


 そんな経緯から、鷲崎総一郎の到着を待っているという状況だった。


 注文したマンゴージュースのグラスはとっくに空になり、氷のとけた薄い味の液体を何度も飲み干す。スマホでもイジれば良いのだが、目をそらすと負けたような気がして嫌だった。


「いつくるの?」


「もうすぐだと思う」


 そっけないやりとりを幾度か行う。


 ふと由美に視線をやると、うつむいたまま今も嗚咽をもらしている。まだ話せる状態ではなさそうだった。彼女の言った言葉の意味はなんだったのだろう。気にはなるが、いまは考えたくなかった。


 そんなことよりも何か言葉をかけてやりたいが、なにも浮かばない。ただひたすらに隙を見せないように腕を組んでることしかできなかった。


 バイクの音がし、窓の外を見るとようやく総一郎が姿を見せる。


 原チャリに乗っていることを初めて知った海子は、校則違反じゃないのかと驚いたが今はそんな場合ではない。


「すまん、遅れた」


「遅いですよ!」


 食ってかかる海子をおざなりに、総一郎は堀江ゆかりに挨拶をする。


「おう」


「どうもです」


 ぺこりと堀江ゆかりが頭をさげる。どうやらすでに顔見知りのようだ。それがなんとなく不満で、海子の眉間はピクリと反応する。


「それで? どうなってるんだ?」


 どかりと腰を下ろす総一郎。すると意外な所から、意見があがった。


「ちょっとアンタ、何者なんだよ?」


 ツレの男が不満を口にする。彼からすれば当然の疑問だった。


「えっと、キミ何年?」


 食ってかかる男に対して、総一郎は穏やかな口調で返す。


「い、いちねんだけど」


「俺、二年」


 ニカリと総一郎が笑顔を見せる。ビジネススマイルといった風で妙な圧力を感じさせ、男は少しひるんだ顔をする。


「あ、はい。センパイなんスね? でもなんなんですか?」


 言葉こそ直したが、不満そうな口調だった。


「悪いね。こいつらの学校の先輩なんだ。ちょっと時間もらえないか?」


「え、俺もッスか?」


 男は自分を指さし、意外そうな顔をする。


「キミにも事情を聞かせてもらう。巻き込んで申し訳ないが、力を貸してほしい」


 両手を膝にのせて、しっかりと頭を下げる。年上に頼まれた形なり、どうやら断り辛そうだった。


「……まあ、はい」


 不承不承ながら、男は一応うなずく。


 こうして一同で話し合いが始まったのだった。


 そして口火を切ったのが海子だった。ずっと鬱憤がたまっていたのか、それをぶちまけるように口を開く。もともと黙っていられるような気性ではない。


「いやだから、堀江さんがデートしてたんですよ! これはもう不純異性交遊確定でしょ!」


 海子としては実際に目に見たことを信じるしかない。疑いのある二人が休日に密会していたのだ。不純異性交遊を疑うことは当然である。


 由美が言ったことは気になったが、やましいことは変わらない。


「だから違うって、デートなんかしてない」


「じゃあなんで休みの日に一緒にいるのよ!」


「そ、それは……」


 堀江ゆかりがめずらしく言い淀む。それを見て海子は気分をよくした。


「ホラ言えないじゃない!」


 強い言葉を浴びせながらも、海子自身そんな単純な事態ではないことは理解している。由美の発言と涙がそれを物語っていた。


「お前ら落ち着け」


「だってセンパイ! あきらかに――」


 ジロリと総一郎ににらまれ、海子は仕方なく口をつむぐ。


「話はだいたいわかった。つぎはお前の番だ」


 総一郎は堀江ゆかりに向きなおる。

 

「さっき違うって言ってたろ? デートじゃないってことだな?」


 こくりと堀江ゆかりが頷く。


「キミもいいな?」


 男にも同意を求めると、「あ、はい」と返事をする。


「じゃあなんで、二人でいたんだ?」


「そ、それは……」


 ばつが悪そうに顔を歪め、堀江ゆかりは口を閉じる。やっぱり嘘だ、と海子は心のなかで合いの手をいれた。二人で口裏を合わせて付き合っていないと主張するつもりに違いない。


「たまたま街で会ったのか?」


 フルフルと首をふる。


「じゃあ待ち合わせしてたんだな」


 今度は否定しなかった。


「遊ぶためか?」


 堀江ゆかりはまた首を振った。


 総一郎がだんだんと道筋を展開していき、その反応を見て話を進めていく。


「なにかの用事か?」


「そ……れは知らない」


 やっと彼女は、それだけ口にした。


「キミが誘ったのか?」


 今度は男の方に話しをふる。堀江ゆかりの反応が芳しくなかったのか、男のほうにターゲットを絞るつもりらしい。そして目論見の通りに、男はとくに隠すようなことはしなかった。


「いや違うッスよ。三人で会うことになってたんス俺ら……なあ?」


 男は堀江ゆかりに同意を求めるが、彼女は不機嫌に鼻を鳴らしソッポを向いた。


「つまり三人で交遊するためか?」


 交際していなくとも、ただ異性と交遊しただけでも処罰はされる。停学まではいかないにしろ、反省文や雑務を言い渡され減点の対象にもなる。


「交遊? ああ、遊ぶってことッスか? いやいや違いますよ。なんというか――」


 男が言葉を濁す。すると堀江ゆかりが視線を逸らしたまま口を挿んだ。


「いいよ。そんなこと、この人たちに言う話じゃないよ」


「で、でもよ……」


「あたしらが付き合ってなんかないって、それだけ話してくれたらいいから」


 二人は交際などしておらず、しかし今日一緒にいた理由は話すことはできない。堀江ゆかりはそう主張した。


「そんなムシのいい話がとおるわけ――」


 海子の発言は、総一郎の手で遮られる。


「堀江ゆかり。あの時言ったこと、憶えてるか?」


 どこか柔らかさをふくんだ口調で総一郎が語りかけた。二人はやはりどこかで会っているらしい。いつぞやの時のように、呼び出して話をしたのかもしれない。


「お、おぼえてます」


「お前のことを信じるには、信憑性に欠ける。このままじゃ嘘をついてることになるぞ」


「そ、それは……」


 彼女が躊躇した一瞬、泣いている高林由美に視線がいった。


「つまり高林を庇っているってことか?」


「そ、そんなんじゃないです。ただ……」


 また黙り込む。


 しかし彼女が、なんとか思いの丈を言葉にしようとしている気配は感じられた。まるで卵が孵る瞬間を見守っているような気持ちになる。


「いいよ、話しなよ。どうせ私のこと庇ってるつもりなんでしょ? 意味ないから、そんなの。ゆかりのそういうとこ、直してよって言ったでしょ?」


 とつぜん鼻声の由美がそう口にした。


「二人とも私が呼び出したんですよ」


 充血した目は痛ましかったが、恐ろしくも見える。


「なんで? どういうこと?」


「つまりこの状況は、お前が仕組んだってことか」


 海子と総一郎がそれぞれの反応をみせる。


「まあ、そういうことです」


 涙をぬぐいながら由美は総一郎の言葉を肯定した。海子だけが話についていけない。意味が理解できないのではなく、理解しようと頭がしていなかった。


 自分が停学になった時のような、嫌な気配に身が竦みそうだ。


「なんのために?」


「もちろん、ゆかりを停学にするためです」


 それは堀江ゆかりも同様なのか、どこか放心したような表情で二人のやり取りを眺めていた。話の進展は、総一郎と由美で進んでゆく。


「どうしてそんなことする必要があった?」


「ははは……必要なんてなかったですよ」


 力なく笑った由美の声が印象に残る。


「そうか……最初から説明してもらうぞ」


「はい。わかりました」


 そして高林由美の独白が始まる。

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