よくない人
次の日、さっそく海子は堀江ゆかりと接触するために行動をおこした。
校則委員の権限を使って、彼女を呼び出す。校則委員では活動内容によっては人目につかずに話し合う必要がでてくるので、そういう権限を学園から与えられていた。
校則委員会顧問の篠崎をとおして、B組の担任教師に堀江ゆかりを放課後呼び出してもらう。こういう場合に使用できる部屋も委員会で準備されており、多目的室Ⅰという教室で海子は待ち人を待っていた。
高鳴る心臓をおち着けるため、深呼吸を繰り返す。失敗しないように、何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返す。
そうこうしているうちに、扉が開き一人の女子生徒が顔をだした。
「――だれ?」
怪訝そうな表情を浮かべ、海子を見下ろしてくる。
「担任に呼ばれてきたんだけど」
「わたしが呼び出したんだよ。堀江ゆかりさん」
できるだけ落ち着いた声で呼びかける。初めての経験なので、勝手はわからないが人と話すこと自体はべつに嫌いではなかった。冷静に話を進めることを心掛ける。
「ふーん、で誰なの? あんた?」
人のことを喰ったような態度の、堀江ゆかり。
「校則委員の星といいます。よろしく」
「――ああ、あの」
どうやら海子のことは知っているようだ。ニュアンスから察するに良いことではなさそうだ。自分が学年でも悪い意味で有名人ということは知っている。
「で、校則委員がわたしになんの用があるワケ?」
「まあ、とりあえず座りなよ」
椅子を勧め、彼女のことを観察する。
高身長で整った顔立ちをしている。美人系とでもいうのだろうか、スラリと長い手足と佇まいはカッコよく、同じ女としては憧れだ。髪を後ろでしばったポニーテールも彼女の印象によくマッチしていた。
「早くしてよね」
ゆかりは仕方ないという感じでパイプ椅子に腰を下ろす。端正な顔に見下ろされると、威圧感に言葉がつまった。。どういうふうに切り出すべきか、海子は迷う。
「あたしが男とデキてるとか、そんな話?」
彼女のほうから核心に触れてくる。
「え! 付き合ってるの!?」
海子は思わず身を乗り出す。想定していた受け答えはすべてすっ飛んでしまった。
「まさか、してないわよ。そんなことして退学になったらどうすんのよ」
少しの動揺も見せずに彼女はそう告げた。落ち着きすぎて、少し不気味だ。冷静沈着といえば聞こえはいいが、どこか冷たい印象を受けた。
「信じていいんだね?」
由美の話では、まだ交際には至っていないという話だった。その通りであれば問題はない。今日は、あくまで校則委員として忠告をするために来てもらったのだ。
「なに? 証拠でも出せって。それって悪魔の証明じゃない?」
海子は首をひねる。
証明自体が不可能な事柄のことをそう呼ぶが、海子にはよくわからない。
「アクマの症名? マンガかなにかの話?」
「いや、わからないならいいわ。とりあえずアンタの勘違いだから」
冷たい口調でそう吐き捨てられる。
「わかった。とりあえず堀江さんの言葉を信じるよ。でも、校則委員会に話が上がってきてることだけは理解しといてね」
ゆかりは眉をよせた。
「なにが言いたいの?」
「もし心あたりがあるんなら、今後……気をつけたほうがいいよってこと」
「ふーん。自分が痛い目みたから分かるってやつ?」
挑発するような視線に口調。どうやら海子に喧嘩を売っているようだ。
「ま、まあ……そういうことだよ」
怒りで口端が震えるが、モメごとを起こしては由美の願いは無駄になってしまう。海子にとっては嫌な奴だが、由美にとって彼女は大事な親友なのだ。
「ふん、話はおわり?」
挑発に乗らない海子のことをつまらないと感じたのか、ゆかりは席を立って扉に向かう。そのまま出ていくかと思われたが、ふと立ち止まり海子のほうへ振り返った。
「一つ聞くけど、誰から私のこと聞いたの?」
ぽーんとボールでも、こちらに放り投げたような気軽さだった。しかしさっきまでの彼女とはどこか違う。
「悪いけど言えない決まりになってるんだ」
ふーん、と海子を見据えながら近づいてくる。
「あんた何組?」
ふと尋ねられる。調べればすぐにわかることだ、誤魔化す必要はない。
「D組だけど……」
「そうよね。なに? チクったの由美なわけ?」
ドクンと海子の心臓から黒いものが流れ、思考がしびれる。頭皮に発汗を感じたが、表情には出さず彼女を静かに見つめかえす。
「あいつ……こんなことするんだ」
忌々しげにゆかりは下唇を噛みしめる。
「勝手に決めつけないでよ」
できるだけ冷静に海子は言葉を発する。ムキになって否定すれば終わりだ。
「べつに男とデキちゃいないけど、あいつならこんなバカげた話を学校にチクるのもわかる。で、あいつと同じクラスのアンタが来たってことは、そういうことでしょ?」
彼女のなかではもう確定事項のようだ。当たっているだけに、誤魔化すのは無理だろう。
「親友のことを心配して、相談しに来たんだよ」
「はっ、親友? あははっ」
彼女は口端を歪めて嗤う。
「こっちは友達なんて思ってないから、あんな奴」
吐き捨てられた言葉が信じられなかった。あんなにも友達思いの彼女に対して、ひどい言い草だった。幼いころから共に過ごしてきた親友のことを、堀江ゆかりは否定したのだ。
海子のなかで怒りが沸き、そして同時に悲しみに涙が滲む。
「ちょっとそんな言い方ない!」
立ち上がって詰め寄るが、彼女は意にも介さない。
「とにかく、あいつが言ったことなんていちいち真に受けないでよ」
海子を突き放して、堀江ゆかりはポニーテールを揺らして出て行ってしまった。呆然とそれを見送った後、無性に腹が立った。
「くやしいっ! なにあれっ! ムカツクムカツク」
海子は子供のように、癇癪を超して暴れる。自分の鞄を放り投げ、扉を叩き、書類を床にたたきつける。
言われたことが悔しいんじゃない。ああいう人間がいることが許せなかった。
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