クラスメイトから相談される
ファミレスに足を踏み入れるのは久しぶりだった。
平日とはいえ、やはり昼食時の店内は混んでいる。子供を連れた主婦たちが多く見られ、いつもよりも賑やかに感じる。笑い声や泣き声が、店内のあちこちから上がっていた。
「あ、あっち座る?」
「……う、うん」
比較的すいていた隅のテーブルへ、海子は誘う。
同じクラスの高林由美に相談があると声を掛けられて、二人でここにやってきた。
ほとんど話したことのないクラスメイト、彼女の印象は真面目で大人しそうな女生徒だった。純朴そうな顔立ちと、素朴さを体現しているようなそばかすが可愛らしい。
テーブルに向かい合って腰を下ろすと、すぐに店員がお冷を運んでくる。お互いにテーブルに置かれたグラスには触れずに、相手の様子を伺うように視線をさまよわせる。店員のお姉さんが去ったのを見計らって海子は静かに口を開いた。
「えーと、それで話って?」
できるだけ優しくよそ行きの声で話しかける。クラスから孤立しかけている海子には、貴重な機会になるかもしれないからだ。
「ほ、星さんは校則委員に入ったんだよね」
由美は少し緊張した面持ちで告げた。
「いちおうは。……まだ見習いだけど」
あはは、とおどけてみせるが、由美は表情を崩すことはしなかった。わかってはいたが、どうやら海子と仲良くなりたくて声を掛けてくれたわけではなさそうだ。
「その、あの……」
由美はなにやら言いあぐねていて、言葉にできないようだった。見かねて海子は、こちらから声をかける。
「なにか困ってることあるの?」
「うん……まあ」
彼女の言葉を待ってみるが、黙り込んでしまい口を開く様子はない。こうしていても仕方がないと、テーブルの横に立てかけてあるメニューに手をのばした。
「とりあえず何か頼もう。お腹へったしね」
空腹なのは事実だったし、何か食べてるうちに気分も変わるかもしれない。そんなふうに考えた。
「なに頼む? あ、ステーキフェアだって美味しそう」
できるだけ明るくフレンドリーに接していく。由美が話しやすいようにという気持ちもあったが、どちらかというとイメージアップを図るのが目的だった。不純異性交遊で停学になった海子には、クラス内からはあまりよくないイメージがついてしまっている。それをなんとか払拭したいと気持ちからだった。
「わたしはあんまり食欲なくて」
「そう? わたしはお肉にしよっかなー」
海子のテンションに押されてか由美もパスタを頼むことにし、ついでにドリンクバーも注文する。店内は混んでいるので、料理が来るのは少し時間がかかるだろう。
「じゃあ、飲み物とってこよっか?」
「う、うん」
なんとなく決まずい空気のまま、二人で飲み物をついでくる。
席に戻ると彼女はまた押し黙る。それ相応の用事があるから、面識もない海子を呼び出したはずだ。無理に聞き出すよりも、彼女のタイミングを待ったほうがいい、海子はそう考えていた。現に由美は、何度かそういう仕草を見せては海子になにかを打ち明けようとしている。
「あの……さ」
ぽつりと由美の言葉が唇から漏れた時だった。
「お待たせしましたー」元気よい声で店員が料理を運んでくる。タイミング悪いな、と海子は意図せず店員をジロリと見やる。店員はその視線に気づきにニッコリと微笑んで告げた。
「ライスはお替りで自由ですよー」
ジュウジュウとなる、ステーキのプレートを淀みなくテーブルへ置く。そしてスタスタと戻っていった。別に店員さんが悪いわけではない。もう一度、由美に視線を向けると決意した気持ちが霧散したのか、バツが悪そうな顔をしていた。
完全にタイミングを逃した。内心で舌打ちが漏れるが、まあ仕方がない。
「美味しそう」
気分を変えて明るい声を出し、ナイフとフォークを手に持つ。ほんとうに空腹だった海子は、さっそくばくばくと料理に手をつけていく。それを見て、由美も静かに食事を始めた。
二人で食事をしながら海子はテストの話題をあげた。自分の失敗談を話せば笑ってくれると思い。わりとオーバーに話を盛っていく。すると由美も少しずつだが、口を開いてくれるようになる。料理が食べ終わる頃には、いくぶん空気も和らいだ気がした。
「あ、入れてくるよ。なにがいい?」
空になったグラスを海子は二つ手に持つ。
「あ、わたしもいく」
「じゃあ一緒にいこっか」
二人でまたドリンクバーに向かい。海子はコーラ、由美はメロンソーダを入れて席に戻る。席につくとうとう由美は、口を開いた。
「その星さんって、不純異性交遊で停学になったんだよね」
コーラをストローで吸っていると、由美はおずおずとそう口を開いた。どうやら海子のことに気を遣ってなかなか言い出せなかったようだ。
「ま……あね」
「やっぱり……こ、後悔してるよね?」
じっ、と海子を観察するように見つめられる。
「後悔してないよ」
海子はそう告げた。本当に思っていることを正直に口にする。
「そうなんだ」
もしかして彼女も同じ立場なのだろうか? そして思い詰めて海子に相談してきたのだろう。それならば、力になってあげたいとそう思った。
「もしかして誰かと、付き合ってる、とか?」
探るように尋ねる。
「え? あ、ああ。ちがうちがうよ。わたしじゃなくて」
「わたしじゃなくて?」
由美の言葉を反覆する。
「いや! あれ? そうじゃなくて!」
由美は顔を真っ赤にして慌てている。なかなか可愛らしい性格をしてるみたいだ。
「つまり誰かの恋愛相談?」
コーラを飲み干し、海子は告げる。彼女は観念したように息を吐いて、いつになく真剣な瞳で告げた。
「友達を止めたくて」
強く気持ちがこめられた言葉だった。真剣で重く、純粋な熱量が含まれている。
海子は言葉を待つ。
「その子、仲が良い男子がいるんだけど。たぶんその男子と」
「付き合ってる?」
海子に問いに、首をふるふると振る。
「できちゃいそうってこと?」
「ま、まあ……そういうことなんだけど。その子が退学とかになったら、わたしどうしたらいいか」
由美は不安そうに瞳を揺らす。話から察するに同じ会津五嶌学園の女生徒のようだ。
「本人はなんて言ってるの?」
同じ学園に通っているなら、不純異性交遊の取り締まりが建前ではないことくらいわかるだろう。複雑だが、実際に海子のように停学者が出ているのだから。
「説得してみたんだけど、あんたには関係ないって話きいてくれなくて。たぶんバレるわけないってタカを括ってるみたい」
その気持ちは理解できた。海子もそうだったからだ。
「でもお互いに真剣に付き合ってるなら、悪いことじゃないんじゃない?」
別れてしまった恋人の顔が海子の脳裏に思い浮かぶ。海子にとってあの時の気持ちほど、大事なものはなかったような気がする。
「そうとは思えない」
どこか暗い瞳で、由美はびしりと否定した。
「たぶん浮かれているだけだと思う。本気なんかじゃないよ」
言い聞かせるような独白だった。
「そんなことであの子が学校を辞めることになるなんて、耐えられない」
まるで痛みに耐えるように、顔を歪め両手で自分を抱き締める。
「なんとか説得したいの。まだ付き合ってなかったら、停学にならないんだよね?」
すがるような瞳を向けられる。思わず海子は息を呑んだ。
「まあ、それはそうだよ」
厳重注意くらいは受けるだろうが。停学に比べればなんてことはない。
「あの子が付き合う前に、止めなきゃ。でも、わたしじゃどうにもならない……だから」
「わたしに?」
海子は自分を指さす。由美は涙をにじませ、すまなそうに肯定した。
彼女を助けたいと思う気持ちと、自分に力になれるのかという疑問が、内心で揺れ動く。二人の間にはわずかな沈黙が流れ、周りの音だけが時間を進めていた。
「ねえ、その友達って誰かきいていいの?」
名前を明かさないのには、なんらかの意図のようなものを感じていた。
「その子のことを停学や退学にしない?」
彼女にとって校則委員は、最悪の敵でもある。ずっと海子が救世主たるのか、見極めようとしてたに違いない。
そして海子の信念は、校則委員会に染まっているわけではない。
「しないよ。そのために私に相談してくれたんでしょう?」
コクリと由美は頷いき、海子は笑みで受け止める。
友達を助けたいと思い、でも自分ではどうにもできずに面識のない海子を頼ってきたのだ。同じような経験のある海子なら、もしかしたら理解してくれるかもしれないと。
由美は静かに息を吐き、言葉を紡ぐ。
「B組の堀江って子なんだけど。幼稚園から一緒のわたしの親友」
高校に入ってから、堀江ゆかりの口からよく男子の話は聞いていたらしい。付き合ってなどいないと彼女は否定していたが、日に日に惚気話を聞いているうちに由美は危機感を感じたという。そして不安になって二人の関係をたしなめたらしい。そんなんじゃないと笑っていた彼女はだんだんと歯切れが悪くなり、しまいには「由美には関係ないでしょ」と話を聞いてくれなくなったという。
それでもしつこく問いただすと、ちょっとした口喧嘩になり、いまはまともに由美の話に耳を傾けてくれる状態ではないようだ。
「だから校則委員である星さんから言ってくれたら、少しは違うのかなって……」
校則委員会に嗅ぎつけられていると知れば、普通の生徒なら停学や退学を畏れて自重するだろう。そして自分がどれだけ危ないことをしているのか、気づくかもしれない。
「それで言いにくいだけど……」
「わたしから聞いたって、ことは……」
たしかに校則委員に告げ口したと勘違いされれば、二人の友情にヒビが入ることになる。
「うん。それは言わない。つまり校則委員として注意すればいいんだよね?」
「そうしてくれたら、ゆかりもわたしの話を聞いてくれるんと思うんだ」
言いたいことが言えたのか、由美は少しリラックスした顔をなった。本当に親友が心配だったんだろう。ほとんど話したことのない海子を誘って、こんな相談を持ちかけるだけでも勇気がいっただろう。彼女みたいなタイプには特に。その切実な思いは海子の胸を打ち、できるだけ力になってあげたいと思わせた。
「わかった。できるだけのことはしてみる」
安心させるように海子は笑った。
「ありがとう、星さん」
丁寧に由美は頭を下げる。なんだか海子は照れくさくなり「じゃあ、甘いものでも食べようかな」
そうおどけて言うと、今度は由美も笑ってくれた。
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