不純異性交遊ヲ禁ズ

見る子

プロローグ

 子供の頃は、ただ走ることが大好きだった。


 息を弾ませて、他の誰よりも速く、どこまでも駆けていくことができた。


 算数が苦手でも、絵が上手に描けなくて、歌がヘタでも、あたしには走ることがあった。それだけが自慢で、誰にも負ける気がしなかった。


 駆けていく世界は色に溢れていて、とても鮮やかで透きとおっていた。自分は特別で、ただそのことだけに満足していた。


 友達の中で一番。


 クラスでも一番。


 同い年で、自分よりも足が速い子に会ったことがなかった。


 だけど、大会へ出ると一番じゃなくなった。


 中学へ上がった頃にはあたしよりも速い人達はいくらでもいて、あたしは特別でもなんでもなくなった。いちばん足の速い星海子じゃなくて、ただ少し足の速い星海子に成り下がった。


 中学の時の成績は最高で県大会出場レベル。ついに表彰台に登れることはなかった。優勝した子でさえ、全国では勝つことはなかった。上には上がいる。十代前半で自分の限界というものを悟ってしまった。


 こんなこと、世の中のどこにでも溢れている。


 幼い頃はあんなに色鮮やかだった世界は、中学に上がった頃には古いおもちゃのように色がくすんでしまった。赤も青も黄色も黒さえも、どこか薄くくすんでいて感動できない。


 残念だけど、これが現実というやつだ。どうしようもない。


 あたしの世界はもう色を取り戻すことはきっとない。


 ――そう思っていた。


 中学二年の県大会の時だった。


 隣の中学から三年の先輩が出場した。西中と南中、同じ播磨がついた学校の縁かあたしとその先輩は同じ待機場だった。あたしの中学でも噂になっている先輩、つまりはカッコよかった。


「はぁ~、ゲベにならずによかったあ」


 先に走り終えた先輩が疲れ果てたように腰を下ろした。


 先輩は完璧じゃなかった。カッコよくて背が高くても、県大会レベルだと下から二番目だった。


「ダサいところ、見られた~」


 そんなことない、そう思って素直に口にする。


「そんなことないです。県大に出場するだけ凄いじゃないですか!」


 本当にそう思ったし、それは実際に凄いことだ。


「あはは、じゃあ星さんもじゃん」


 屈託なく笑った先輩の言葉にあたしは、ああ、と納得してしまった。


 自分で自分を認めることができなかったあたしは、ちょっとカッコいい異性の先輩にそう言ってもらえて、初めて自分を認めることができた。


 単純なあたしはそれだけで結果に直結した。自信で人は変わる、それでも惜しくも表彰台を逃し四位だった。あたしの普段タイムからは考えられない順位だったし、実際にこの時は大幅にタイムが縮みベストタイムが出すことができた。


「すごいな、来年がんばりなよ」


 その言葉で、あたしの世界は色を取り戻した。


 残念ながら三年では県大会に出ることはできなかったけど、それでも毎日が充実していた。隣の中学の先輩が入った高校に入るため必死に勉強をがんばった。


 そしてあっというまに中学生活は終り、あたしは念願の高校に入って先輩と再会することができた。




 ながい影がのびる運動場。


 息をとめ、全身の筋肉を駆動させ百メートルを一気に駆けぬける。全身の血液から酸素を振り絞って、スピードに変えてゆく。ゴールラインを越え、息を吐きだして空気を吸うと全身の力を抜いて慣性に任せて身体をながす。


「調子いいじゃん」


 同じクラスなり部活も一緒の松本さんが声を掛けてくる。


「……う、うん。まぁね」


 同時に走った五人の中で二番目だった。先輩も混じっているから、一年にしては大したもんだと自分でも思う。それでも高校生にもなったら自分が世界一速いなんて、もう妄想でも思えない。


「一年でレギュラーとれるんじゃね?」


「無理でしょ」


 あっさり否定する。とりたいとも思わない。部活のレギュラーより、先輩たちの反感を買うほうがずっと嫌だ。高校では、本気で部活にとりくみ気はなかった。


 陸上部に入ったのは、どちらかというと別のことが目的。


「星、すげーじゃん」


 後ろから声を掛けられる。


「先輩……そ、そんなことないです」


 付き合っているのに、いまだに先輩の顔を直視できない。


「今年の女子ですげー速い子がいるって自慢してたから鼻が高いよ、俺の」


「もう、なんで先輩が鼻高くするんですか」


「あはは、そうだな」


 じゃ、と先輩が行ってしまう。部活中だからゆっくりしゃべることもできない。だけど我慢する。部活が終われば先輩とたくさん話すことができるから。


 何かを楽しみにする。……それはきっとすごく幸せなことに違いない。

 




 部活が終わると、地元の駅前にあるいつものファミレスで先輩と待ち合わせをする。


 駅口が見える窓際に座って、いまかいまかと先輩の姿を待つ。陸上部はいつも女子のほうが先に終わるので、いつもこのファミレスで先輩を待つのが日課になっていた。


 本当は一緒に帰ってみたいけど、学校に見つかると大変なことになる。


 まだ付き合って一週間だけど、毎日があの頃のように幸せに感じる。空の色も、季節の草木も、嫌いな雨だって色彩に溢れて新鮮でなんだか悪くないって思える。


「先輩が好きです」となんのヒネりもないあたしの言葉に、先輩はちょっと戸惑った感じで笑った。


 ――じゃあ、付き合ってみるか。


 そんな言葉が返ってきた時、うそみたいだった。


 あたしの目標は、先輩と同じ学校へ通って気持ちを伝える。ただそれだけだった。告白しといてなんだが、その先のことを何も考えてなかった。だから付き合うことになるなんて、まさに夢のようだった。


「その……いいんですか?」


「俺もお前のこと、その……き、嫌いじゃないから、さ」


 先輩が照れくさそうに頭をかく、そんな仕草も胸をときめかせる。


「でも、学校にバレたら……」


「だから二人の秘密な」


 こうしてあたし達は、彼氏彼女になった。


 そんな話をしたのもこのファミレスだった。一週間前のことを思い出していると、駅口から先輩の姿が見えた。窓越しに目が合う。


 ヒラヒラと手を振ってくれ、それを返すとそれだけで頰がニヤける。


「ごめん、遅くなったウミ」


「ぜんぜん大丈夫です」


 星から海へと呼び方が変わる。あたしはこの瞬間が好きだ。先輩の彼女、そんな嘘みたいなことが実感できるから。


 あんまりお金がないからたいしたものは頼めないけど、ただ先輩といれるだけで嬉しい。いつも他愛のないことしか話していないのに、こんなにも楽しい。


 部活のこと、学校のこと、テレビのこと、話すことはなんでもあった。あっという間に時間は過ぎて、窓の外には夜が訪れていた。


「すいません、ちょっと」


 ちょうど校則への不満を口にしている時、あたしはトイレに立つ。


 トイレ前の廊下で不審な男とすれ違う。別に不気味でもないのだが、やたらこっちをジロジロと見てくる不審な男だった。トイレから出てきても、男はまだ狭い廊下から動いていなかった。


 すこし用心してすれ違う。男は背が高く目つきが悪い。向こうがあたしを見てくるので、一瞬目があった。年上だろうが、たぶん同じ高校生のような気がした。


「あー、キミキミ」


 ダルそうな声。あたしは不審に思って身を引いて答える。


「な、なんですか?」


「えっと……ひとり?」


「は? 違いますけど」


「高校生? どこの高校?」


 男はあたしの制服を観察するように目を落としている。視線が不快だったし怪しい人だったので、あたしの中で警戒心がぐんぐんと上がってゆく。


「なんなんですか」


 強い口調でそう返す。


「いやどこの高校なのかなって」


 学校のことを知られるのはマズいよね、一瞬そう頭によぎった。


「そんなことなんで教えなきゃならないんですか!」


「あー、まあそうか……」


 男は視線を宙にやって、頭を悩ませていた。


「もしかして、ナンパ?」


 されるのは初めてだけど、これがそうなのか。


「え? いやまあ……」


 なんだか意外そうに、男は頭をひねったが否定はしなかった。


「あー、あたし彼氏と来てますんで」


 そういってトイレ前の廊下から、先輩がいるテーブルを見る。男も振り返ってそっちを見た。


「あれが彼氏?」


「そうです」ちょっと誇らしかった。カッコいいでしょ、と心のなかで付けたす。


「ふーん、そっか」と男はあっさり引き下がり行ってしまった。


 急いで席へと戻る。


「ちょ、ちょっと、聞いて下さい先輩!」


「おお、どうしたん?」


 イジってたスマホから顔を上げる先輩。テーブルに両手を突いて、顔の鼻先にせまる。先輩は驚いたように身を引いて距離をとった。ちょっと傷つく。


「ナンパですよ! 変な男の人にナンパされました!」


「うそ、どんな奴に?」


 二人で店内を見回す。左から右へと仲良く視線を移すと、件の男はあたし達のテーブルのすぐ後ろに立っていた。


「ああっー、この人です」


 背の高い男の顔を指差す。男は気にした様子もなく、そのまま先輩の横にドカリと腰を下ろした。


「――わ、鷲崎……」


 先輩が怯えた声を出した。


「し、知り合いですか……?」


「ま、まあな」


 男はジロリとあたしを見た。身の危険を感じたあたしは、両手で身体を隠しながら身を引く。


「可愛い彼女だな。大北」


 男はあたしを一瞥しただけで、すぐに横目で先輩を睨む。


「ち、ちげえよ」


「まさか妹だなんてヘタな言い訳はしないよな」


「ただの知り合いだって、ハハハ」


 引きつった顔で口にした先輩の言葉は、あたしの胸を引っかいた。反論しようと身を乗り出すが、先輩がつぎの言葉を進める。


「星、こいつは同じクラスの鷲崎」


 おなじ学校の人間、ならあたし達の関係を知られるわけにはいかなかった。先輩が機転を利かしてくれたことに、いまさら気付く。


「ああ、どうもです……」


 ぺこりと男に頭を下げる。今度は一瞥もしなかった。マ、マズイことになってるよね? 自分で血の気がひくのがわかった。


「こいつは同じ陸上部の後輩で星。地元が一緒でさ」


「そうか。じゃあなんで一緒にいるんだ?」


「そ、それは……」


「たまたまか?」


「そう! たまたま駅で一緒になってさ。相談にのってたんだよ」


 先輩が促すようにこちらを見てくる。あたしは気まずさに、声が出せずに首だけ縦にふった。


「校則で異性との交遊は禁止されてるはずだが?」


 うげ、そこまでうちの学校きびしいんだ。知らなかった。付き合う以前に、遊ぶこともできないなんて厳しすぎる。


「そ、それはそうだな」


「認めるんだな?」


「ああ、俺が軽率だったよ」


「わかった。……それと本当に男女の付き合いではないんだな?」


 男は念を押すように、先輩の瞳の奥をのぞき込んだ。


「あ、ああ……」


「俺に嘘をついた場合、わかっているよな?」


「そ、それはもう」


 必死で先輩は首を縦にふる。それを確認してから男はこちらを見る。あたしは硬直してしまった。だってこの男にさっき、自分で先輩のことを彼氏と告げてしまっている。


「星? なっ? なっ?」


 先輩が答えを促すが、そんな見え透いた嘘をつくことができない。


「ああ、この子にはさっきもう言質を取った」


 どんどんと先輩の顔から血の気が引いていく。


「たまたま、お前たちの地元で会うわけないだろう。お前たちが付き合っている証拠を押えにきたんだよ」


 男の目が細くなり、場の空気が重くなる。


「……あう」


「――山中」


 男が聞き覚えのある名前を呼ぶ。テーブルの敷居の向こうから、あたしのクラスの委員長が姿を現した。目が合うと、気まずそうに逸らされる。


「ここ数日、毎日ここで会っているな?」


 あたし達二人の替わりに、山中さんが答える。


「は、はい。間違いありません」


 山中さんがテーブルの上にA4サイズの用紙を置いた。あたし達の行動に関する報告書らしきものが写真付きでのっている。


「こ、これって盗撮じゃないんですか?」


 身を乗りだして男に詰めよる。


「入学した時に、このような場合に定められた規則が記載されている書類にサインしているはずだ」


 あったような気がする。ちゃんと読んでなかったけど、確かにあった。


「大北、まだ言い訳するか?」


 先輩はうなだれたまま何も言わなかった。


「そっちの女は?」


「なんですか?」


「大北と付き合ってたことを認めるか?」


 男の勝手な言い分に、カチンとくる。


「付き合ってた、って。別にまだ別れたわけじゃないんですけど」


「ああ?」


 不愛想だった男が、明確に敵意を含んだ視線をあたしに飛ばしてきた。その迫力に思わず、息を呑んでしまう。


「てめえ、ルールを破ったクセして何言ってんだ」


 小さい声、でも凄く低くて重かった。返事の替わりに喉がひゅと鳴る。しかしここで退いたら、女がすたる。


「両想いで付き合って何が悪いんですか?」


 ゆらりと男が立ち上がって、あたしの横にやってくる。


「悪いことなんだよ、うち学校では。知ってるだろう?」


 有名だし、中学の頃この高校を受けると言った担任に念を押されて言われた。面接でも聞かされたし、入学前にはお母さんと誓約書まで書かされた。会津五嶌学園は、不順異性交遊に関しては世界一厳しい。


「知ってますよ。でも、なんでそれがいけないんですか? しかも学校外なのに」


 そうだ。別にあたしと先輩は何一つ悪いことなどしていない。本当にまだ清らかな交際だ。しかも学校が終わった放課後であたし達が何をしようが文句を言われる筋合いはない。時間だって、そんなに遅くないしちゃんと毎日門限までにはちゃんと帰っている。


「学校がそこまで関与するなんておかしいですよ!」


 どう考えてもそう思う。


「なら別の学校へ行くんだな」


 返された言葉は、呆れているのか冷めたものだった。


「学校の規則に従えないなら、別の学校へ行けばいいだろう。普通に男女交際を規制していない高校なんて、いくらでもある」


「違う! そういう話をしてるんじゃなくて」


「違わない! おまえは学校の規則を了承して入学したはずだ。それが露見してから、あれこれ言うのは卑怯じゃないのか?」


「そ、それは……」


「学校を辞めれば、来年には二人で結婚もできるぞ」


 男の言葉に先輩が勘弁してくれよ、弱々しく嘆いた。


「まあ別れたくなきゃそれでもいい。お前たちの自由だ。ただし処罰は下るからそのつもりでな。おい、山中」


「は、はい」


 委員長が、罰が悪そうな顔を向けてくる。


「じゃあ星さん。携帯見せてくるかな?」


「はあ? そんなの見せるわけないじゃん」


「これも決まりだ」


 また男が口を挟んでくる。スカしているコイツの顔をひっぱたいてやりたい。


「星、言う通りにするんだ」


 こういう時に逆らったら、大変なことになると告げられる。


「でも、先輩……」


 先輩に諭され委員長に携帯を手渡すと、同じように先輩も携帯を差し出す。二つの画面を見比べられてから、あたし達のラインでのやりとりを写真で取られる。恥ずかしくて、耳が熱くなった。


「どうだ?」


「は、はい。内容的に証拠になるかと」


「口では認めても。明日にはまた違う言い訳をされちゃあ面倒だからな」


 男はあたし達を見下しそう告げた。その顎にアッパーを決めてやりたい。先輩は目を逸らして愛想笑いをしているけど、ムカつかないんだろうか?


「じゃあな、あした学校から連絡があるから休むなよ。……お前は知ってるか」


 男は先輩の肩を叩いて、店を出ようとする。


「ああ、えっと……鷲崎。ちょっと話しだけ二人でしたいだけど」


 男は怪訝な顔で先輩を見る。


「違うって変なことじゃない。その……ちゃんと話さないといけないだろう」


 男はコクリと頷いて、「たいへんだな。色男」とポケットに両手を突っ込んで、長い脚で地面を鳴らしながら去っていく。委員長も退散するようにその後についていった。


 それよりも先輩の話というのが気になった。


「あの……話って?」


 どくんどくんと胸が鳴る。大丈夫、あたしの気持ちと先輩の気持ちは一緒なんだ。きっと先輩なら、いやあたし達ならきっと大丈夫。先輩ならそう言ってくれる。そう自分の気持ちを整理してから、顔を上げる。


「ここまでだな、俺たち」


 ――センパイは、簡単に終わりを告げた。



 


 泣き腫らした顔で学校につく。


 奇妙なほどみんないつも通りで、あたしの顔を見ても風邪なの?と訊かれたぐらいだ。寝不足のはずなのに、ぜんぜん眠くない。ただ頭がぼーっとするだけ。もしかすると夢なのかもしれないと思えるほど、地に足がついていない。


「星、後で話があるから残ってなさい」


 しかし現実は思いしらせるかのようにやってくる。


 最後のホームルームが終わって担任の先生に声を掛けられる。うまく声が出せなくて、ただ頷く。クラスメイトが帰宅や部活やらで教室を出ていくなか、あたしは席に座ったままそれを見送る。いつもは教室に残っている人達も先生に促されて、教室を出ていった。


 先生と二人きりになると、無言でため息をつかれる。


 もちろん昨日のことについて言及された。あれこれと説明をされたが、頭に入ってこない。ただ先輩に言われた最後の言葉を思い返してした。


「ついてきなさい」


 あたしは何も答えずに黙って立ち上がる。


 くらい廊下を先生の後についていく。いつもは気にならない自分の足音がやけに耳にとどく。どこか遠い場所から、放課後の雑音が聞こえてくる。いつもの日常がそこにあるのに、自分だけが違う場所にいた。


 連れて来られた場所は、生徒指導室。ここで生活指導の怖い先生とかに怒鳴られるんだろうな、と想像が頭に浮かんだ。


 どうでもいいや。自暴自棄になっているのか、あまり怖いとは思わなかった。


 部屋に入ると赤い木板の長い机が四角形に並べられ、その端にぽつんと座っている女性と目があった。


「――お母さん」


「……海子」


 不安に揺れる母親の瞳を見て、初めて自分の心が揺れた。


「なんでなんですか?」


 思わず先生を睨みつける。


「星、座りなさい」


 その冷静な物言いが、怒りを強くする。


「なんなんですかっ!」


「う、海子」


 お母さんにしがみつかれ横の席へ腰を下ろす。


 そのまま先生が話し始める。すぐにそれはお母さんへの質問に変わった。言葉こそ丁寧だが尋問のような圧力があった。たまらずあたしが言葉を挟むと、『今はお母さんに話を聞いているんだ』と弾かれた。


 ――お嬢さんが同じ部活の男子生徒とお付き合いしているのは知っていましたか?


 ――い、いいえ。


 ――家で何か、そのようなそぶりを感じたことは?


 ――か、帰ってくるのがいつもより遅いかなとは思ってました。


 ――何故、黙認されてたんですか?


 ――も、黙認ですか? でもちゃんと門限までには帰ってきてましたし。


 ――男性と付き合っているかもしれないと、心配にはなりませんでしたか?


 ――あ、はあ。そこまでは。この娘に限っては、それはないかなと。


 ――なぜそう思われたのですか?


 ――なぜと言われても……。


 ――つまり根拠はないと?


 ――すみません。


 ――我々教師だけでは家のことまではわかりません。親御さん達にも、協力して頂かないと、十代は多感で不安定な時期でもありますから。


 ――はあ、でも。


 ――まだ付き合い始めて、日が浅いから良かったものの。


 ――そのう。うちの娘はそんなに悪いことしたんでしょうか?


 ――お母さんね。うちの校則は知ってますよね?


 ――え、ええ。


 ――なら校則違反したことは悪いことじゃないと、そうおっしゃる?


 ――い、いいえ。そんなことは。


 ――身内の恥ですが、我が校の事件のことはご存じですよね?


 ――は、はい。


 ――あのようなことが、海子さんにも起こるかもしれないんですよ。それを阻止、いや守るのが私達教師と、あなたたち家族なんです。


 あたしは先生の語ることに辟易して、腰をずらして背中で椅子に座る。


 ダラダラと話は続いていき、お母さんはなんとかあたしを守ってくれようとするが先生にはいまいちそれが伝わらないようだった。


「え、停学ですか?」


「ええ、一週間です。初犯――、いや今回はまあ初めてですので、ちゃんと校則を理解して反省して下されば」


 お母さんは顔を青くしている。あたしが停学をもらうなんて想像もしてなかったんだろう。


「で、でも……停学ってそんなの」


「入学する際にご両親には説明はしてるはずですが」


「そ、そうですけど」


 うちの学校は規則に厳しくて校則を破れば停学・退学処分を下します。ってのはどこの学校でも名目上はあるのだろう。特に不純異性交遊に関しての説明は確かにくどいほどあったが、あたしもお母さんもここまで厳しいものとは思っていなかった。


「まあ一週間、ちゃんと反省して何がいけなかったのか考えるんだぞ?」


 先生があたしに口火を向ける。


「ちゃんと大北とも別れたんだろ?」


 あたしは昨日のことを思い出した。


「おい? まさかまだ?」


「う、海子!」


 お母さんに言われて、正気に戻る。


「もうお付き合いはしていません」


 あたしからやめたわけじゃない。ただフラれただけだ。


 あたしがどう思っていても、みんなには関係なんてないのだ。学校も親も周りも先輩さえも、あたし達の恋愛は間違いだったって言っている。こんなにも強くて大切な想いが間違いなんてあるわけがない。


 間違っているのは、周りのほうだ。


 そう思うと悔しくて、知らずに涙がこぼれていた。お母さんが心配するように肩に手を置いてくれたが、先生は心底興味がなさそうだった。






 一週間の停学を開けて学校へ行くと、先輩は退学になっていた。


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