さあ仕事の時間だ



「そうか……」


 話を聞き終えた総一郎はゆっくりと呟く。


 緊張していた由美のかわりに、事情は海子が説明をした。時折、由美に同意を投げかけると遠慮がちに頷く。やはり無愛想な総一郎を前に、彼女は少し怯えているようだった。


「それで不純異性交遊を告発したいと」


 ジロリと総一郎が由美を見やると、彼女はうわずった声で肯定した。


「しかし本人は否定しているんだろう? どうして不純異性交遊をしてると思うんだ?」


「そ、それは……頻繁にメールのやり取りをしているみたいなので」


 もちろんそれだけで校則違反になるわけではないが、推奨はされていない。校則委員の権限で、スマホを提出させメールの内容いかんによっては処罰される場合もある。その采配を決めるのは、校則委員会顧問の篠崎だった。


 つまり疑いを掛けられること自体が、窮地を意味する。


「他には?」


「二人で会ったりもしてるみたいです……」


 由美はたどたどしくも、しっかりと言葉にしていく。


「休日に二人で会ってるってことか?」


「そこまでは、わからないです。ただ……ゆかりと話していると、たびたびそういう話題を口にするので」


 恋人らしい行動をとっていれば、それだけで不純異性交遊とみなされる。恋人同士がするようなメールのやり取りと、デートをしていることが事実なら十分に不純異性交遊とみなされるだろう。


「それで交際を疑うようになったと?」


「ほ、本人は違うって言ってます。だけど……」


 由美は思わず言葉に詰まる。親友として、その先は口のしたくないのかもしれない。


「嘘に決まってるじゃないですか」


 海子が発言を引き継ぐと、コクリと由美も頷いた。二人の視線を受けて、総一郎は目を閉じてゆっくりと肺から息を吐く。


「今のところは憶測の域をでないな」


 予想に反して総一郎はしぶった態度をみせる。すぐにでも喰いつき、行動をおこすと海子は思ったが意外だった。


「身近な人間が怪しいって言ってるんだから、十分でしょ!」


 海子が言い返すと、ギロリと睨まれる。


「たしかに男女の間で、頻繁に連絡のやり取りをしていることや、二人きりで会っていることは問題かもな」


「そうでしょう」


 そもそも高林由美と堀江ゆかり、どちらが信用できるかという話だ。


「交際に近い関係を続けているなら、たしかに処分の対象になる」


 その言葉を聞き、由美は安心したように表情を和らげた。


「それで、相手の男はどこの誰なんだ?」


 その質問を受け止め、由美は俯き少し考える仕草をした。


「毛利直也っていう、他の学校の生徒です」


 堀江ゆかりにばかり意識を取られ、相手側のことを聞いてなかったと海子は肝を冷やす。


「中学が一緒で、彼はその頃からゆかりに好意を寄せているみたいでした」


 高校に上がり彼女が欲しくなったのか、元同級生にアプローチする。まあ世間でよくある、交際パターンの一つだった。


「たまたま久しぶりに会って、連絡先を交換してからは頻繁にやり取りしてるって言ってました」


 高校生から個人の携帯を持つ人間は多い。プライベートで連絡がとれるようになれば、異性との距離も縮めやすくなる。とくに持ち始めの頃は、いろんな人間の連絡先を登録したくなるものだ。


「よくある話だな」


 校則委員をしていると、この手のパターンは幾度となく見てきた。


「そのう……こういうことはあんまり言っちゃいけないとは思うんですけど、ちょっと評判のよくない男子なんです」


 評判が良くないという言葉に、総一郎は眉をひそめる。


「ガラの悪い奴ってことか?」


「いやそういう風でもないんですが、中学の時もよく女子と噂になっていたので」


「つまりチャらい奴ってこと?」


 海子が漏らしたイメージがいちばん近かったようだ。


「……わ、わたしが勝手に持っているイメージだけど」


 たしかにそういう男が親友に近づいているのであれば、心配になって当たり前だ。悪い男に引っかかって、学園を退学になったりしたら目も当てられない。


「すぐに呼び出して、問い詰めてくださいよ」


 海子は総一郎に詰め寄る。堀江ゆかりの携帯を預かり、メールを調べればすぐにわかることだ。


「馬鹿いうなバカ」


 総一郎は呆れたように息を吐く。


「なんでですか? そのう……別の案件では、やってたじゃないですか?」


「お前の時とは、状況が違う」


 いや言うなよ、と海子は内心で毒づく。


「あのなあ、あの時もちゃんと調べた上で確認にいったんだ。いろいろ証拠がのってた書類を見せられただろう? 問い詰めて間違ってたらどうするんだよ」


 うっ、と海子は顔を歪ませる。


 たしかにあの時、海子たちの行動を調べあげられて写真まで添付されている調書を見せられた。あの資料を突きつけられ、言い逃れができなかった。その挙句、ラインのやり取りまで証拠として提出させられ交際が発覚した。


「それは……そうかもですけど」


 言い負かされ、海子は口をつむぐ。大人しくなった海子から視線を由美へ移し、総一郎はゆっくりと告げた。


「情報提供してくれて、ありがとうな。こっちで調べてみるから少し時間をくれ」


 意外にも優しい言葉を掛けるのが意外で、海子は少し癪だった。


「は、はい……」


「それとすまないが、どんな事実でも処罰に手心が加わることはない」


「それは覚悟しています」


 堀江ゆかりが交際が事実であろうとなかろうと、なんらかの処罰が校則委員会から下ることになる。そうなれば、さすがの彼女も考えを改めるはずだ。それで不純異性交遊をやめてくれたらそれでいい。


 同じ学校へ通っていれば、いずれ仲を修復する機会があるかもしれない。


 話が終わり、一年女子の二人は視線を交わし合い帰ろうかと意思疎通をする。


「それじゃあ失礼します」


 由美は丁寧に頭を下げて、教室を出て行こうとする。海子もそれに続こうとした。


「星、お前は待て」


「は? なんでですか?」


 思わず眉間にシワがよる。できればこの男とは、あまり一緒にいたくない。


「話がある」


 重みのある視線は断ることを許さない。海子は仕方ないと思わず舌打ちをする。


「ごめん。そういうことみたいだから。気をつけて帰って」


「う、うん……じゃあね」


 暗い廊下へと消えていく由美の姿を見届け、再び教室内に向きなおる。


「それじゃあ、手短にお願いしますよ」


 立ち並ぶ席のどこかへ座ろうかと思ったが、知らない先輩の椅子へ腰を下ろすのは気が引けた。そのままぼんやりと雨に打たれる窓ガラスを見つめる。


「お前は、堀江っていう一年に会ったんだろ?」


「ええ……そうですけど」


 総一郎は重い息を吐いた後、背もたれに体重を預けた。


「その一年は、交際を否定したのか?」


「してましたね。まあ、感じの悪い子でしたよ」


 思い出すと今でも腹が立つ。海子への態度そうだが、親友のことを悪く言うその姿は同じ世界に住む高校生とは思えなかった。


「言っとくが、お前も俺にそうとう感じ悪いからな」


「そりゃあそうでしょうとも」


 そもそも好かれようとしていない。むしろ嫌っていて欲しいくらいだ。


「まあいい。それで、どうするんだ?」


 思いもしていない言葉が、海子に投げかけられる。


「なにがですか?」


 意味がわからず海子はキョトンと首をかしげた。


「本来なら該当するクラスの委員長に話を引き継ぐところだが――」


「え……先輩がやるんじゃないんですか?」


 当然そう思っていたし、高林由美はそれを望んでいる。


「いちおう俺は、一年の校則委員たちを監督する身だ。必要なら手助けもするし、知恵も貸す。しかしメインで動くのは、あくまでそのクラスの委員長だらな」


 その責任がクラスの委員長にはある。しかし堀江ゆかりが所属するクラスの委員長など、なんの事情も知らない蚊帳の外にいる人間だ。


 そんな部外者に、高林由美の気持ちなど汲めるはずがない。


「わたしがやっていいんですか?」


 知らず、そんな言葉が口をついていた。


 校則委員などクソくらえだ。総一郎の弱みを握るか、校則委員の仕事など邪魔するつもりだった。今もその気持ちに変化はない。しかしきっと、由美が親友を心配する気持ちは無視をしてはいけないものなのだ。


「できるならな」


 試すような視線を送られ、正面からそれを受け止める。


「ふん……なら、やりますよ」


 総一郎にそうタンカを切ってやる。


 人まかせにするのも気持ち悪い。例え納得などしていない校則委員の仕事でも、やってやろうという気持ちになった。今、心にある感情が大切なのだ。


「やることはわかるな?」


「えーと、堀江ゆかりのことを調べるんですよね?」


「具体的には?」


 そう問われ、しっかりと考える。


「まずは交際してるのかしていないのか、それをはっきりさせるんでしょ?」


「すべてはそれからだ」


 海子自身が停学になった経験があり、調書も見せられた。どういうふうに証拠を押さえ集めるのかも、なんとなく想像がつく。不謹慎かもしれないが少しワクワクした気持ちが胸のなかでくすぶっている。


「しっかりと可能性をしらみ潰しにしろ」


 海子が頭の中でいろいろ思考をしていると、総一郎が釘を指すように言った。


「可能性ですか?」


 意味はわからずオウム返しする。


「堀江ゆかりを調べるにあたって、どういう道筋がある?」


「ちょっと先輩がなにを言ってるのかわかりません」


 海子は軽蔑を混じえて口にする。恰好をつけているのか、いまいちわかりずらい。


 総一郎はせき払いをして、指をひとつ立てた。


「――ひとつは、交際に至っている場合。これは関してはやることが簡単だ。証拠をそろえ調書を作成して、処罰を下すだけだ。おそらく停学以上の処分になるだろう」


 説明を終えると、二本目を立てる。


「――ふたつ目は、まだ交際していない場合。交際はまだしていないが、将来的に可能性が高く、現状でも不純異性交遊に該当するような行為をしている場合。こっちのほうが証拠をつかむのは大変だろうな。最悪、高林由美と堀江ゆかりの二人から話をきいて整合性を合わせる必要がでてくる」


 そして最後に、付け加えるように三本目を立てた。


「――ああ、あと三つ目。本当になにもない場合」


 総一郎は説明をしなかったが、この場合が二人にとっていちばん都合がいい。


「この三つ可能性を想定して調べろ」


 命令されるのは気に喰わなかったが、やることが絞られるのはいい。


 堀江ゆかりが交際しているのか、それともしていないのか、どのみちやることはそれほど変わらない。要は不純異性交遊をしている証拠を押さえるのだ。処罰の重さは、学園が決める。


「りょーかいです」


 星海子の初めての校則委員として仕事が、いま始まったのだった。



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