グミ
「――よう」
教室の扉をひらくと、総一郎が暇そうに椅子で舟をこいでいた。この男がただ何もせず、時間を過ごしているのは珍しいことだった。
海子が近づくと、ぶっきらぼうに挨拶する。
「もしかして暇なんですか?」
「いや……ちょっと考え事してた」
ガタン、と椅子の足を床にもどす。夕暮れの心地よい風が、教室をぬける。
この間の礼を言いに顔を出したが、いざ本人を目の前にするとなんだか気恥ずかしくなってきた。
「あ、あの……」
もじもじと海子はタイミングをうかがう。
「なんだよ?」
「いや、あの……これよかったら」
意を決したように息を吐いてから、ある物をとり出す。
別にたいしたものではない。さきほど売店で買ったグミのお菓子だった。とりあえず何か物を渡せば、礼をしたことになるだろう。感謝はしているが、口に出すのはハードルがたかく自分が納得できればそれでいい。
差し出されたソレを、総一郎は無感情にながめる。
「ナニコレ?」
「あ、いや……よかったら食べてください」
「え、いいよ。自分で食べろよ」
嬉しがるとは思ってながったが、ここまで反応が薄いと少し腹がたってくる。
「いいからどうぞ!」
バンッと叩きつけるように、机にグミをおく。
「お、おう……」
なぜグミを貰うことになるのかわからない総一郎は戸惑うばかりだった。とりあえず、置かれたグミを自分のほうへ寄せる。さすがに毒が入っていることはないだろうが、不審におもえた。
「いや食べてくださいよ」
ジロリとニラまれる。
「あ、後でもらうわ」
海子は海子で、せっかくあげたモノが食べられないのはなぜか気に喰わない。
「いいから食べてください」
パッケージを見るに普通のグミのようだ。とくべつすっぱいモノとかの刺激物ではないらしい。
「わかったよ」
なぜ頑なにグミを食べさせようとするのか不明だが、勢いに負けて包みの袋をひらく。甘い匂いが鼻からぬけ、なかには宝石のように透きとおった複数の固形物が目にはいる。
黄緑のプニプニとした物体をひとつ摘まむ。口の入れると何かの果物の味がした。メロンかマスカットか、はたまたキウイかもしれなかった。
むぐむぐ、無言で咀嚼する。
「なんか感想とかないんですか?」
「普通だな……」
「そうでしょうね」
「まあ、サンキューな」
そんな淡泊なやりとりをする。
「きょう、神吉って男子と話しましたよ」
ポツリと言った海子の言葉に、総一郎は考える仕草をする。
「ああ、同じクラスで疑いのある奴だったか?」
「堀江ゆかりは自分と交際なんかしてないって言いにきましたよ」
総一郎は、こんどは赤いグミを放り込んだ。
「……それで?」
「彼女を疑うのはやめてくれって」
「信じるのか?」
……無言の圧力を感じた。
「え、ええ。嘘つくような人に見えなかったし、自分で堀江ゆかりのことを好きだと認めました。不利になるようなことを正直に言ったんですだから――」
胸のなかにある時はあんなに確信めいたものが、口から外に出すとこんなにも脆くてみすぼらし感じる。
「思うのはお前の自由だけどな」
ギュッと両手でスカートを握る。
そんなことはわかっていた。ただ、そうかもなと言ってほしかったのだ。
「わかってます。ちゃんと調べますよ」
冷たく海子の声が教室にひびき、総一郎は空になったグミの袋を制服のポケットに入れた。
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