面談
昨日は久しぶりによく眠れた。
ようやく高林由美に、良い報告ができると思ったからだ。
校則委員の活動を第三者に教えることはよくない。しかし彼女は当事者のひとりでもある。せめて安心させてやりたいと海子は思ったのだ。
人が滅多に来ない四階のトイレで、由美と落ち合う。
「それでB組の先生が調べてくれるみたい」
「先生が……大丈夫かな? ゆかり。あ、ごめん……ちゃんと決めたのに」
由美は不安そうに、瞳をふるわせた。やはり親友のことが心配なのか、手放しで喜べるわけではないようだ。
「心配だよね」
最悪な結果にならなければ良いが……。
海子のなかで最悪のシナリオが作り上げられる。もし男性二人との不純異性交遊などが発覚すれば、退学は免れないだろう。
由美は事実を受け入れる覚悟をしたと言っているが、彼女にとってそれは最悪の結末である。できればそうなってほしくはない。
それを告げるのは気が引ける。事実がはっきりとするまでは教えないほうがいいだろうと、海子は口を噤むことに決めた。
「先生がしっかりと調べてくれるから、きっと大丈夫だよ」
なにが大丈夫なのかわからなかったが、海子自身も不安を追い払いたかった。
さっそく、その日の放課後から面談が行われた。
堀江ゆかりと神吉という男子、この二人と交遊が深い数人を呼びだす。その場に同席を許された海子たちは、緊張しながら必要もないのに息をひそめていた。
個別で呼び出された生徒たちは、部屋へ入ってくるなり海子たちに冷やかな視線を送る。まるで裏切り者でも見るかのようだった。
しかし教師の手前か、いざ問答が始まると従順に受け答えをする。すでに把握している情報と裏をとってみても、嘘をついている者いなさそうだった。
やはり神吉という男子のことは口にするが、他校の男子のことは誰も知らない。
堀江ゆかりはどうやら、高林由美以外には話をしていないようだ。
わりと時間が掛かったが、全員の面談がつつなく終了した。海子は座っているだけだったが、真剣に耳を傾けていたせいかひどく疲れた。
「本人たちとは話をしないんですか?」
海子以上に、疲れていそうな教師に疑問を投げかける。
海子の時はあんな調子だったが、意外と堀江ゆかりも教師の前では態度を変えて素直にしゃべるんじゃないだろうか。そんな気がしてきた。
「もちろん話は聞くが、それは最期になるな」
教師としては出来る限り情報を集めてから、本人たちと対面したいようだった。
「そうですよね」
一気に解決できるかもと期待していた海子は肩を落とす。世の中そんなに甘いものではないかと、思い直すことにする。
「それにしても、やはり他校の男子の話は出ないな」
教師が呟く。
嘘だと疑われるかもしれないと、海子は内心穏やかではない。
「そのかわり、神吉とのことは色々わかりましたね」
安達が言葉をつなげる。もしかしたら助け船のつもりなのかもしれない。
二人の交際を裏付けるモノはなかったが、やはりクラスの中で噂される間柄だったようだ。
神吉という男子も、由美や堀江ゆかりと同じ中学出身らしい。そして当時から、その男子が堀江ゆかりに好意を寄せていた。みたいな話はあったようだ。
「でも付き合ったりはしなかったですよ」
面談した一人の女生徒はそう断言した。彼女も三人と同じ中学出身らしく、過去の事情を知っていた。クラスで噂されるくらい仲睦まじいのならば、当時だってわからないじゃないかと海子は疑念を抱く。
「なぜそういえる?」
聞きたいセリフを教師が代弁する。
「〝由美〟のこと考えたら、無理でしょう」
冷たい何かが海子の首筋を撫でた。一瞬だけ、担任がチラリと視線だけこちらを向いた。頭の整理がつかず、心臓だけが何かの予感に怯え鼓動が狂ってゆく。
「それはD組の高林のことか?」
担任がさらに尋ねる。ゴクリと誰かが喉を鳴らした。
「そうですよ、高林由美。あの子が神吉のことずっと好きだったんですよ。いや、今もかな? だからこの学校に来たくらいだし」
その女生徒は饒舌に、ペラペラと尋ねてもいもないことを喋りだす。
「それなのに別々のクラスになっちゃって、しかも恋敵が同じクラスでしょ。あの子もかなりテンパっちゃって、その時もケンカしてましたねぇ。あの子、普段は大人しいのに恋愛がらみになると、マジ怖いんですから」
由美の態度に関しては、確かに思い当たる節があった。
「まあぶっちゃけ、ゆかりもまんざらじゃなかったんですよ? でも由美とあそこまで喧嘩になるんで、付き合わなかったじゃないですかね? で神吉のほうは、それで由美に冷たくなっちゃいましてね? 不憫ですよねー、いやマジで。それでね神吉も――」
「わ、わかったから、ちょっとストップしてくれ」
担任が少し整理したいと、中断をかける。
「ああ、すいません」
明りを消したように、女生徒は静かになった。
それから担任がゆっくりと事実確認をしていき、中学時代の話筋がなんとなく理解できた。それが正しい事実なのかは、また確認が必要だろう。
「――星」
「あ、はい」
教師に名前を呼ばれ、回想が終了する。
「お前は高林のことを調べてくれ。場合によると話をしなきゃいけないからな」
「……そうですね」
思わず冷たい口調になってしまう。べつに担任はなにも悪くない。
なんだかボーッとして頭が働かない。そのクセ、心臓の鼓動はいまも不愉快なリズムを刻んでいる。
なにをショックを受けることがあるのだ、と海子は自問する。
中学生のときに由美が、恋心を抱いても別になにも悪くない。それが原因で堀江ゆかりと喧嘩になった過去があるとしても、思春期ならそういうこともあるはずだ。
いま大事なのは、堀江ゆかりが不純異性交遊をしているのか否かである。余計なことを考えるだけ労力の無駄だ。高林由美に非があることなど、なに一つない。なぜならば、
――人を好きになることは、なにも悪くないからだ。
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