弁当おちる
昨日の面談が終わり、海子はさっそく動きだす。
「ご飯、いっしょに食べよう?」
教室では遠慮して海子のほうから声をかけることは控えていたが、今日はそうも言っていられない。周りにいた女子たちはびっくりしていたが、海子の有無とも言わせない雰囲気に飲まれてか何も言わなかった。
誘われた本人である高林由美は、すんなりと頷く。
「うん。じゃあ、一緒に食べよっか」
由美が机のスペースを空けるが、とても教室内で話せる内容ではない。
「ごめん、外いこう」
「う、うん」
ほとんど無理矢理、由美を連れ出す。いつか二人で座ったベンチに、今日も腰を下ろした。静かで良い所だが、校舎から離れているため今日も誰もいなかった。
「ごめんね。無理矢理つれてきて」
「いいよ、そんなの」
由美は遠慮がちに微笑む。気弱そうに見えるそばかすが、今日は別の印象を与える。
「堀江さんのことだけど……」
「うん」
それは当然、由美もわかっている。いきなり昨日見たユーチューブの話でもされたら、困惑するだろう。二人が会話を交わす時、話題はすでに決まっている。
「クラスの男子とも噂があって」
透きとおった青い空に不似合いな黒い電柱たちを、ぼんやりと眺める。その電線に仲良くとまっているあの小鳥たちはなんという名前なんだろう。意味のないことを考えながら口だけ動かしていた。
「もう一人って……?」
「同じクラスの神吉っていう男子」
静かに告げる海子。視線で知っているよね、と問いかける。
「ああ、大地くんは関係ないよ」
由美は軽い感じでそう答えた。ああそうなんだ、と海子も返したかったがそれはできない。校則委員だけではなく、教師まで動き出している。個人の話をそのまま鵜呑みにできる次元ではなくなっていた。
「先生が神吉くんの話を聞くみたい」
「あはは、――だから大地くんは関係ないって!」
余裕がなくなった声が荒れる。
「疑いが出てるんならちゃんと調べないと」
「だからなんともなかったって。わたしは知ってるんだからさ。そんな意味のないこと調べても意味ないよっ!」
どんどんと声のボリュームが上がってゆき、目が険しくなっていく。
「むかし噂になっただけだから! ゆかりが付き合う気ないって言ったのわたし聞いたんだから! それで十分でしょ?」
「い、いや……それはどうなのかな?」
一人の偏った意見で採決するほど校則委員も教師も甘くない。
由美の力になってあげたいが、思い通りにしてやることなどできやしない。
「そんなことよりわたしが言った方はどうなってるの? そんなことしてる暇あるなら早く調べてよ! こっちは違う学校で名前まで教えてあげたんだからすぐにわかるでしょ? とりかえしがつかなくなったらどうしてくるの? ねえ?」
普段の彼女からは想像できない早口でまくし立てられる。
「そ、それは……ちゃんと調べてるから。その過程で神吉くんのことがわかって――」
「だぁから! 大地くんは関係ないって言ってるでしょ!」
両肩を掴まれ揺さぶられる。その勢いで彼女の膝に乗っていたお弁当が、床に落ちてゆく。その軽い音に、二人とも身体を硬直させた。
幸いにも、巾着袋のおかげで中身が地面に散乱することはなかった。
由美は黙って、それを拾いあげる。
「そ、それでさ、高林さん。先生があなたとも話しがしたいって……」
「わたし? 先生になにを聞かれるの? ゆかりとのこと?」
井戸水のように静かで冷たい口調だった。
「いやたぶん……神吉って男子のことだと思う。中学時代の話とか色々……」
「なにソレ? 信じらんない」
彼女はそう言い残し、ベンチを立って行ってしまった。
ぼたぼたと涙が膝に落ちる。校則委員になってからこんなことばっかりだ。人を疑って傷つけて、きつい言葉を投げつけられる。
こんなことをしてなにが楽しいのか、海子には理解ができない。
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