右ストレート
「あの……高林さんはどうなるんですか?」
ヘルメットを装着し、さっさと帰り支度をしている総一郎を呼び止める。店を出ると陽はかたむき、空の色が変わり始めていた。
「退学だろうな」
原付にまたがり同じ高さの目線で、そう告げられる。
「う、嘘ですよね?」
さすがに重すぎるんじゃないだろうかと海子は思うが、なにせ普通の学校とは違うのだ。ありえない話とは言い切れない。
「あたりまえだろ。痴情のもつれから友達を陥れて停学にしようとしたんだからな」
「なんですかそれ?」
侮蔑のこもった言葉に、海子の眉間にしわがよる。
「つまり男を親友に取られて逆恨みしたってことだろう? 好意を寄せていたが叶わず、嫉妬からケンカになって報復しようとしたわけだ」
つまらなさそうに総一郎は目を細める。
「べつに堀江さんと神吉くんは付き合ってなんかないですよ」
反論をすると、ジロリと睨まれる。
「それも確定じゃないだろう。しっかりそっちも調べないとな」
きびしい表情でそう告げられる。初めて会った時の、校則委員としての非情な顔だった。
「まあ自業自得だな」
突き放すような口調には、明確に軽蔑が含まれていた。
「やめてください。そんな言い方」
少しは優しいところもあると思い始めていたのに、やはり本性はこういう男のようだ。少し残念に海子は思う。
「お前も利用されたんだぞ。よく庇えるな」
カチン、と頭にきた。思わず剣のある声で訊きかえす。
「利用? どういう意味ですかそれ?」
「あいつは堀江ゆかりを停学に追い込むために、お前のところに相談に来たんだよ」
「そんなの決めつけないで下さいよ! それなら堀江さんと神吉くんが付き合い始めてから、学校に報告する方が手っ取り早いじゃないですかっ⁉」
店の前でお互いに言い合う。頭に血が昇っているせいか、通行人の視線も気にならなかった。
「だからその男子のことが好きだから、邪魔したかったんだろ。もしくは今回の件で停学させてから、再度、神吉の件で退学させようとした」
一度目は停学、二度目になると退学。明確に定められているわけではないが、ほぼ事実として確定されたルールだった。
「ひどい。それこそ決めつけじゃないですか!」
「じゃないと今日みたいなことを仕組んだりしないだろう? 計画的で悪質な行為だ。とても許されることじゃないな」
理詰めで反論され、言い返せなくなる。
堀江ゆかりに恨みを持って、虚偽の不純異性交遊をでっち上げ停学に追い込む。その後、本命の男子との関係を学校に報告すれば退学になるかもしれない。一度でも傷がついてしまえば、そういう目でみられやすい。それは海子自身がよくわかっていた。
そう考えると、由美のとった行動に説明がついてしまう。
「……そんなのないですよ」
思わず涙がでそうになった。
「だからなんでお前がそんな顔すんだよ」
そういうふうに捉える総一郎のことを、ある意味哀れに思えた。
「彼女はそんな子じゃありません」
「色恋が関わると、どんな奴でも醜態を晒す……」
なぜそうやって悪いほうに捉えるのか、海子には理解できない。由美の気持ちを考えれば、もっと違う結論になっても良いはずだった。
「どうしてそんな酷いこというんですか? 彼女泣いてたじゃないですか」
自分も泣きながら、海子は訴える。
「恋愛感情にほだされて親友を裏切っておきながら、よく被害者面ができる」
しかし総一郎から辛辣な態度が消えることはない。この男は高林由美に怒っているのではない。恋愛という概念そのものを憎んでいるのだ。
「お前がどう思おうが勝手だけどな、あいつが堀江ゆかりを停学にしようとした事実は覆らない。その事に関しては、しっかりと厳しい処分がくだされるからな」
めずらしく総一郎も本気でイラついた声だす。容赦をするつもりはないらしい。
「言っとくが学校に――」
しかしそれ以上に海子は腹が立っていた。悔しすぎて涙が溢れ、気持ちを押さえられなかった。強くにぎった拳が、総一郎の鼻にクリーンヒットする。
「がっ――」
呻き声をあげて、そのままバイクから落ちてひっくり返る。
「校則よりも人の気持ちを考えてくださいっ! それを盾に人を追い詰めて傷つけて悪く言う。そっちのほうが最低です! そんなものより人を心配したり大切に思うことのほうがよっぽど大事ですから!」
そう言いきり、肩で息をする。
あの時、いいようもなく苦しかった。自分の幸せが間違いだと否定されて、なにもできない自分と、会ったこともない神様を恨んだ。傷ついた心がずっと痛い痛いと悲鳴を上げて、心も身体もバラバラになりそうだった。
だから海子には、由美の気持ちが無視できない。
「なら何もしなきゃよかったんだ……」
地面にひっくり返ったまま総一郎は呟いた。鼻を押さえた右手から、赤い血が覗いている。
「――えっ?」
「人を好きになったりしなかったら、誰も傷つかなかったんだ」
地面に仰向けになり空を見上げていると、どこか懐かしい気持ちになってくる。
「なんでもない。あいつがどんな気持ちでも、やった罪が消えることはない」
鼻をぬぐいながら総一郎は立ち上がる。
「それでもわたしは、彼女のことをほっとけないです」
「お前は校則委員に向いてないよ」
願ったり叶ったりだ。
「そうでしょうね」
正直に言えば、高林由美のことをどうかなと思ったことはある。
大人しそうで優しいけど、感情的ですぐ不機嫌になるし、海子が校則委員だから近づいてきたのも本当のことなんだろう。しかし利用されたとは今も思ってない。頼られたと海子は、そう思っている。
辛いときや困ったときに、誰かを頼ってなにが悪い。
高林由美を見捨てることは、以前の自分を助けないことのようにそう思えたのだ。
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