校則委員に入って
翌日の放課後。
多目的教室にて、一年の委員長たちが集められた。総一郎とは校則委員になった時に一度だけあいさつを交しただけで、顔くらいしかわからない。唯一、接点があるのは星海子のクラスの委員長である山中だけだった。
当然、教室内は重い空気が漂っている。
「二年の鷲崎です」
進行役の総一郎が挨拶をするが、誰も返事をせず数名がペコリと頭を下げただけだった。積極的に総一郎の話に耳を傾けようとする人間は当然いない。一年生たちは早く終わって帰りたいと、おそらく思っているだろう。
「えー、まずは言いたい。いま君たちは非常に良くない立場にいる」
興味をなさそうにしていた何人かが、顔を上げる。己の立場が悪くなると言われれば、さすがに関心を引かれたようだ。
質問が飛んでくるかと思ったが、ただ視線が集まっただけだった。
「それはペナルティ制度があるからだ」
簡単に説明すれば、委員長たちが意欲的に校則委員の活動をするために定められたルールだった。自分が所属するクラスから重度の校則違反者が出れば、マイナス査定がつく。しかし違反者を自身で取り締まれば、マイナスよりも大きなプラス査定が加点される。
校則委員会は名前の通りに校則違反を取り締まることが仕事で、名目上はそうなっていた。服装や髪型はもちろん、不要物の持ち込みやタバコの喫煙もそれに含まれる。進学校のためそれらの違反者は少ないが、意外に多いのがテストのカンニングだったりする。それらを取り締まるのが本来の校則委員の仕事だ。
しかし学校の理事、もしくは校則委員会顧問の篠崎が重きを置いているのが、不純異性交遊のため、委員として評価は偏っていた。活動成績なるものが存在し、その良し悪しによって恩恵と罰が与えらる。
罰則のほとんどは、校則委員会での雑務がほとんどだった。
内申点など興味のない生徒でも、委員会の雑務を歓迎するものなどいない。なかには休日が潰れることもしばしばあるという。学生にとってはそれは、避けたいものだろう。
つまり不純異性交遊を取り締まれない者は、校則委員会としての立場も弱く、恩恵も少ない。それどころか、あらゆる雑務を押しつけられ面倒ごとが増えるのだった。
「べつに、俺らなりたくてなったわけじゃないスけど」
一人の男子がぶっきらぼうに口を開く。
「そうだよな。あんまり自分から委員長になりたいって人間はいないから、ここにいるみんなもそうだと思う。だけど決まってしまったからには、きつい処罰を受けないようにして欲しい。だからやり方がわからないとか、悩みがあったら相談してくれ」
本気でそう思う。ここにいるのは、ただの高校生たちだからだ。
そして最低限の業務内容だけ説明する。後は手をぬく方法だとか、こういう時に困った話など、できるだけ一年生の立場になって話題を広げていく。
少しずつ一年生たちも緊張がほぐれてきたのか、ぽつぽつと意見を口にしてくれるようになった。
「クラスのなかで、不純異性交遊してそうな奴がいる人は手を挙げてみてくれ」
あるタイミングで総一郎がそう呼びかけると、全員の手が上がる。
「なんとなくわかるだろ。そいつらが馬鹿やって発覚したら、君らが痛い目みるんだ。だから校則委員の活動はしっかりしたほうがいい」
うなずく生徒もいたが、やはり何人かはあまり気乗らない様子だった。
証拠もないのに疑えばトラブルになるし、そもそも学校側にクラスメイトを売るという行為に反感を覚えるのだろう。
だから総一郎は、こう告げる。
「それはクラスメイトを救うことになる」
一同がきょとんとした顔をする。
「クラスメイトを売るんじゃなくて、守るのが校則委員の仕事だ。俺はそう思ってる」
あえて背筋を伸ばして、自信を持ってそう言い切った。
「学校が決めたことは覆らない。なら俺たちがしっかりと目を光らせて、ルールを破らせない。そうすれば退学や停学になる奴もいなくなる」
もちろん方便で、総一郎自身は微塵もそんなことを思ったことはない。しかしどんなチープな理由でも、正義を掲げないと動けない人間もいる。
「でも、向こうは敵視してますよね」
真面目で気弱そうな男子生徒が誰に言うでもなく、そう呟いた。もしかしたらクラスでは、すでに肩身のせまい思いをしているのかもしれない。きっと無理やり押しつけられた口なのだろう。
「そういう場合は、味方だというスタンスで接触してみてくれ」
上から疑ってかかるのは教師の役目だ。校則委員の仕事は、同じ生徒側からアプローチすることに意義がある。同じ立ち位置だからこそ、見えてくるものもある。
「お前、彼女いるだろ? と問いただすんじゃなく。こんな話が担任の耳に入っているだけど、大丈夫なのか? こういう聞き方をするだけで大分違う」
もちろん否定はするだろうが、トラブルは少なくなる。困っている生徒なら相談してくれるし、誤魔化す奴はなんとなく反応でわかるものだ。
「べつに校則委員は他の生徒と敵対するわけじゃない。そこは覚えていて欲しい」
総一郎は最期にそう締めくくった。みんな納得したわけではないが、少なくとも興味がないという態度ではなくなっていた。
「ダメ、三枚やり直し」
「はあ?」
総一郎は海子から渡された用紙をつき返す。
毎週提出する校則委員の週次連絡書というものがある。一年生の分を海子が取りまとめ確認し、総一郎に提出することに決まった。最後には篠崎の元へいくのだが、訂正に結構な手間が掛かるので、仕事を覚えされるため事前に総一郎にチェックさせているのだった。
「お前ちゃんと確認してんのか?」
「しましたけど」
不貞腐れた態度をとる海子。
「あのな。とくに何もありませんでした、なんて通るか」
「ほんとに何もなかったんならしょうがないじゃないんですか?」
「ガキの交換日記じゃないんだよ。無理やりにでも書かさせろ」
「だから何もないんですって」
ほとんど喋ったこともない人間にそんなこと言えるわけがない。同じ高校生なら、そこらへんの理解がなぜできないと海子は思う。
「本人でもないのになんでお前がわかるんだよ。とにかくどんな小さなことでも、校則委員活動に関する情報がいるんだよ」
「校則違反じゃなくて、不純異性交遊のでしょ」
嫌味っぽく返すが、総一郎はあっさり肯定する。
「そうだ」
授業態度や服装などの記載がほとんどだが、そんなものは担任の教師がなんとかするだろう。あくまで校則委員は、不純異性交遊を取り締まらないといけない。そのために作られた組織と言っても過言ではない。
「そろそろ普通の学校じゃないってことがわかってきただろう」
悔しいがその通りだった。この学校は不純異性交遊はもちろんだが、校則違反自体にも厳しい。中学時代のように考えていれば、痛い目をみる。実際に何人かの停学者が出ていて、海子はその第一号だ。
現に新入生はいま思い知っていることだろう。
自己責任を前面に押し出した校風は良くも悪くも、事務的だった。
授業中に騒いでいる生徒がいれば、普通の学校のように何度も注意して態度を改めさせることなどしない。担任の教師は書類を作成し、同じクラスの生徒五名の署名と他の教師二名の捺印で容赦なく停学に出来る。そしてそれが続けば、即退学だ。
生徒と向き合い、間違った道を正すなどという曖昧なことはしない。
学園にそぐわない生徒は必要ない。そういう考えだった。
しかし現にそういう罰を受けた生徒たちの存在が抑止力として、はっきりと効果に現れていた。頭髪の規定、授業中の態度、そして不純異性交遊。数多の犠牲者を出した後、やっとこの手の問題は落ち着きをみせるのだった。
「たしかに何人も、停学になりましたね」
「お前が第一号だっけ?」
「は? なに?」
総一郎は冗談で言ったのだろうが、海子はただ不快そうに表情を歪ませた。
「いや、なんでもないけど……タメ口」
「敬語使ってほしかったら、尊敬されるような言動をしてくださいよ」
女子というのは本当にやり辛い。根本的に違う生き物だと痛感させられる。とにかく感情的で、男子同士なら共有する空気みたいなものを全然読まないのだ。
しかし同じようなことを、女子側も思っている。つまりはお互いさまなのだ。
「別に嫌がらせでやり直しさせているわけじゃない。何もなかったで通したら、それしか書かなくなるからな。無理にでも書かせないと、何も報告しなくなる。よけいな文章もいらない。端的で具体的に書かせろ」
保管してある過去の週次報告書を海子に渡す。
「それを参考にして、修正させろ」
「それって、あたしが――」
「お前がしろ。俺の補佐になったんなら、お前の役割だ。嫌なら辞めろ」
むしろ辞めてほしいと考えていたが、海子は表情を歪ませただけで結局何も言わなかった。
「わかりました! 今日は失礼させてもらいます」
ぴしゃりとドアを閉めて、出て行ってしまう。二人の仲は日に日に悪くなる一方だった。
「大分、よくなってきたな」
「ほんとですかっ! ……ああいえ、どうも」
担任に週次連絡書を見てもらい、掛けられた言葉に一瞬よろこんでしまったがすぐに思い直す。この担任にも、停学の時は世話になったのだ。いつかその借りは返さないいけない。
「これなら鷲崎も納得するんじゃないか」
「はあ」
わざと気のない返事をして、海子はその場を離れる。
各クラスの委員長たちに、報告書を手直しさせるのにはむちゃくちゃ苦労した。ひと通り目を通したが、やはりこのままの内容で総一郎が承認とは思えなかったのだ。また嫌味を言われるのを想像すると腹が立つ。
根本的に、あの男が自分のことをなめているのがわかる。それがやたらと腹が立つ。
渡された過去の報告書を見て、何度か手直しをしてみる。自分自身ではどうにも、良し悪しの判断ができなかったので大人である担任に確認をしてもらったのだった。何度も手直しをさせられ苦労した分、認められると嬉しかった。
これで奴に文句を言わせないと、海子はニヤつく。
「ほっし」
帰る準備をしていると、クラスメイトから声を掛けられる。苗字から最近やっとあだ名で呼び合うようになった松本良子だった。
「あ、なに?」
「いや先輩が話したいって」
陸上のジャージを着た良子は言いづらそうに口を開く。
停学から戻ってくると、海子はいきなり部活を辞めた。中学でも実績があった海子は、一年のなかでも実力は抜きんでており、次期エースとして期待されていた。
そんな人材がいきなり部活を辞めたので、良子はもちろん他の先輩も納得などできるはずもない。せめてちゃんと理由を知りたい、何度もそう説明を求められた。
「いや悪いけど、ちょっと用事があって」
校則委員会に入ったことは、良い言い訳になった。
「そお……」
「ごめんね」
別に嫌いになったわけじゃない。それはたぶん向こうも同じだと思う。
クラスが一緒になり同じ陸上部。過ごす時間は他の生徒より多い、教室でも一緒にいることが普通になってきた。あのまま陸上を続けていたら、きっと高校時代を代表する友人になっていた……そう思う。
しかしどうしたって、今までのようにいられないのだ。
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