もくろみ

 


 待ち合わせ時間より早くに到着する。


 わりと早くに来てしまう性格は昔から変わらない。少し待つことになるな、と時計を見るとすでに高林由美も到着していた。目が合うと、フリフリと手を振ってくる。


「ごめん。待たせちゃったかな?」


 急いでかけ寄り、声をかける。


「ううん、ぜんぜん」


 由美はそばかすが浮かぶ顔をほころばせる。


 彼女らしい落ち着いた服装だった。明るい色のトップスとロングスカートが彼女の印象とマッチしている。大人っぽくてなんだか気後れしてしまいそうだった。


「可愛いねえー」


「そ、そうかな……」


 逆に向こうからそう言われ、海子は自分の服装を見下ろしてみる。大きめのシャツと黒いパンツにツバのあるキャップ。なんだか子供っぽい気がしてきて、恥ずかしくなる。


「はあっ!」


 てれ隠しに変なポーズを取ってみると、由美はクスクスと笑った。


「どこいく?」


 海子が尋ねると、由美はスマホを見ながら思案する。事前にいろいろ調べてくれているようだ。いき当たりばったりの海子とは違う。


「うーん、そうだねえ」


 ちょうど昼時だったが、いま店に入っても混んでいるだろう。時間つぶしにショッピングモールでも冷やかそうと場所を移動することになった。


「あんまりここらへん来ないな」


「そうなの?」


 高く洗練された建物たちは、海子の地元とはどこか違った。神戸という名前だけでオシャレな気がする。地元の友達には学校が神戸というだけで羨ましがられるが、学友がいなければあまり立ち寄ることもなかった。


「まあ私もブラブラ見るだけ、おこづかいじゃ買えないよ」


「そうだよねえ。あーあ、お金ほしい」


 二人で笑いあう。


 もし普通の学校に進学していたら、先輩と別れることもなくデートでこういう所に来ていたんだろうか。そんなことをつい想像してしまう。それはきっと憧れに近い願望だった。


 ビルたちが落とす人工的で直っすぐな影は、海子には新鮮に感じられる。


「星さんて地元どこなの?」


 ふとそんな話題をふられる。


「えー、加古川のほう」


 すこし気後れして答える。住んでいる分には困る町ではないが、どこか県内では田舎というイメージを海子は勝手に持っていた。


「へえ、そうなんだ」


「高林さんは?」


「私は中央区だよ」


 わりと学校からも近い。つまりは都会出身ということだった。


「いいなあ」


 海子が漏らした感想に、そうかな、と由美は首をかしげる。


「だって都会じゃん」


「そんなにいいもんじゃないよ」


 そう言われると具体的にどこが良いのか、海子には挙げられない。なんとなく神戸に住んでいると良い気がするだけで、あやふやなものだった。


 海子がいろいろ考えていると、由美がふと立ち止まる。


「どうしたの?」


 声をかけると、彼女の視線は道路向かいのコーヒーショップに注がれていた。


「あれ……」


 由美の声にうながされ、海子もそちらに視線を向ける。


 とくに気になるものは見つけられず、首をひねった。


「左の奥、あれゆかりだと思う……」


「どれ? 見えない」


 少し近づいてみると、たしかにそれらしき人影が見えた。


「誰かと一緒にいる」


 海子がつぶやくが、由美はなにも答えず黙って視線を送り続けている。


 彼女に倣い、もう一度目をこらしてみる。どうやら男と一緒にいるようだ。このあいだ会った、神吉という男子ではないようだった。


「もしかしてあれ」


「うん。私が前に言ってた人……」


 由美がショックをかくし切れずに唇をふるわす。


「デートかな? あれ……」


 否定したかったが、海子には言葉が浮かばなかった。仲睦まじい様子ではなかったが、休日に二人で会っていることはそういうことだろう。


「もう行こう……」


 答えられずにいると由美がそう切り出し、その場を立ち去ろうと手を取られる。


 しかし海子はその場を動こうとしなかった。


「星さん? わたしは気にしないから。ね?」


 健気にそう口にする由美のことが不憫に思えた。そして友達を裏切った堀江ゆかりに腹が立つ。そうなるともう海子自身でも止められない。


「ちょっと行ってくる――」


 車の交通がタイミングよく途切れ、海子は小走りで向こう側へわたる。


 目と鼻の先で確認すると間違いない。堀江ゆかりだった。


 スラリと長い手足と後ろにくくった髪、どこか冷めた表情はあの時のそれだ。男のほうも、うちの学校では考えられない茶髪に染めた男だった。


「ちょっと星さん、いいって」


 追いかけてきた由美に強く腕を引かれる。


「ゆかりが本当に不純異性交遊をしてるなら、しょうがないよ」


 しかしそんな制止をものともせず、海子はコーヒーショップへ乗り込んでいった。頭に血が昇っていて、気まずさや恥ずかしさなど感じなかった。


 とにかく堀江ゆかりに何か言ってやらないと気が済まない。


 ――いらっしゃいませ、と挨拶する店員を素通りし、奥にいる二人の所へまっすぐ進んでいく。


 ちょうど向かい面に座っていた堀江ゆかりが、やってきた海子に気づく。


「ちょっと、なんなの?」


 彼女はふてぶてしくそう吐き捨てた。


 ツレの男がふり向き、そこで初めて海子の存在に気づく。


「誰こいつ?」


「あー、うちの学校のヒト」


 怪訝そうな男に対し、堀江ゆかりは相変わらず人を喰ったような態度だった。


「トモダチ? 可愛いじゃん」


「冗談でしょ」


 マイペースに二人が会話をすすめる。


「ねえ、キミさ――」


「ちょっと黙っててもらえますか?」


 軽薄に話しかけてきた男に海子はピシャリと告げる。男は青筋を立ててなにか言おうとしたが、海子は堀江ゆかりに向き直った。


「堀江さん、これはどういうことなの?」


 ニラみつけると、彼女も負けじと視線を返してくる。


「はい? ……ちっ、ああそういうこと」


 しかしなにか思い当たったのか、しらけた表情に変わった。


「なにが?」


 意図がわからず聞きかえした海子を無視し、外に視線を向けた。


 そして由美を見つけると得心したようにうなずく。


「由美呼んでよ」


「誤魔化さないでよ。これって不純異性交遊って考えていいんだよね?」


「ああ、うざいなあ。いいから由美を呼んでって!」


 おもわず海子が外を見ると、由美と目が合った。状況を察したのか、彼女もおずおずと店へ入ってくる。表情がなく真顔で、なにを考えているのかわからなかった。


「ああ高林、遅いじゃん」


 ツレの男が由美に声をかける。


「どういうこと?」


 状況がのみ込めず、海子の頭は混乱する。


 わけがわからず由美に視線で説明を求めるが、彼女はうつむいて何も答えなかった。


「アンタ自分がなにしたかわかってる?」


 堀江ゆかりがひくい声で彼女に告げる。


「友達によくこんなひどいことできるね?」


 その言葉を受けても、なにも答えない由美。


「ちょっとなんとか言いなさいよ!」


 ついにしびれを切らした堀江ゆかりが、怒りをあらわにする。叩いたテーブルが音を立て、食器たちが甲高い悲鳴をあげた。


「トモダチ、やめたんじゃなかったっけ? わたしたち……」


 やっと口をひらいた由美は、ふて腐れながらそう呟く。


 血相をかえた堀江ゆかりが腰を上げたが、結局「あ、そう」と口を噤んだ。口元は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいたが、瞳はどこか悲しそうに見えたのが意外だった。


「なになに? どうしたんキミら」


 その場にいた男だけが明るい口調でそう言う。場違いは明らかだったが、彼なりに空気を良くしようと思ったのかもしれない。


 ギロリ、と海子は視線で男を黙らせる。すると「な、なんだよ」と弱々しい声をあげた。


「どういうことなの? 説明して」


 海子は二人にそう投げかける。


 堀江ゆかりは不機嫌そうに、頬杖で口元を隠しそっぽを向いている。どうやら沈黙を決め込むつもりらしい。


 そして反対に由美が訥々と語りだした。


「たまたま街へでかけたの。クラスメイトの星さんと。色んなところを見て、ランチして、たくさんお喋りして。そしたら幼馴染のゆかりを見つけるの。あんなに駄目だって注意したのに、男の人と一緒にいてデートしてるの。それを私は校則委員の星さんと目撃する。もう言い逃れもできなくて、ゆかりは私の懇願もむなしく停学になるの……」


 どこか虚ろな瞳からは音もなく涙がつたっている。


「なにをいってるの……?」


 普通じゃない様子に、声をかける海子。


「馬鹿なゆかりはすごく後悔して、私の言ったことを聞いとけばよかったってすっごくすっごく後悔するの。泣いて謝っても、もう遅いんだ」


「ちょっとアンタ! いいかげんに――」


 黙っていられないと、堀江ゆかりが口を挿もうとする。


「そういう目論見だったの」


 ガシャリと言葉を落とした。


 一瞬、その場が硬直し誰もが時間を止めた。ようやく意味を呑み込んだ海子が、しぼりだすように声を出した。


「目論見? ……目論見ってなんなの?」


 高林由美はなにも言わず、ついに嗚咽を漏らして泣きはじめた。

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