第20話 本物の友情
「それで、どういうことなのよ。盗撮がバレそうって」
写真に夢中になっている時に付いたであろう、おでこについたゴミを取り、口元の涎を拭ってから、アシュリーに問いかける。ちなみに、あたしが興奮しないように写真は裏返してくれていた。
「盗撮に使用した小型カメラを、お風呂場から回収しそびれたのですわ」
アシュリーはクマのついた眼をしょんぼりと垂れ目っぽくして呟く。
「盗撮が成功している時点で、そう簡単に見つかるような場所には置いてないんでしょ。だったら――あ、今日は2週間に1度のお風呂掃除……」
「そういうことですわ」
そういえば、昼食時に勇者が言っていたのだった。アシュリーの様子がその時に変だったのも、そういうことね……。
「でもでも、お風呂掃除が始まる前に回収すればいい話じゃないの?」
「駄目ですわ、知っていますでしょう。ゆうくんの潔癖症。カビが生えないようにと、この屋敷は入浴時間が決められておりますし、それ以外の時間は勝手に入浴できないように鍵がかけられておりますの」
「そして、普段なら女子の入浴時間の後に、男子の入浴時間のはずが、お風呂掃除の日だけは逆になる……と」
「ご説明、ありがとうございますですわ(にこっ)」
「かんっぜんに積んでるじゃないのよっ!」
だんっ――いや、ぽふっと、あたしは床に撒き散らかされた衣類を叩く。このままじゃ、あたし達二人揃って、勇者に軽蔑されてヒロイン候補から外されちゃうじゃないのよっ! 納得がいかないわっ……! ……いや。
「ワタクシのスマホを盗ろうとしても無駄ですわよ。既に、先程の百花のあられもない発言は、インターネット上で保管しておりますの。ワタクシよりも機械に強くない限り、削除は不可能。おわかりですわよね?」
「っち」
「女の子ですのに、そんな殺気だった目で舌打ちしたらよくないですわよ」
アシュリーは澄まし顔で、あたしに逃げ道が無い事を示してくる。
「はあ……なんでそんなに余裕なわけ。あたし達、割とピンチよね」
「その通りですわ、ただし策はありますの」
「……策って何よ」
「お風呂掃除が始まると同時に、突撃しますの」
「…………?」
あたしは無言で、今しがたアシュリーが言った言葉を脳内で噛み砕く――いや、これ噛み砕きよう無いわね? そのまんまだもの。
「お風呂掃除が始まると同時に、突撃しますの」
一言一句、変わらない言葉。
「ちょおっと待って……それは策でもなんでもなくないかしら?」
あたしは掌を向けて、抗議する。
「そうかしら?」
「どう考えても、そうでしょ」
アシュリーは少しの間だけフリーズして、ぽんっと豆電球でも点いたかのように掌を叩く。
「……そうでしたわ、ワタクシとしたことが言い忘れておりました。お風呂掃除が始まると同時に、全裸で突撃しますの」
「……は?」
「全裸で突撃しますの」
「聞こえてないんじゃなくて、言っている意味がわからないのよ! 全裸になったせいで、余計に状況が悪化してるじゃないのよっ」
あたしはトンチンカンなことばかり言うアシュリーの態度に、全身でリアクションを放つ。こう、ふざけるんじゃないわよ的な感じで。しかし一方、アシュリーは冷静に。
「いいえ、全裸になることで好転しますわ」
そう言い切った。とてつもなく真面目な顔な割に、言っていることは変態のそれだ。けれど、静かな圧に負けて、あたしは黙って話を聞く。
「百花は、もし異性が――この際、ロイでいいですわ。ロイが突然、全裸で目の前に現れたとして、どうしますか」
「とりあえず罵倒して、二度とそんな変態行為ができないようたっぷり教育するわ」
「……ごめんなさい、ワタクシの例がダメでしたわ。それでは、勇者が突然全裸で目の前に現れた時のことを想像してください」
「……きゃっ」
愛しの勇者の産まれたままの姿を妄想してしまい、顔が熱くなる。あたしは思わず、実在していない全裸を眼前に手で顔を覆う。
「そう、そうなるのですわ」
「……な、何よ。照れるのは当たり前でしょ」
「そうですけど……違いますわよ。ワタクシが言いたいのは、異性の全裸を目の前にすると、反射的に目を隠す、ということですわ」
「なる、ほど……?」
「つまり、ワタクシのプランはこうですわ。普通にお風呂場に突撃するだけでは、小型カメラを回収する所を目撃されてうため、アウト。でしたら、こちらの動きを直視できないような状態にしてしまって、その隙に回収すればよいのですわ」
完璧な作戦、とばかりにアシュリーは自慢気に栗毛色のくせっ毛を靡かせる。が、あたしはちょっと待ちなさいよと。
「絶対に嫌よ! いくら証拠の回収とはいえ、勇者に裸を見せるなんて……あたし、初めての夜にロマンチックに夜景の綺麗なホテルでって決めてるんだから!」
「(それは流石に重すぎますわ……)」
「なによその顔、文句でもあるっての」
あたしはこればっかりは譲れない、とアシュリーを威嚇する。
「……文句はありませんわ。ですが、最後に一つだけ言いですの」
「……何よ」
「確かに、ワタクシ達の全裸が見られてしまいます。ですが、それと引き換えに勇者の全裸が見れるかもしれないんですわよ」
「…………なんですって?」
アシュリーは少し溜めてから、ゆっくりと話し始める。
「百花も知っての通り、お風呂掃除の日は普段とは逆で、男子の入浴時間が終わってから女子の入浴時間になっておりますの。これはつまり、お風呂掃除を済ませた後、ゆうくんがピカピカの一番風呂を楽しみたい、その気持ちの現れですわ」
「確かに、一理あるわね……」
アシュリーは、あたしの反応に満足気な頷きで返す。
「お風呂掃除が終わった後に、わざわざ脱衣所に戻って服を脱いでから浴室に行く。そんな二度手間を、ゆうくんがすると思いますの?」
「おも……わないわ。いえ、思えないわ」
アシュリーが、あたしの肩に手を置く。
「百花、自分の気持ちに正直になりますの。ワタクシは、百花と同じ気持ちですわ」
「……アシュリー」
名前を呼ぶと、アシュリーは深く頷く。もう、気持ちは一つになっている。
「あたし、あたし……勇者の全裸が見たいっ!」
「百花っ!」
あたしとアシュリーは固く抱き合う。これは、世界中の誰よりも、本物の友情に違いない。
今この時、あたしは心の底から確信したのだった。
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