第9話 歩きながらの飲酒は控えよう
カーちゃんのオッドアイの泣き腫らしが収まった頃。
「百花、あなたちょっとメイド服を着替えてきなさい」
「やだ、汚れてる?」
あたしは、ふりふりとスカートの裾を振って全身を見てみる。朝のガーデニングの時の土汚れがちょっとだけ気になった。——ただ、着替える程では無いように思える。何より、洗剤と水道代が勿体ない。
「違いますわ、この世界の風習にあった服に着替えてきなさいと言っているんですの。今から外に出かけますわよ」
「外に出るのはいいけど……メイド服じゃダメなの?」
「駄目に決まってるでしょう。この世界にメイド服を着て街中を出歩くという風習は無いですわ。現に、何度かその姿で注目を浴びたことがあるでしょう」
え。あれってあたしが可愛すぎるから見られていたというわけじゃないの? いやあね、あたしは勇者に可愛いと思ってもらえればそれでいいんだけど。
「ま、まーあ。そういうこともあった気がするわね」
「これは、百花にも早いとこ常識を身に付けてもらう必要がありそうね……」
アシュリーが頭を抱えているが、そんなに悩むことだろうか。はてさて。
「妾は着替えなくてよいのか?」
「ミリアちゃんとワタクシの服装は大丈夫ですわ。この世界では割と着られている部類ですもの」
と、いうことで。あたしは一度自室に戻って着替えることに。
「勇者に見せるわけでもないし、ラフな格好でいいわよね。スカート面倒だし」
ジーパンに長袖Tシャツ一枚な動きやすさ重視の服に着替えると、あたしはさっと屋敷の玄関を出た先にある、門の前まで行き、先に来ていたカーちゃんとアシュリーに合流する。
「さ、行きますわよ」
屋敷の周りは住宅街といった様相で、ちょっと行けば大通りに出ることはできるものの、屋敷を取り囲みように建っている家々のおかげか、閑散としている。紅葉が擦れて、小気味の良い音が鳴っていた。
「それで、どこに行くのよ?」
「行けばわかりましてよ」
「アシュリーはいつも、そうやって勿体付けるのがすきじゃのう」
「そうそう、見たこともないポーションを合成した後なんかは決まって、『飲んだらわかるわ』の一点張りでぜんっぜん教えてくれないの。それで、いざ飲んだら笑いが止まらなくなるとか、涙が止まらなくなるとか、へんてこなやつばっかり」
「へんてこじゃありませんわ。あれも、魔王討伐に役立たせるためのポーション作りの一貫ですもの。……ふわぁ」
アシュリーのクマがこびりついた目元に、欠伸の拍子で涙が溜まる。
「なんじゃ、さっきまで寝ていたのに、もう欠伸か」
「どうにも最近、カフェインの効きが悪くなってきたみたいですわ。耐性でもできたのかしら」
アシュリーがなにやら、手のひらサイズの銀色の箱みたいなものを取りだす。
「何よそれ」
「これは、スキットルといって、お酒版の水筒みたいなものよ」
手慣れた手つきで蓋を開け、そのままごくごくと。喉を鳴らして飲み上げる。
「はぁ……この、金属臭が溜まらないですの」
何やら薬をキメたかのような恍惚とした顔をするアシュリーの、スキットルなるものを取り上げる。
「すんすん……って、本当にお酒じゃないのよっ」
「最初からそう言っていますわ。ワタクシは嘘はつかない主義ですし……ちなみに、中身はエナジードリンクとアルコールを1:1で割った例のアレですの」
「あんた、どんだけよ……ここ街中よ」
「固いこと言うんじゃないですの。ワタクシは酒に飲まれることはありませんので、酔っぱらって誰に迷惑をかけることもありませんわ」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
まあ本当に、酔って他人に迷惑をかけないことだけが救いだと思うしかない。昔からかなりの酒豪だったわけだし。今すぐどうこうして変わることはないだろう。といっても、この世界に来て覚えてしまった、エナジードリンクなるもので割って飲むのはやめさせたいところだ。アルコールに耐性があっても、カフェインに耐性があるとは限らないし、下手したらカフェイン中毒になってしまう……いえ、それもありね。それでくたばってくれれば、恋敵も一人減ることになるわけだし。だけど、あたしが完璧な献立を考えているのに、それで身体壊す人が出てくるのは納得がいかないというか……。
「さ、そうこうしているうちに着きましたわよ」
と、アシュリーが立ち止まる。
「おぉー。これはあれか、この世界の学び舎――学校というところじゃな」
正門には、
「大正解よ、ミリアちゃん」
アシュリーはうりうりと、カーちゃんの頭を撫でる。まるで、母と子みたいだな、とあたしは少しだけホームシックな気持ちになった。
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