第16話 side episode:小鳥遊ロイ
俺は、またこの見たくもない光景を見ていた。もう何度めかわからないこの光景を。
「勇者……えっとね、あたしそんなたいしたことしてないわよ?」
遠くで聞こえる、俺の大好きな人の声。俺ではない、他の男に向けて必死な様子で話していた。誰が見ても、動揺が見て取れるくらいに。
俺の大好きな人は、俺ではない別の男が好きなのだ。
「あら、ロイさん。偶然ね」
「
そんでもって、俺はこの女が苦手だ。といっても、何度も命を救われたことがあるため、嫌いとまでは言わないが。
「執事ともあろう人が盗み聞きとは、よろしくないんじゃないですか?」
「俺は執事じゃねぇっ。ただ、執事服を着ているだけだっつの」
「そういえば、アシュリーさんに褒められたからでしたっけ。そういうの、こっちではシスターコンプレックスと言うみたいですよ」
確かに褒められはした、だけどその場に居たのって俺と百花と姉ちゃんくらいだったよな……。この女、ほんといけすかねぇ。
「というか、別にちげぇよ。俺はたまたまここに居ただけで、話が聞こえたから立ちどまっただけだ」
「そうなんですか。百花さんから逃げるように走り去ってから、こうして厨房手前の廊下の窓から顔を覗かせることが、たまたまですか。そうですか」
こっ、こいつ全部見てやがったっ……。
「おっ、お前こそこんなところに何しに来たんだよ」
「私は、朝ごはんの配膳でも手伝おうかと」
「今まで一度も手伝ったことねぇくせに、しらじらしい」
「あら、そうでしたっけ?」
首を傾げてとぼける心鏡に、俺はため息を吐く。
「何か話があるんじゃねぇのかよ」
「いえ、特には。本当にたまたま、恋敵が愛しの人と話しているところが見えたので。そして、更にたまたま覗き見ているロイさんが見えただけですよ」
「……そうかよ。恋敵って言うなら、あっちの会話に混ざってきたらどうだよ」
「それは、貴方の願望ではないですか? 貴方だって、あそこに恋敵がいるじゃないですか」
「なっ……お、俺は別に……。そんなんじゃねぇし」
「相変わらず、いつまでも認めようとはしないんですね。実際のところ、当の本人である百花と、未だ未熟なカーミリアさん以外にとっては周知の事実ですよ」
貴方のことはわかっています、とでも言いたげにつらつらと言われ、俺はつい舌打ちをする。
「馬鹿馬鹿しい、言ってろ」
俺は、心鏡から視線を切って、厨房のドアに手を掛ける。
「いいんですか。見てください、あれ」
「っ……!」
泣いていた、百花が。俺の好きな人が。笑顔を顔に張り付けたまま、顔だけを濡らして、庭の真ん中でぽつんと一人ぼっちで。
そんな異様な光景を前に、俺はいてもたってもいられなくなる。
「行って、どうするんですか」
心鏡は、俺の進路を防ぐように、向かい立ってくる。
「……百花が泣いてるんだ、どけ」
心鏡は微動だにしない。糸目の先に、強い意志を感じた。ここは、通さないと。
「私は知ってますよ。今回の件、一番にカーミリアさんの異変に気付いたのは百花だんです」
「な、なんだよいきなり。今そんな話はしてねぇだろ」
「百花さんは、少しでもカーミリアさんに笑顔を取り戻してほしいと思い、生き血によく似た、トマトジュースを提案しました。しかし、カーミリアさんは満足しなかった。だから、百花さんは美味しいトマトジュースを作るために、ガーデニング計画と称してトマトの栽培に一生懸命になっている。それが今の状況です」
「心鏡……」
「百花さんが、こんなにも捻くれたように自己肯定感を喪失しているのは、私にも責任があります。以前の世界で、私やアシュリーさん、勇者さんにカーミリアさん。前線で戦っていた私達と裏方に徹していた、ロイさんと百花さん。こうなってしまう可能性は大いにありました。命のやり取りが多く行われていた戦場に、私達は身を置きすぎたのです」
「責任がある……そんなことを言われることを、俺は望まねぇ。自分に酔うために、人を巻き込むんじゃねぇよ」
「はい。もう……こういうことを言ってしまう時点で私は同じ視点で見ることはできないんでしょう。それでも、私はパーティのメンバーが好きです。百花さんも、勿論
ロイさんだってそう思っています。ですから、今日はお願いに来ました」
心鏡は、悲しげかつ、辛そうに言葉を続ける。
「どうか、ロイさんだけには、百花さんと対等な関係であって欲しいんです」
俺は初めて、心鏡に頭を下げられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます