第17話 side episode:戦場勇者

 僕は、落ち葉でいっぱいになったゴミ袋を屋敷裏にあるゴミ袋置き場に持ってきていた。


「なんじゃ、勇者ではないか。おはようなのじゃっ!」


 先約のカーミリアが、金髪ツインテールをぴょこぴょこさせて元気の良い挨拶をしてくる。様子を見るに、屋敷内のゴミを集めてまわってきたところだろう。


「おはようカーミリア。毎日、ご苦労さま」


「これが妾の仕事じゃからのう。任せておくがよい!」


 胸を張る姿は、年相応といった感じで、なんだか和む。その背後には、かなりの量のゴミ袋。6人で住んでいるのだから、ゴミの日までに相当量溜まるのはいつものことではあるが、今回は庭掃除で出たものも相まって、普段よりも多い。


「次の燃えるゴミの日は、僕も持っていくのを手伝うよ」


「なんと、良いのか?」


「かなり庭掃除で出しちゃったからね、これも掃除のうちだよ」


「ふむふむ、それではよろしくなのじゃ。確か、次は明後日じゃったかの」


「わかった、朝食前に来ておくよ」


 落ち葉の詰まったゴミ袋を置く。僕は踵を返そうと半歩だけ足を進めたところで、思いとどまる。


「ねえ、カーミリア。一つ、無礼を承知で聞いてもいいかい? カーミリア・ナハツェーラ・サード、吸血鬼界隈では名高いナハツェーラ家の三代目として」


「……ふむ。よいぞ。おぬしと妾の仲じゃ、なんでも申せ」


 片眼だけ琥珀色になってしまったオッドアイ。僕はそこに、両眼とも紅だった頃の面影をみる。


「僕たちは、数多くの人の命を守ってきた。元居た国の人たちや、このパーティメンバーの皆。守れたのは、超常の力があって、それが周りに比べて抜きんでていたからだ」


 カーミリアは、視線だけで続きを促す。


「僕は正直、とても焦っていた。結果的になんとかはなったけど、その時の期待の眼がどうしたって重かったからだ。……傲慢化もしれないけど、なんだか、もう僕達がダメだったら後が無い、みたいなね」


 「ふむう」とカーミリアは少し考えるような仕草をしてから、口を開く。


「実際、それは事実に他ならなかったじゃろう。妾達が魔王を倒せなかったとあれば、確実にあの世界は滅んでいた。勇者の認識は間違ってはおらぬ」


「……うん。僕はさ、あの時の眼がすごく苦手だった。あの期待に満ち溢れた眼を向けられる度、どうしようも無い焦りが心の奥底では生まれていた。絶対にミスはできない、文字通り僕らには世界の命運が掛かっていた。カーミリアはどうだったんだい?」


「確かに、妾もそのような焦りを感じたことが無いとはいえぬ。しかし、妾は立場上、眷属や家臣達からそういった眼を向けられる機会は、物心ついたころからずっと受けておったからのう……、こんなこと言うべきでは無いとは思うが、慣れてしまっていた部分はあったのじゃ。……ただの人の子であった、おぬしには重責じゃったかもしれんの」


 「ありがとう、カーミリア」と僕は少しだけ頭を下げて、続ける。


「今の僕には、昔みたいな力は無い。そんな力の無い僕にさ、ずっと変わらない期待の眼を向けてくる人が居る。それは、ありがたいことでもあるけど、同じくらい辛い気持ちも感じてしまうんだよ」


「おぬしは、もうそんな眼で見られたくない、というわけじゃな」


「……そう、かもしれない。いや、ごめん。わからない、かな」


 「ふむ」とカーミリアは顎に手を添える。


「ならば勇者よ、少し肩の力を抜いてみるのはどうじゃろうか?」


「肩の力を?」


「そうじゃ。周りを変えたいと思うなら、まず自分が変わることじゃ。おぬしは、まだ前の世界の時と変わらず、肩肘を貼り続けておるように見える。妾も、初めこちらに来た時はそうじゃった。しかし存外、うまくいくものじゃぞ」


「カーミリアは、難しいことを言うね」


「……そうじゃのう、とても難しいことじゃった。じゃが、一度素直になってしまえば、存外楽じゃったぞ」


 カーミリアは笑顔で語る。だけど、僕には苦笑いがせいぜいといったところだった。


「ありがとう、参考になったよ。もう少し自分で考えてみる」


 きらきらしたカーミリアの顔がまともに見ていられない。僕は、急いで踵を返した。


「妾達が思っていたほど、みな弱くはなかったぞ」


 カーミリアが最後、背中に向けてそう語りかけてきたが、僕は聞こえないフリをした。

 きっとカーミリアも、わかっていたと思う。








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