第2幕 偉大なる百花様と元ポーションマスターの重要オペレーション
第18話 ひるごはん
しとしとと、雨が降っていた。あたしは厨房の小窓から、それを眺めつつ、ぼけっと呟く。
「あたし、雨ってあんまり嫌いじゃないのよね」
「なんだよ急に」
昼時前。屋敷に住む、6人分の食事を作るのは割と大変だ。とくべつ用事が無い限りは、あたしとロイの2人でこうして調理をするのが屋敷内でのあたし達の仕事になっている。
「いやごめん、ぶっちゃけ好きでも嫌いでもないかも。なんとなく言ってみたかっただけ」
「なんだよそれ……なんか、カー子のかっこつけが移ったみてぇだな」
「あー、確かに。あの子、最近すごい元気だからねぇ。眼が疼いてたり、右手に眷属の邪竜を飼ってた時を思い出すわ。やっぱ、異世界に来たくらいじゃ人間ってそう簡単に変わらないものなのかしら。ああいえ、あの子は元吸血鬼か。吸血鬼が吸血鬼じゃなくなったら、なんて種族になると思う?」
「知らねぇよ。吸血鬼の特有の能力が無くなったら、ただの人間と変わらないんだし、人間でいいんじゃねぇの?」
「それもそうね」
「……」
「……」
「……え、この話なんもオチねぇの」
あたしは少しだけ考えてみる。ほんと、ちょっとだけ。
「ないわね」
「ああ、そう。……主菜と副菜できたから、盛り付け頼むわ」
「師匠に向かって指図までできるようになっちゃってまあ」
「うるせっ」
6人分の食事を用意するとなれば、勿論それだけ食器類も必要になる。つまり、洗うのも一苦労ということで……できるだけ皿の枚数が減るように大皿に纏めているのだ。女子力の高いあたしの担当というわけで、ちゃちゃっと済ませてしまう。
「そうだった、カーちゃんのトマトジュース作らないと」
今朝、採ってきたばかりの雨粒のついたトマトを軽く水で洗って、6等分に切ってミキサーにかける。あとは、塩を少々いれれば完成だ。
「立派なトマトが育ってよかったな、カー子も喜んでると思うぞ」
「べっ、別にカーちゃんのためじゃないわよっ。ガーデニングで少しでも生活費を節約できるようにってことで、たまたまトマトを選んだだけなんだから」
「そうだったな、わりわり」
「……ったく。なんなのよもう」
そんなこんなで、なんでもない話を続けながら昼食を作り終え、3段の台車に載せる。台車を押すのは、ロイ。師匠である、あたしでは当然無い。
「ところで今日はやけにぼんやりしてるな、疲れてんのか?」
「そう?」
「まあ割とな」
「……あーわかったわ。今日、雨じゃないの」
「別に嫌いじゃないんだろ、雨。さっき言ってたじゃねぇか」
「いや、違うのよ。たぶん、陽に当たってないからだわ」
「お、おう?」
ロイはきょとんとしていた。あたしも逆の立場だったら同じ顔しそう。
「いやね、最近ガーデニングでお日様に当たってたから割と回復早かったんだけど、あたし実は低血圧? みたいな」
「いやもう起きてから何時間経ってるよ、もう昼だぞ」
「てへっ」
「ぐ……」
ロイがどうしてか赤くなってるけど、なんか照れるようなことでもあったかしら? わからないわ、思春期の男の子って。まあ、1つしか年齢は違わないんだけど。
この屋敷で一番広い部屋に入ると、大きなテーブルには既にメンバーが全員揃っていた。ちなみに、朝飯には滅多に現れない夜更かし常習犯のアシュリーも、流石に昼時なので起きていて、おとなしく席についている。眼にクマをたっぷりつけて、欠伸をしているのは相変わらずだけど。
あたしとロイは、慣れた手つきで配膳をしていく。メイド服と執事服を装備しているあたし達なので、他所から見れば主従関係が築かれてるっぽく見えるだろうが、この屋敷内ではただ役割分担をしているだけで、そんなものは一切無いのが実情だ。
「ありがとうございます」
穏やかにお礼を言う、透子は今朝のうっすいネグリジェではなく、布面積と厚みのある大人びた服をちゃんと着ている。1日中あの服装を通さなくて本当に良かった、とあたしの心はいつ頃からか朝にハレンチ衣装を着ていることを容認してしまっていた。今は、深く考えないでおこう。まだ頭が本調子じゃない。
「それじゃあ、いただきます」
全ての配膳を終えると、勇者の合掌。あたしは、美味しいと言って食べる皆の姿を見ると、なんだか嬉しくなる。どうだ、あたしが育てたロイの飯は美味いだろう、と。内心、胸を張っていたり。
「そうでした、カーミリアさん」
「なんひゃ、んく。透子」
透子に呼ばれ、リスみたく口いっぱいに詰め込んでいたカーちゃんは一気に呑み込む。なんか、喉とか痛めそうで心配になる。そのうち、さりげなく注意しとかないと。
「今日、時間ありますか? 洗剤とか色々ときれかけてしまってて、買い出しの手伝いをお願いしたいんです。雨も降っていますし、自転車は厳しいので」
「よいぞ、また出る時に声を掛けてくれ。妾は部屋で勉強をしておるからの」
「たぶれっと、というやつで動画を見ている話かい?」
勇者は、タブレットをいかにも珍妙なもののように言う。実は、勇者はこの世界の機械系にとても疎いのだ。
「うむ。学校に通うようになれば行う色んな実験の動画が見れるのじゃ。あれは本当に素晴らしいのう」
「そこまで喜ばれるとなんだか照れますけど、ワタクシとしても差し上げた甲斐がありましたわ」
先日、カーちゃんはアシュリーに「入学時期は来年の春になりますわ」と伝えたのだが、「ふむう。割と先なんじゃのう」としょんぼりしていたのを気遣って、学校の雰囲気だけでもと動画を見たり、勉強ができるようにとタブレットを譲ってあげていた。あたしが部屋に遊びに行く時も、だいたい齧りついて実験の動画をカーちゃんは見ている。相当、学校が楽しみみたいだ。早く春になってほしいなあ、とあたしも思う。
ほっこりしながら舌鼓を打っていると、視界の端でちらちらと――アシュリーがこっそりとハンドサインを送ってきていた。あたしにだけわかる、事前に決めていたやつだ。
「(今日は、今までにないくらい素晴らしいブツが入荷しておりますわ)」
なに……っ! 雨のせいでぼーっとしていた頭が一気に晴れた。あたしもハンドサインで返す。
「(まじ?)」
「(まじですわ。正直、犯罪級ですの)」
「(……この後、部屋にいくわ)」
「(了解ですの)」
「おい百花、なんかすげぇだらしねぇ顔になってるぞ」
「へ? ちょっとロイ。乙女に向かってだらしがないなんて、そう軽く言わないの」
「なんだよ、くそ。人がせっかく気を遣ってやったってのに」
ロイがぶつくさ言っているがまあいい。早いとこ昼飯を食べ終えて、アシュリーの部屋に直行しなくては。まだ見ぬ宝が、あたしを待っているのよ。
「そうだ皆、今日は2週間に1度のお風呂掃除の日だから、入浴時間を間違えないように頼むよ」
屋敷の掃除当番である、勇者がそう皆に伝える。口々に、皆が返事をする中、どうしてかアシュリーだけが返事をしないまま固まっていた。
喉に食べ物でも詰まらせたのかしら、とあたしはさして気に留めることもないまま、つつがなく昼食の時間は終わったのだった。
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