第28話 説教と、それから――

 場所は変わり、大広間。普段ご飯なんかを食べている所で、あたし、アシュリー、透子の3人は、椅子にも座らずに正座をしていた。なので、身長が低めの勇者と、ようやく目線の高さが逆転しているわけで……。


「何か、申し開きはあるかい?」


「……ない」「ありませんわ」「ないです」


 見下ろされる形で、下される罰に震えていたのだった。


「よくもこれだけの写真に……えーと、なんて言えばいいんだろうこれは、音声?」


 動かぬ証拠であるものは、全て眼下に並べられていた。透子のスマホには500時間にも渡る、勇者の入浴中の水音の録音記録が残っていて正直引いた。日にちに換算すると、およそ20日分くらいだ。といっても、3000枚以上の盗撮写真を所持していたあたしとアシュリーも、相当かもしれないけど……。


「はあ……まったく、君たちはプライバシーという言葉を知らないのかい」


 面目次第もございませんとばかりに、あたし達3人は揃って俯く。


「特に、入浴中の写真なんてあんまりじゃないかな。やっていいこと悪いことの違いくらい、わかっているよね?」


「その……」


 アシュリーがおずおずと手を挙げる。


「なんだい?」


「どうしても、ゆうくんの全裸が見たかったのですわ……」


 危ない。こういう、天然のド変態が一番危ない。勇者も、頭痛でもするのか頭を抱えていた。


「私も……勇者さんがお風呂に入っていると考えると、どうしても我慢ができなくなってしまうんです……」


 どうしてあんたらは、そんなに性欲に馬鹿正直に生きているのだ。シンプルに気持ちが悪いわね。こういう奴らが、きっと性犯罪を犯すのよ。


「本当にやめてくれないかな、僕だって人間なんだ。特にコレ、写真の僕の口元にキスマークを付けてあるもの。正直、すごく気持ち悪いと思ったよ」


「…………」


「……それは、ワタクシは知りませんわね」


 お願い勇者、二度と関わりたくないみたいな眼であたしを見ないでっ! 誰でもいい、あたしを殺してくれっ。生きているのが本当に辛い……!

 勇者は、大きくため息を吐く。


「一度、はっきりと伝えたいことがあるんだ」


 真剣な面持ちに当てられて、あたし達3人は、つい背筋が伸びる。


「ここまでのことをしでかしたことの不徳は、僕にもあると思っている。君たちが、僕達に向けている好意について、僕がずっと目を逸らしてきたからだ」


「勇者……?」


「傲慢だし、今まで口にすることはしなかったけれどね、これだけの物的証拠があるとなれば、少し突っ込んだ話をすることを許してほしい」


 勇者は気づいていたのだ、あたし達が勇者のことを好きでいることに。唯一、言質の取れていなかった透子も、糸目の無表情に綻びが生じていた。


「君たちが、僕のどんなところが好きなのか、具体的に話すことはできないけどね。人間なんだし、考えていることが100%わかるわけじゃない。ただ、きっかけくらいは想像ができる」


 勇者は諭すように淡々と話す、その眼は全く笑っていなくて、底の見えない崖下を覗くようで怖かった。初めて、見る眼だった。勇者はぴんと、人差し指を立てる。


「僕が、君たちを助けたからだ」


 図星。少なくとも、あたしはその通りだった。アシュリーと透子も無反応なあたり、同じなのかもしれない。


「な、何よ。その言い方」


「すまない、気に障ったかな」


「別に……やっぱりなんでもない。悪いのは、あたし達なんだし」


 助けたから――助けてしまったから、と。あたしは、そういう風に聞こえた。あたしにとっての大事な思い出を馬鹿にされたようで、少し悔しかった。


「僕はさ、自分が一方的に君たちを助けていたとは思っていない。僕だって、助けられたことは何度もある。それが直接的に命に係わることなのか、そうじゃないのか。そういった違いだけで、勘違いをしてほしくないんだ」


「勘違いですの……?」


 「うん」と勇者は頷く。


「僕は、そんなことで君たちを縛りたくはない。命を救われたことで、好意を抱く。それは、ありがちなことなのかもしれない。だけどそれは、君たちと偶然会った僕に

、同じく偶然にそれだけの力があったからにすぎないことだろう?」


 勇者がかぶりを振るが、あたし達は返す言葉が出てこないでいた。


「君たちが向けてくれる好意。正直、嬉しいよ。だけど、それはひと時のまやかしみたいなものだ、目を覚ましてほしい。家族みたいに大切な君たちを、不必要に縛りたくないんだ」


「あた、あたしは……」


「なんだい百花?」


「何が、悪いって言うのよ。ピンチの時に颯爽と駆けつけてくれて、魔王軍の攻撃から身を体して何度も何度も守ってくれた。あたしが勇者のことを好きに――」


「そうだよ、百花は特にだ」


 勇者は、あたしの言葉を遮って無理やり続ける。


「百花は特に、このパーティで戦闘力が低い。いや、誤解しないで欲しいんだけど、それ以外では助けられたから、一概に……というわけじゃないんだけど。……とにかくさ、きっと他の誰よりも君のことを助けたと思う。だからこそ、君が一番に誤解しているんだろうね。本当に申しわけない」


 膝を抑えつけるようにしていた手に水滴が落ちて、ようやくわかった。あたしは、泣いていた。


「ゆうくん、あなた何を言って――」


 破裂音。勇者の顔に赤い手形がくっきりとついていた。手を挙げたのは、透子だった。


「謝ってください。今すぐ百花さんに」


「僕は。何か間違ったことを言ったかな。はは、すごく痛い……」


 あたしは、どうしようもなくなった。ごちゃごちゃとした感情が頭の中でいっぱいになって、兎に角ここから逃げ出したかった。勇者に――皆に顔を見られたくない。

 立ち上がり様、正座で足が痺れていたのか、足のもつれで転ぶ。じんわりと、膝の熱さを感じる。


「百花っ!」


 アシュリーの制止を無視して、あたしは大広間を飛び出した。

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