第29話 side episode:戦場勇者2
百花が飛び出してしまった後、アシュリーと透子も追って出て行ってしまった。その時に2人が僕に向けてきた眼は、とても強くて、尚更に彼女たちを縛る程の価値は、僕には無いと再認識するに至った。だから僕は、微塵も間違ったことを言ったとは思っていない。
広間の脇にあるゴミ箱へと盗撮された写真を放り込む。それから、透子のスマホ内に保存されていた、僕の入浴中の音声らしい録音データを削除する。この世界の電子機器なるものの扱いが苦手なので、これには10分くらいはかかった。
「これでよし……と」
バンッとした音が鳴り、僕は振り向いた。大広間の扉が開かれていた。
「……ロイ」
執事服に、動きの付いた姉譲りの栗毛色の髪。荒々しい言葉遣いの彼の内面が、優しいことを僕は知っていた。しかし、今はそう優しくは無いことを、彼の表情が如実に示していた。
「てめぇ、百花に何をしやがった」
ロイは、間髪入れずに僕のシャツの首元を掴み上げてきた。
「も、百花に聞いたのかい?」
「あいつはまともに喋れるような状態じゃなかった。戦場、てめぇが一番わかっていることじゃねぇのか」
「……君には、関係の無いことだよ」
「いいや、あるな。百花がてめぇの名前を呼びながら、泣いて廊下を走ってた。惚れた女の泣き顔だけで、俺がてめぇに突っかかる理由としては十分だ」
「わかったよ。まずは、この手を離してくれるかい」
両手をかざして敵意が無いことを示しつつ、ロイを宥める。舌打ちと共に、乱暴に開放される。僕は、シャツに皺がつかないようにと軽く伸ばし、形を整える。
「戦場……」
ギラついた眼。ここまでの敵意を向けられたのは、以前の世界以来だろうか。
「どうして僕が悪者のような扱いを受けないといけないのか、まるで納得ができないよ。もともと僕は被害者だったはずなのに」
「被害者だぁ?」
ロイのギラついた眼を向けられながら、僕は疲れを感じていた。随分と神経つかったみたいだ。まだ少し赤いままの、透子に平手打ちをされた頬を撫でながら。ため息を漏らす。
「君に言っても関係が無いことだったね。彼女達――いや、特に百花をしっかりと振っただけのことだよ。他人の色恋沙汰に、君がずかずかと土足で踏み入るものではない」
「てめぇ、正気で言ってるのか……?」
「何がだい?」
「俺はな、正直言って百花の事が好きだ。これは、姉ちゃん以外には言ったことが無かったが……」
僕はぽりぽりと頭を掻きながら、おそらくパーティメンバーで気づいていないのは当の本人の百花ぐらいだよ……と思っていたが、黙って頷いて話の続きを促した。
「だから、わかるんだ。本当にただの色恋沙汰ってんなら、あそこまで百花は酷い顔をしねぇってな。あれは、振られたショックとかそういうもんじゃねぇ、全くのベツモンだ」
まるで君が、勇者みたいじゃないか……僕は、強く拳を握りこみ、下唇を噛む。これがどういった感情なのか、自分ではわからない。行き場の無い憤りが、僕の体中を駆け回っていた。
「僕はただ……本当のことを言っただけだよ」
「本当のことだぁ?」
「ああ、僕への好意は偽物だ。ただ、前の世界で命を救われた事実に酔っているだけにすぎない。一時の気の迷いに過ぎないってことを伝えただけ――」
パンッ――! と破裂音。ロイが加減をせずに殴ってきたことを、僕は防いだ掌の痛みを通して理解する。
「てめぇ、人の気持ちをなんだと思ってやがる」
「あれは、本当の気持ちなんかじゃない。たまたま、力を持っていた僕が、君達の近くに居たからに過ぎない。それに僕は、君たちを特別視しているわけでもなく、誰であっても助けていたよ。それが僕の、勇者としての役目だからだ」
「聞いて呆れるぜ。何が勇者だ、人の気持ちもわからねぇくせに……!」
ロイの空いているもう片方の拳が飛んでくる。僕は、それも軽くいなす。
「勇者……。前の世界で君にそう言われたことは、一度も無かったね」
「俺は、お前が勇者だなんて微塵も思っちゃいなかったからな」
「……なんだって?」
「ただの恋敵にしか思っていなかったぜ。だけど今は、それ以下だ」
ロイが、僕が抑えていた拳を振り払う。僕はどうしてしまったのか、虚をつかれたように、その拳を避けることができなかった。
「ぐっ……」
つー、と口元から血が滴る。口内を切ったのは間違いない。
「二度と百花に、近寄るんじゃねぇ」
「別に僕から近寄ったりはしていないんだけどね……」
去っていくロイの後ろ姿に向かって、僕はそう吐き捨てる。酷く口内が苦い。
うがいをして洗い流してしまいたいと、そう思った。
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