第30話 side episode:小鳥遊ロイ2
「……何をやっておりますの?」
ひどく散らかった足の踏み場の無い実の姉の部屋で、腰を手に当ててお怒りモードの姉ちゃんから、俺は説教を受けていた。事の経緯としては、俺が戦場を殴りつけていた所をこっそりと見ていたらしく、広間を出たところで首根っこを掴まれたというわけだ。
「別に、何も……」
そう、別にやましいことは何一つ無い。俺は間違ったことをしたわけじゃないのだから。つまり、説教をされる筋合いは無いわけで……。
「なんですの。お姉ちゃんに向かって、その反抗的な眼は」
「す、すま……いや、俺やっぱ、別に悪くねぇし」
俺は、眼に力を込めて、はっきりと言う。
「まったく……いいですの、殴るにしても限度があります。ゆうくん、口から結構な血が出ていましたわよ。加減も知らずに殴るのは、馬鹿のやることですわ」
「……戦場」
血が出ていたとか、そういう所まではしっかりと見ていなかった。あの時は、頭に血が昇っていたから。
「ロイあなた……あれだけのことを言っておいて今更、不安がってるんじゃありませんの。というか、アレなんですの『二度と百花に、近寄るんじゃねぇ』って。一つ屋根の下で住んでいる以上、絶対に不可能ですわよね」
「あ、あの時は、冷静じゃなかったんだよ……」
「まったく、しょうがない弟ですわ」
アシュリーは、母親みたいな顔をしてそう言う。俺は気恥ずかしくなって、思わず目を逸らした。
「ゆうくんの怪我の手当ては、透子に連絡してお願いしておりますの」
「そうかよ……て、ちょっと待て。じゃあ百花は一人なんじゃ」
「そうですわね。今は誰とも話がしたくないらしく、部屋にこもっておりますわ」
「……行かねぇと」
踵を返す俺の腕を、姉ちゃんが掴む。
「行って、どうしますの」
「それは……わかんねぇ、けど。ほっとけねぇんだよ」
「百花の事が好きだからですわよね」
「……そうだよ、わりぃかよっ」
顔が熱い、俺は姉ちゃんと目を合わせなくなって、視線を逸らす、が。
「悪いことではありませんわ」
姉ちゃんは、そんな俺の顔を両手で優しく包んで、無理やり視線を合わせてきた。
「なん……だよ」
「ワタクシは、ゆうくんも、百花も大事です。そして、それと同じくらい実の弟であるロイのことを大事に思っておりますわ」
「そんな気恥ずかしいこと……改まって言われなくても、わかってるっつうの」
「わかっていませんわよ」
「姉ちゃん……?」
姉ちゃんの眼は濡れていた。クマのこびりついた眼がきらきらと光っていた。綺麗だ、と我が姉ながらに思う。
「ロイ、あなたは自分を犠牲にして、百花を救う気ですわよね」
「別に、そんな気はねぇよ……」
「今、あなたが百花に会いに行って気持ちを伝えることが、どんな結果を生むのか。容易に想像ができます。ワタクシは、あなたのお姉ちゃんなんですのよ。……きっと、ワタクシもロイと同じ立場にいれば、そう行動したと思いますわ。今まで大事にしてきた人のために、今までずっと思っていた気持ちをぶつける。例え、それが自分に返ってくるような状況でないとわかっていても」
「な、なんだよその、俺が告って振られるみたいな言い方」
「誤魔化すのはやめますの。今そうすれば百花を立ち直らせられるかもしれないと、一番可能性を信じているのは、ロイ自身でしょう」
アシュリーは優しく微笑んでから、俺を抱きしめる。姉ちゃんに抱きしめられた経験なんて、幼い時以来だ。俺は長い、反抗期のようなものが抜けていないから。
「やってもいないことで、哀れむんじゃねぇよ」
「違いますわ……ただ、弟に傷つくような真似をしてほしくなくて、こうして抱きしめているんですわよ」
「そうかよ……好きにしやがれ」
俺は、姉ちゃんの頭を撫でる。姉ちゃんが顔を押し付けている俺の胸板が、しっとりと濡れていった。
程なくして、姉ちゃんが落ち着いた頃。ようやく俺の体から姉ちゃんは離れる。ただでさえクマがこびりついている眼が、更に腫れていて、バケモノみたくなっていたが、黙っておくことにする。
同じ栗毛色をした、俺とは違ってくせっ毛のあるショートボブを乱暴に撫でてから、俺は部屋の出口へと向かう。
「ワタクシは、悪いお姉ちゃんですわ」
「そうかもな。だけど俺は、悪い姉ちゃんで良かった、と心から思うぜ」
「ロイ……」
「こうやって、好きな女のために動こうっていう弟を、送り出してくれるんだからな」
俺は屈託無い笑顔で、そう告げる。
「……行ってらっしゃいですわ」
「おう、行ってくるな」
ありがとう姉ちゃん、俺が俺であるために、負けないように後押しをしてくれて。きっと、俺一人じゃ、負けていたかもしれない。
手が出るばかりで乱暴者な、不器用な弟だから――。
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