第31話 あたしと、ロイ。
あたしは強い女だ。このパーティメンバーの中で誰よりも家事ができるし、女子力だって高い方だ。だからこうして、一人暗い部屋の中で涙を流すのは似合わない。たかだか、好きな男に振られたというだけでこうなってしまう自分を酷くみっともなく思う。だから、早く泣き止んでくれ。
ぐずぐずになった視界で、部屋の照明が乱反射している。きらきらと輝いていて、まるでイルミネーションみたいだ。外から見えるあたしの泣きっ面も、それくらいデコレーションしてほしいものだ。
「ほんっともう、最悪……」
今まで、両親以外に見せたことのなかった泣き顔を見られた。アシュリーに、透子に、そして勇者に。あたしのプライドはもうズタボロだった。
「これからどうしよう……かしら」
勇者への思いはまやかしだと、当の本人に、そう否定された。きっと、あたしの事が嫌いだったのだろう。当然だ、ここまで生意気な女はそうそういない。いつだって周りのことよりも、自分のプライドを優先してきた。自分だけは周りとは違うと、優位に立っているんだと都合の良い解釈を――いや、あたしだけが傷つかないような解釈ばかりしてきた。そうやって、いつもいつも逃げてきたのだ。当然の報い、なのかもしれない。こうやって何の力も無いくせに、才能に恵まれた人たちの輪に寄生してばかりだし――。
「邪魔するぞー」
「っ!? ロイ?」
「電気も点けねぇで、なにやってんだよ」
ロイは、あたしの部屋の照明を点けた。あたしは、泣き顔を見られたくないよう顔を覆う。
「なに乙女の部屋に勝手に入ってきてんのよ。つか、鍵だって――」
「鍵はかかってなかったぞ。不用心だな、乙女ならしっかりしろよな」
「……ロイの癖に生意気よ」
「生意気で結構」
「なんなのよもう……用が無いなら出て行って、あたし今、そんな余裕はないから」
「用ならある」
「……どうせくだらないことでしょ」
「いや、大事なことだ」
「……何よ」
「百花に、告白をしにきた」
「はぁ……あんた何言って――」
冗談かと思った。だけど、泣き顔を隠すための手をどけて見える、ロイの顔と耳は真っ赤に染まっていて、眼は泳ぎまくっていた。あたしの知っている、ロイじゃないみたいだった。
それだけで、ロイはふざけているわけじゃないんだと、確信してしまった。
「……」
「な、なんなのよ。ったく……」
あたしも、顔に熱を感じてくる。気恥ずかしくなって、頬を掻く。
「も、百花」
「はっ、はい」
名前を呼ばれ、反射的にぴんと背筋が伸びる。
「俺は、百花が好きだ」
ロイは、あたしの眼を真っ直ぐ見てそう言う。目線を逃がすことはできない。顔だって、沸騰してるんじゃないかってくらいに熱い。だけど、あたしはしゃんとする。間違いなく、伝えないといけない。
「……ごめんロイ。あたしは、勇者のことが好きなの」
はっきりとそう言う。もう終わった恋なのかもしれないけど、あたしはずっと勇者のことを好きでいた。それは事実だ。あたしは、さぞかしバツの悪そうな顔をしているのだろう。
「ああ、知ってるぞ」
なのにロイは、いつも通りの生意気な顔をしていた。
「どうして……どうしてあんたは、知ってるって何……」
「てめぇが勇者のことが好きだってこと、俺は知ってたよ、ずっと」
「じゃ、じゃあなんで告白なんかするのよ、意味がわからないわっ」
「そんなの簡単だろ、俺が百花のことを好きだって伝えるのは別に自由じゃねぇか」
「負け戦に命を懸けるような真似……あたしには理解できないわ」
「あっそ。別に理解しなくていいぞ」
投げやりな態度のロイに、あたしはキツイ目を向けてしまう。それでも、ロイの芯は変わらなかった。
「人を好きになるくらい、自由でいいだろ」
ロイは、生意気にもあたしの頭をぽんぽんと叩いて、続ける。
「誰かを好きになることに、他人の意志なんて関係ねぇよ。俺が、百花とこれまで過ごしてきて好きだと思ったから、好きなんだ。これは、誰に文句をつけられようとかわらねぇよ、絶対に」
「ロイ……」
「俺みたいにな、勇気を出して告白したところで振られるかもしれない。だけどな、それもしょうがねぇ。ただ、百花が俺のことを好きじゃなかった――いや、恋愛対象としては見ていなかったってだけだ。そんだけの話なんだよ」
「だけって……あんたは辛くは無いの? あたしは、告白されておいて他の男の名前を挙げてるのよ? あんたのことを振ってるのよ。……どうしてそんなに、穏やかな顔のままなのよ……」
涙が出る。恥ずかしさや、悔しさや、温かさ。わけがわからなくなって、ただただ涙が止まらない。
「誰だって、好き同士から始まる恋愛はねぇだろ。絶対にさ、順番はあると思ってる。俺と百花の恋愛は、俺が先に惚れちまってただけの話だろ」
「いっ、意味わかんないこと言ってんじゃないわよ……」
メイド服の裾で涙を拭いていた。だんだんとうまく拭きとれなくなっている。
「……だからさ、てめぇが好きだってことを相手に伝えて、相手にも好きになってもらうために頑張る。恋愛って、そもそもこういうもんじゃねぇのかよ。俺は少なくとも、そう思ってるぜ」
ロイはハンカチを取り出して、あたしの涙を乱暴に拭う。
「だからな、相手に気持ちが伝わらなかった、相手と同じ気持ちじゃなかったって諦めるくらいなら、俺はそれを恋とは思わねぇよ。そんなの、食べ物の好き嫌いと一緒だろ」
「ロイ……」
「百花、大丈夫だ。自分の気持ちを信じられなくなったら、俺がお前を好きだって気持ちを信じてくれ。俺は、そうしてくれるだけでも充分嬉しい。大好きな百花は……俺の憧れた強ぇ百花にはな、泣き顔なんて微塵も似合っちゃいねぇんだよ」
ロイは、あたしの涙でびちゃびちゃに濡れた顔に触れてくる。それから、くいっと頬を上へ引っ張りあげる。ちょうど、笑顔になるように。
「笑え、百花。てめぇには笑顔がお似合いだ」
ロイの無邪気な笑顔に、あたしはつい鼓動が速くなるのを感じる。反射的なものだと、あたしは頭を振って、気持ち切り替える。
「まったく……生意気なのよ、ロイの癖に」
「おう、百花の自慢の弟子だからな」
無邪気で温かなロイの笑顔を見て、今までみたいに子供っぽいとかそういう感情は浮かばなかった。ただただ温かい人だと、幸せな気持ちだけが胸中に溢れていたから。
「……あたし、柄にもなく随分と腑抜けていたみたいだわ」
涙は止まっていた……ら、格好がついたかもしれないが、まだ少し出ている。それでも、大半は止まっていたので良しとしよう。
「ごめんロイ。あたし、勇者の所に行ってくる。あんたの師匠だって胸をまた張れるように」
「おう。負けんなよ、百花」
あたしは、ぐっと親指を突き立てる。気持ちの良い笑顔をつくって。
「文句の一つや二つ、言ってやろうじゃないの」
あたしは踵を返して、振り返ることなく部屋を後にした。何かを拭うような衣擦れの音の正体を、絶対に見ることがないように。
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