第27話 確保の果てに
その後、カーちゃんにこれ以上に不信がられるのもよくないと思い、あたし達はそのままお風呂を済ましてしまうことにした。長いこと緊張状態あったこともあり、浴槽に浸かっている時に馬鹿ほど気持ちよさを感じたのは言うまでもなく……。
充分にリフレッシュを済ましてから浴場を後にして、あたしとアシュリーは脱衣所で服を着ながら、しばし談笑。ちなみに、先に入浴していたカーちゃんは、既に自室へと帰っていった後だ。
「ゆうくんにカメラを見つけられていなくて、本当に良かったですわ」
アシュリーは、パーカーのポケットに盗撮で使用していた小型カメラをしまいつつ、嘆息する。
「こんなことなら、何も焦って取りに来る必要無かったかもしれないわね」
「ですわねえ。ゆうくんの全裸も見ることができませんでしたし……」
「あんた、あたしを見捨てて逃げたくせに、よく言うわね。あたし、忘れないからね」
「そっ、その節はまあ……。ですけど、遅いか早いかな違いだけで、ワタクシも見られることになるわけですし、そう邪険にしないでほしいですわ」
「たく……しょうがないわね。丸く収まったわけだし、今回だけだからね」
「相変わらず、百花はちょろいですわ(小声)」
「ん? 何か言った?」
「いえいえ、別になんでもありませんのよ」
作り笑いを浮かべるアシュリーを訝しみつつ、着替えを終える。腹立たしいことにブラジャーを留める時にてこずっていたために遅れていたアシュリーの着替えを待ち終えてから、連れ立って脱衣所の出入口へ向かう。
「今度から、こんなヘマするんじゃないわよ」
「わかっておりますわ。二度と贔屓にしてくれているお客様に迷惑をかけることはしませんの。それでこそ、プロというものですし。今後も、良い値での買取を頼みますわよ」
「任せないって」とあたしは胸を叩く。
「それよりも、刺激的な写真をばしばし頼むわよ。あんたのそういう才能、あたしは認めてるんだからね。そのためだったら、今回みたく助けてあげるのもやぶさかではないわよ」
互いの性癖を語りあって深まった仲というのは、とても強くて太いのだ。きっと、生では見ることができなかった勇者のあられもない姿も、いつか写真越しに眼にする時が来るのだろう。アシュリーなら、そう遠くない未来にやり遂げてくれるはずだ。
充足感を感じながら、あたしは引き戸を開ける。
「やあ、百花にアシュリー。待ってい――」
そして、引き戸を閉めた。
「……あたし、疲れてるのかしら」
「ワタクシもですわ。どうしてか、ゆうくんの幻が見えましたもの」
「「はっはっはっ―—」」
どっと笑ってから、再び引き戸を開けてみる。
「どうして閉めるんだい?」
びしぃっ!(再度、引き戸を閉める音)
「随分と凝った幻覚だったわね」
「一度、正気を取り戻すためにもお互いビンタでもしてみるのはいかがですの?」
「おっ、それいいわね。採用よっ!」
パンッ――パンッ――。
「痛いわ」
「ひりひりしますの」
「…………」
「…………」
「そういえば、さっき言ってたわよね。『贔屓にしてくれている客様に迷惑をかけることはしませんの』って」
「あら、百花もそういえば、『助けてあげるのもやぶさかではないわ』とかなんとか言っていましたわよね」
両者共に、動き出すタイミングは一緒だった。
「あんたが犠牲になりなさいよっ! プロなんでしょ、プロならやったことに責任を持ちなさいっての!」
あたしは、アシュリーを羽交い締めにして勇者に向けて突き出そうとする。
「あなただって、ワタクシの写真を買っている以上、同罪ですわ! おとなしくお縄につきますのぉ……!」
「あっちょっ、あたしのポケットにカメラを突っ込もうとするんじゃないわよ! それ、あたしんじゃないし! あたしんじゃないからっ!」
「じゃー今っ、たった今これはあなたに差し上げますの! 欲しかった写真がてんこもりですわよ、本望じゃないですのっ」
「はあ、君たちは本当に何をやっているんだ……」
ぎゃーぎゃー騒いでいる間に、いつの間にか引き戸は開けられていて、勇者が頭を抱えながら、あたし達に呆れた眼を向けていた。
2人で押し付け合うようにしていたカメラが、床にポロリと落ちる。
それを勇者は、「これは、君たちの仕業だったんだね」と拾い上げた。
言い方から察するに、バレていたということだろう。さーっ、と血の気が引いていく。端から見ればきっと、病人に見紛われるくらいに真っ白なのだろう。
「流石に、冗談で済まされるようなことじゃないのは理解しているよね?」
諭すように首を傾げる勇者に、あたしとアシュリーはゆっくりと首を縦に振る。
――――終わった。
「うおっ、ちょっと待てって心鏡っ」
どたどたと廊下を走る音がする。
「ロイさん、よくもあんな強引なことを……邪魔ばっかりして」
「いや、もとはと言えばてめぇが、あそこでとうせんぼをしてたからだろうが。いつもいつも、俺は風呂の時間を制限されてうんざりしてたんだよ」
ロイと透子が言い争いをしている声がする。どうやら、戻ってきたみたいだ。
「って、何してんの? お前ら」
「げっ、勇者さん……?」
不思議そうな顔をしているロイと、バツの悪そうな顔をしている透子。
「あっ、そういえば勇者。そこの透子は勇者の入浴の度に、引き戸に耳を当ててお楽しみになってたのよ」
あたしは、透子を指差してそう言う。思ったよりもすらすらと言葉出てしまった。いやあ、悪いわね透子。
「なっ、何を根拠に……。い、いえ、何を言っているかさっぱりなんですけど」
「ワタクシの見立てでは、透子のスマホを調べればいくらでも証拠は出てくると踏んでおりますわ」
糸目で表情のわかりずらい透子だが、眉がひくついているのが見て取れた。動揺が隠しきれていない。
「よくわからないけれど……。良い機会だから、少し話をしようか」
勇者は無慈悲にも、あたし達に有罪判決を下したのだった。
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