第14話 アシュリーの思い
「……どうしたのよ、突然?」
あたしは、できるだけ平静を装って応えた。くまをたっぷりつけた、アシュリーの眠気眼からは、真意がまるで伺えないからだ。
「今まで、こういった話題に触れて来なかったじゃありませんの。ですので、ここら辺ではっきりさせておいた方が良いかと思ったのですわ」
「はっきりって言われても……」
あたしは正直、正々堂々とここで宣戦布告なぞされたくは無かった。つまるところ、「ワタクシは勇者のことが好きですの。百花も同じ気持ちなのは、これまでの生活の中で嫌でも察しがついておりますの。ワタクシ、百花には負けませんの」みたいな。
あたしは、なんというか……そういうのが、苦手なんだと思う。今でさえ、もぞもぞっとした寒気みたいなのが体の芯からじんわり伝わってくるのを感じてしまう。
「ワタクシはゆうくんのことが好きですの。百花も同じ気持ちなのは、これまでの生活の中で嫌でも察しがついておりますの」
アシュリーは、栗毛色の癖っ毛を弄りながら、恥ずかしそうに続ける。あたしは内心、やっぱりそういうテンションで来るのかあ、と体の奥の寒気がどんどん全身に巡っていた。さあ来るぞ、とあたしは身構える。
「ですが、ワタクシは百花と違って、愛人としてゆうくんに好きになってもらいたいと思っていますの」
「…………は?」
えーと……今こいつ、なんて言った?
「何をきょとんとしているんですの?」
アシュリーは、固まるあたしを下から覗き込んでくる。パーカー越しでもわかる胸部の大きさが、尚のこと強調されていてうざい――って今はそんな場合じゃなくて。
「いや、だって。いつになく、真剣な流れだったじゃないの。だから……」
「だから、なんですの?」
「てっきり、宣戦布告みたいなことをされるんじゃないと……」
「ワタクシがそんなことするわけがないですわ。いったい何を勘違いしておりましたの?」
アシュリーは、まじで何言ってんだコイツ……。みたいなテンションであたしを蔑んだ眼で見てくる。が、言わせて欲しい。あんたこそ、「何言ってんだコイツ……」と。
「だ、だってっ、魔王軍との戦闘に明け暮れてた時なんか、『命の危機に瀕しますと、生き物として子孫を残そうという本能が芽生えますの』とかなんとかいって、透子まで煽って、えげつなくハレンチな服装で勇者の寝室に忍び込もうとしてたじゃないのよ、あたしは忘れてないわよっ。他にも――」
と、あたしは思いつく限りのことを例に出す。言い疲れる前に『待ちなさいよ、これじゃあまるでアシュリーが勇者のことを好きであってほしいみたいじゃないのよ。これじゃあ本末転倒よ』と我に帰ったところで、あたしは自分の気持ちをなんとか落ち着かせる。
「そうそう、そうですわよ、一度深呼吸ですわ。あなた、興奮するとすぐに早口になってまるでキモオタ……ああいえ、この表現は伝わらないのでしたわ」
馬を宥めるかのように、どうどうとアシュリーは手振りをする。
「なんとなーく、あんたがあたしを貶しているのだけは伝わってるわよ」
あたしが、身体を満足させるだけの酸素を取り込み終えた頃、アシュリーは居住まいを正すように軽く息を吐く。
「確かに、誤解を生んでも仕方の無いようなことは幾度としてきましたわ。ですが、ワタクシはさっきも言った通り、愛人のような立ち位置で構いませんの。信じられないと言うのでしたら、この長かった今日までの中で、ゆうくんに告白をしていないことが保証ですの」
「いや、そんなのタイミングだってあるし、そう簡単に時間がどうこうで言えるもんじゃないでしょ。大事なことなんだから」
「はて、そういうものでしょうか?」
アシュリーの天然っけを垣間見る。こんな反応は初めて見た。何かと頭の回転が速いアシュリーにこんな返しをされてしまうと、どうにも嘘を言っているようには思えなくなってしまう。
「……はあ、わかったわよ。とりあえず信じてあげる。それで、結局のところ何が言いたいのよ?」
アシュリーはいつになく真剣な眼差しになる。あたしは、どうしてかその眼を直視することはできなくて、視線を少しだけ落とした。
「ワタクシは、平和で争いがないこの世界で、大好きな仲間達とひとつ屋根の下で暮らす。そんなことができている今が幸せですの。……この生活がこれから先も一生続くなんてことは無いことはわかっておりますわ。ワタクシは、ワタクシの意志が今の生活を壊してしまうことの要因になるくらいなら、何もいりませんの」
アシュリーの言葉は物凄い勢いで、あたしの心に割り込んでくる。あたしは、言葉を返そうと、口を開けるが、アシュリーにそれは制される。半ば無理やりに、テンポが悪いことも承知の言葉を紡がれることで。
「といっても、透子はゆうくんに対して本当のところどう思っているかなんて、わかりませんけど。いかんせん、表情がすごくわかりにくい方ですので。ただ、好意を持ってることは確かだと、ワタクシも思っておりますわ。……おっと、もう家まで着いてしまいましたわね」
この世界でのあたし達の家。アシュリーは、屋敷の門を開き、すたすたと玄関へと向かっていく。あたしは、その後ろ姿だけで「この話は終わり」と言っていることが容易に察せられた。あまりにも、わざとらしい対応にあたしは少しだけ悔しくなって――。
「うそばっかり」
――そう、吐き捨ててやった。
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