第13話 買い物帰りの糸目の透子

 鮫島さんの案内のもと、校舎内をくまなく回ったあたし達(途中で昼食休憩も設けてくれていた)。思ったのは、この校舎かなり広い。生徒の数に対して教室なんかの割合がやけに多いように感じた。なんでも、廃校になりかけていたのも「生徒のための設備を整えすぎてしまったから」ということらしい。鮫島さんは、見た目に似合わず、随分と子供想いみたい。

 そんなこんなで、歩き回り終わった頃には、とっくに日が暮れかけていた。


「今日はご苦労様でしたわ、歳三」


 労いの言葉をかけるアシュリーに続き、あたしも「ありがとうございました」と頭を下げる。


「いえ、とんでもございませんでやす。理事長やそのご友人の頼みとなれば、私はいつでもお力になりやすんで」


「そこまで畏まらなくたっていいですわよ。ワタクシにとってもメリットがあることだから、といったでしょうに」


 困ったような笑顔を返す、鮫島さん。相当、アシュリーに恩義を感じているみたいだ。これが完成された主従関係……と目におさめていると、カーちゃんがたったったと鮫島さんへと駆け寄る。


「今日はとーっても楽しかったぞ!」


 カーちゃんは満面の笑みで、そう告げる。見ているこっちまで晴れやかな気持ちでいっぱいになるくらいに。


「……っ!」


「また、来てもよいかの!」


「へいっ。勿論でやす!」


 「約束じゃぞ」とカーちゃんと鮫島さんが指切りげんまんをする姿はとてもほほえましくて、なんだか暖かい気持ちになった。


***


 夕暮れの中、屋敷への帰路。道すがらの紅葉は、1つ1つの境界線が光の加減で殆どわからなくなっていた。通りすがったスーパーの店先には、夕飯の買い出しに来ているらしい主婦層が散見される。


「あれって、透子じゃない?」


 主婦層の中に、明らかに若く、更には馬鹿みたいにでかい乳を携えた、深い緑色をしたさらさらロングヘアの女が、ぱんぱんになった買い物袋を両手にひっ提げているのが見えた。あたしの眼が黒い内は、絶対に見つけられる自信があるわ、勇者をたぶらかす乳牛め……。

 ちなみに、朝みたいなハレンチ極まりないベビードールを着たまま街中を出歩く程の非常識さは無く、ロングスカートに落ち着いた色のブラウスといった、大人っぽい雰囲気の様相だ。


「おーい、透子ー」


 カーちゃんが呼びかけながら手を振り始めたところで、透子もこちらに気づいたらしい。落ち着きはらった様子のまま、合流してくる。


「あら、偶然ですね。どこか遊びにでも行っていたんですか?」


「遊びだったら、透子も誘っていますわよ。今日はカーちゃんと百花を、ワタクシが運営している学校へ案内しておりましたの」


「なるほど。そのうち私も案内してくださいね。通う前に、一度は下見に行きたいです」


「透子ってば、アシュリーの学校のこと知ってたの?」


「知ってましたよ。なんでも、校長先生に挨拶をする時に、身内が一人居た方が怪安心するだろう……とのことで念のため、お姉ちゃん役をさせられたりしてました」


 確かに、うちのパーティメンバーの中で一番しっかりしていそうな雰囲気があるのは透子だ。

 だけど、透子にも欠点は当然ある。透子は料理ができないのだ。そのため、屋敷の買い出し担当だったりする。今もその真っ最中というわけだ。


「透子よ、重いであろう。買い物袋いっぱいじゃぞ」


 カーちゃんは、ひょいと透子から一つ買い物袋を取り上げる。


「カーミリアさん、ありがとうございます。でも、自転車で来ているので大丈夫ですよ」


 透子は相変わらず、表情の違いが分かりにくい糸目のまま、ささやかに微笑む。続いて、何かを閃いたようで。


「そうだ、カーミリアさん、せっかくですし、自転車の後ろに乗っていきませんか?


「妾が乗ると、尚更重くなってしまうぞ。大変ではないか?」


「買い物袋を持ったまま歩くよりも、自転車に乗せてさっと帰った方が楽ですし、ついでに話相手になってほしいので。それと、体重については大丈夫ですよ。そこのお二方ならともかく、カーミリアさんは軽いので」


「誰がデブですってっ!」「そうですわ、ひどいですわ」


「デブとまでは言っていないんですけど……。あと、アシュリーさん、百花さんを面白がって囃し立てないでくださいね」


 ぺちん、と透子のデコピンがアシュリーへ飛ぶ。アシュリーは「ひどいですわあ」と。透子の前ではちょっと子供らしくなるのだ。あざとい!

 

 ……ほどなくして。


「それでは、先に帰っていますね」


「気をつけて帰ってくるんじゃぞー」


「あんた達も、二人乗りなんだから気を付けなさいよ」


「しばしグッバイですわ」


 カーちゃんを乗せた透子は、てきぱきと自転車を濃いで行く。あっという間に、背中は見えなくなっていった。ロイの晩御飯の仕込みが始まる頃だから急いでいるのだろう。


「それじゃあ、あたし達ものんびり帰ろうか」


「そうですわね」


 それから、あたしとアシュリーはなんでもない話をぽつぽつとしながら帰路を辿る。さっきまで大所帯だったからか、会話が途切ることはないものの、なんだか静かに感じる。ちょっと切ない気持ちにもなってしまったり……。

 アシュリーも若干、その気があったのだろうか。なぜかって?


「百花は、ゆうくんのことが好き……なんですわよね?」


 アシュリーが不意に恋バナを持ち掛けてきたからだ。



 



 



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