第2話 モブキャラ人生の終わり

 あたし達の名前を一通り呼んで、噛みしめるように王様は頷いた。


「これより、褒美を授ける。皆の者、平伏せよっ!」


 楽器団も来ていたのか、荘厳な音楽が流れる。「〇〇のおな~り~!」といった調子で。


「ちょっとあんた、平伏よ、平伏っ」


 あたしは、王様の支持を無視してぼったちしていた右となりロイの頭を引っ掴んで無理やり下げさせる。


「ちょっ、今日の髪のセット、結構いけてたんだぞ」


「うっさいわね、いつもとたいして変わんないわよ」


「……めっちゃ気合いれたのに(超小声)」


 ロイってば頭だけじゃなくて、肩までしっかり落としてる。やっぱ、やればできるじゃないの。関心するあたしの左隣で、アシュリーがぽしょりと呟く。


「……ロイ、相変わらず健気ですわね」


「何の話?」


「いいえ、別に。なんでもないですわ」


 別に、って言うくらいなら言うんじゃないわよ。……まあいいわ。それよりも、ご褒美よ、ご褒美。あたしは顔がにやつきかけるのを必死に堪える。


「親愛なる女神エリスよ、勇者を踏破したこの者達に奇跡を!」


 号令と共に、王様とあたし達の間に一本の光が立つ。眩い光が放たれ、目が眩む。次に目を開けると、突如として一人の少女が現れていた。


「ふえぇ」


 光の中から現れた少女は、怯えた声を出しながら、情けない顔で立ちすくんでいた。あろうことか、この世界を担当している女神だったりする。


「相変わらずですこと。まあ、ワタクシも同じ立場だったらそれなりに緊張はしてしまいそうですけど」


 膝をついたままのアシュリーが、小声で呟く。いかにも知っている風なのは、理由がある。実を言うと、最前線で活躍していたパーティともなれば、女神との交流はそれなりにあったのだ。奇跡を起こせる存在なら、世界を救って欲しいと当然にも思った。しかし、人間が立ち向かうべき問題に関しては天界の掟上、奇跡を行使することはできないだとか。特例はあるとのことだが、今から与えられるご褒美がそれに当たる。


「む、むぃごとっ!」


 透き通るような白髪に、病的なまでに白い肌を持った、いかにもな神秘的さを持ちえた女神様。だけど、内股でへこへこしながら、しょっぱなから噛みちらかされると、台無しだ。というか、大の大人たちがこんな見るからにへっぽこな女神様を崇めていていいのか。こんなことだから、世界が滅ぶ寸前まで行っちゃったんじゃないの?


「ひ、ひぇぇ。えっと、あの……。そうだ、ちゃんと書いてきたのでした」


 女神様——涙目のエリスは、純白のワンピース(これ以外を着ているのを、あたしは見たことがない)のポケットから、メモを取り出す。


「このたびは、まおうをとうば、とうばつしたとのことで、よくできました。とくべつに、めがみからほうびをあげましょう」


 呆れてしまう程に、棒読みだった。


「ほうびんのないようは、もんすたあもまほうもそんざいしないせかいにいきたい、です。それで、大丈夫ですか、ぃ勇者御一行様……?」


 メモをなんとか読み終え、エリスはちょこっと涙を落としながら、あたし達のリーダーである戦場勇者いくさばゆうしゃへと確認のため目を向ける。


「はい。相違ありません。女神様」


 ふん、相違あるわけがないわ。だって、あたしが提案して決めたんだもの。『モンスターや魔法が存在していない世界に行きたい』これは、命の危機に何度も瀕してきたあたし達にとって魅力的な提案であることは間違いない。安全に暮らしたい、これは生物としての本能だ。


「本当に行ってしまわれるのか……。魔王は潰え、平和な世界になったのだ。これまでの成果もある、不自由のない裕福な生活を約束するというのに」


「確かに、それは魅力的な提案に違いありません。ですが、僕達はもっと色んなもの見てみたい。そう思ったのです」


 勇者がぴしゃりと言い放つが、これは建前だったりする。

 『実のところ、あたし達は魔王を踏破したとはいえ、それだけ多くの仲間や家族を失った。きっと、この世界にいれば、その事実がずっと付き纏って、立ち止まることも多いだろう。心機一転、住む世界を変えるというのも手。きっと、遠い空の彼方に消えて行った人たちもそう思ってくれるはず……』

 そういうふうに、あたしはこのパーティの皆に提案したのだ。ちなみに、あたしの両親は至って健全だ。目的のためなら手段を選ばないのが、佐藤百花さとうももか流なのだ。


「……うむ。承知した。エリス殿、初めてくれ」


「は、はぃぃ……。てぃっ」


 どこからともなく、おもちゃみたいなステッキを取り出して、エリスはそれを、あたし達に向けて振るう。すると、大きな魔法陣が足元に展開された。


「こ、これより、女神エリスの名の下に、この世界を救った勇者一同に女神の褒美を授けましょう。『ワールド・テレポーテーションっ』」


 エリスが魔法陣を起動する。さっき、エリスが現れた時の非じゃないくらいに眩しい光が、あたし達の包む。もう誰も、目を開けやしないだろう。あたしは、堪えていた笑みをやっと解放する。


「よくやったわ、エリス。最高の女神だわ……ふふふふふふふふ」


 光の中、あたしはつい言葉を漏らす。構いやしない、もう視界どころか、音すら満足に捉えられる状況ではないのだから。


「平和な世界。そんなものはどうせ、五万とあるのよ。あたしが求めるのは、モンスターと魔法が存在しない世界!」


 マインドコントロール使いの心鏡透子こころかがみとうこ、ポーション調合マスターの小鳥遊アシュリー《たかなしあしゅりー》、吸血鬼のカーミリア・ナハツェーラ・サード―—、あんた達が今までどや顔で使ってきた能力は、これから行く先の世界では無価値。だって、そんな概念は存在しないのだから!


「つまり、あたしみたいな何の能力も無いただの街娘と同等の『ゴミ』に成り下がるということよっ!」


 あたしの目的はただ一つだ。


「ヒロイン全員が平等な世界で、あたしは勇者と結婚してみせるわっ!」


 よくもこれまで、あたしをモブ扱いしてくれたわね。覚悟なさい、あんた達も晴れてモブの仲間入りなんだから!


 こうして、あたし達パーティメンバーは、モンスターも魔法も存在しない世界――地球という星の日本へと移住したのだった。




 


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る