第7話 小鳥遊アシュリーの部屋

 まあ、待って欲しい。別に苦し紛れにアシュリーに話題を振ったわけではない。アシュリーは、この世界の情報について最も詳しいのだ。パソコンだって自作でくみ上げちゃうし、機械類にめっぽう強いのだ。っていう、言い訳を思いついたのは、こうしてアシュリーの部屋へと向かう道すがらだったりするわけだけど……まあ、終わりよければ全て良しの考え方でいこうじゃないの。


「ふむう。そういうことなら一理あるのう……」


 この通り、カーちゃんも洗脳——もとい、納得済みだ。素直なのは良いことよね!


「アシュリーいるー?」


 こんこんと部屋をノックすること、しばし……。


「寝ているのかの」


「っぽいわねえ」


 試しにドアノブに手を掛ける。どうやら鍵は掛かっていないらしい。


「入るわよー」


「お邪魔するのじゃ」


 一応、声を掛けながら部屋へと入る。

 アシュリーの部屋は、大半がパソコンの周辺機器や衣類で溢れかえっている。床は当然ながら底なぞ見えず。……デスクにはエナジードリンクの空き缶が大量に放置されていた。


「足の踏み場もありゃしないわね」


 女としてこの部屋の評価をつけるならば、女子力0。


「どこかへ出かけてしまったのかの」


 確かに、ぱっと見ではアシュリーの姿は見えない。


「いいえ、カーちゃん。あれ見なさい、パソコンでゲーム画面が開きっぱでしょ」


「ふむう。ほうほうこれがげーむか」


 デスクトップパソコンに繋がっているトリプルモニター、その一つにFPSらしきゲームが移っていた。カーちゃんはあまり触れたことがないのだろう。ちなみにあたしは、借りてやってみたことがあるが、全然ダメだった。あんな反射神経がものをいうゲーム―—あたしには到底できそうにない。


「つまりね、カーちゃん。ここらへんの衣類をこうしてひっぺがすと――」


「……ぐぅ」


「ほら、アシュリー居たでしょ?」


 栗毛色のくせっ毛を、だらしなく寝ぐせまみれにしながら、アシュリーは衣類に揉まれて爆睡していた。——寒かったのだろうか、パーカーをすっぽり頭まで被って。


「なんと……」


 アシュリーを見つけるにはコツがあるのだ。散らかっている衣類の中でも最も厚みのある服が散乱している場所——そこを狙ってひっくり返せばこうやって出てくるのだ。いや、この女は石の裏にいる虫かなんかか。


「アシュリー起きなさいってば」


 軽く身体をゆする。マシュマロボディの身体がむちむちと蠢く。胸が大きいのが腹立たしいので、割と強めにゆすってやる。ええい、揺れんなおっぱい。あたしも揺れるくらい欲しいのよっ!


「ん。……あら、百花とミリアちゃんじゃないですの。おはようですわ」


 めちゃくちゃに眠そうな顔で、目元に深いクマを付けたままのアシュリーが朝のご挨拶。別に、今日だけ夜更かしをしていたとかではなく、これは平常運転だ。


「もうお昼前の11時よ。おはようの時間は、とっくに終わったの」


「あら、それは失礼」

 

 アシュリーは起きる時間こそ遅いが、寝起きは良い。現にスタスタと歩いて冷蔵庫の扉を開け、真四角の容器を取り出した。見覚えがある、あれはロックアイスの入っていた箱だ。ついでに、ストローなんかが伸びている。


「なにを飲んでいるのじゃ?」


「あら、これはまだカーちゃんには早いわよ。お酒とエナジードリンクを1:1で割った最高にキメれる飲み物ですの」


 前の世界では、戦士なら喉から手が出る程に欲しがるポーションを調合していた、『ケミカルマスター』の彼女だったが、名折れもいいところだ。


「そんなどぎついもの、朝っぱらから飲んでんじゃないわよ……。体壊すわよ。なんのために、あたしが毎日の献立の栄養価をいちいち考えていると思ってるの」


 こんなにもカフェインたっぷりのアルコール飲料よりも、身体に悪い飲み物があるというのなら教えて欲しい。あたしには、到底想像がつかない。


「けぷ。あら失礼、げっぷがでてしまいましたの」


「女子力っ! もーちょっと女の子としての自覚持ちなさいよっ」


 これが恋敵だと思うと自分が情けなってくるわ……。ほらあ、カーちゃんだってちょっと引いてるじゃないの「うへぇ……」って。


「それで、何の話かしら。まだ生写真は――」


「あー! ストップ、ストップ! 今日はそれじゃないから!」


 あたしは、アシュリーの口を慌てて塞ぐ。


「なまじゃしん?」


「ううん、なんでもないわよ、カーちゃんは今すぐその単語忘れてねー」


「……ふむう。なんじゃか、百花の顔が怖いぞ」


 危ない、危ない。危うく、供給が立たれるところだった。これについては、またカーちゃんが居ない時に詳しく、ね。


「……ぷは。それで、ワタクシに何か用があったのではなくて?」


 アシュリーはあたしの手から離れると、疑問を口にする。そうそう、話題をしっかりと本筋に戻そうじゃないの。


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