第8話 まるでお母さんのようで

「実はかくかくしかじかで――」


 あたしは、アシュリーにこれまでの経緯を説明する。


「なるほど……この世界における最強について……ぷふっ」


「ちょっとあんた、こっちは真剣なんだからねっ」


 それに、あたしが言いだしっぺじゃないし! カーちゃんだし!


「アシュリーは何が面白かったのじゃ?」と、カーちゃんは金髪ツインテールをこてっと傾けている。


「ごめんなさい、ワタクシも随分とこの世界に馴染んできてしまったみたいですわ」


 アシュリーはカーちゃんの頭をぐしぐしと撫でる。


「妾を子供扱いするでないぞっ!」


「いつもいつも舐めきった態度ばかりとるでないっ」と、カーちゃんはアシュリーの腕を払いのける。若干、照れながら。なんだかんだ、あんたアシュリーに撫でられるの好きでしょ。


「でもあなた、肉体的には成熟してるかもしれないけど、実際に意識があった期間は7、8年くらいじゃなくて?」


「む、むぐぅ……。うっさいのじゃぁーっ」


 そういえば、身体に比べて魔力が強大すぎるとかなんとかで、身体がある程度しっかりしてくるまで眠らされてたとかなんとか。不老不死じゃなかったら、身体はおばあちゃんで頭脳は子供などこぞの名探偵みたくなっていたに違いない。


「アシュリー、その辺にしときなさいよ。カーちゃんが可哀想じゃないの」


「あら、ワタクシとしたことが。つい、興が乗ってしまいましたわ。ほんとごめんなさい、ミリアちゃん」


「妾を哀れむ出ないぞぅ……(ぷくーっと頬を膨らませながら)」


「虐めるのも飽きましたし、それじゃあミリアちゃんの相談についてちゃんと考えることにしようかしら」と、アシュリーはすっかりお冠のミリアの頭を撫でつつ、パソコンデスクに腰を下ろす。そうして、一つの動画を再生し始めた。


「なんじゃ、これは」


「スーツを着た人達が、話合いみたいなのをしてるわね。なんか、怒ってる感じの人もいるじゃない」


「ええ、これはこの国——日本の大事なことを決める話し合いをしているところですわ。会議と言うんですの」


「ふむう。かいぎ、とな」


「この世界では、肉体的に優れている人が権力を握っているわけではないんですの。相手を論破する能力が高い人間が権力を握っているのですわ」


「ろんぱ……?」


「要は、さっきのワタクシとミリアちゃんの問答みたいなことを言いますわ。ミリアちゃんがさっき論破されたように、ああいう時に言葉だけで相手を負かすことができる能力が高い人がこの世界を牛耳っておりますの」


「わっ、妾は負けておらぬぞっ」


「負けていましたわ」


「妾が負けるなどあってはならないのじゃ。それも、一介の人間如きに」


 カーちゃんは俯きがちに、反論した、が。


「だってあなたの発言は、全く論理的では無かったもの。ただ、文句を言われたから感情の赴くままに口を開いていただけにすぎなかったですもの」


「ちょ、ちょっと、何もそこまで言わなくてもいいじゃないの」


 あたしは慌てて仲裁に入る、が。

 アシュリーに黙ってて、と手とクマだらけの眼力で制される。おそるおそる、カーちゃんを見ると、オーバーサイズ気味なTシャツの裾をぐっと、小さいおててで握りしめていた。見れば、ぽたぽたと涙まで落として。


「どうすれば、強くなれるの、じゃ。この、ひっく。しぇかいで。妾は……なひをもくひょっ……に、しゅれば……」


「カーちゃ――」


「ミリアちゃん、大丈夫ですわよ」


 アシュリーは、椅子から降りると、カーちゃんを抱き寄せる。


「そんなに焦らなくてもいいんですの。ちゃんと、ワタクシがカーちゃんが夢中になれるようなこと見つけて差し上げますから」


「あっ、あしゅ、あしゅりぃぃっ……」


 ずび、ずびびびとカーちゃんは洟を鳴らす。あたしは、前の世界でも見たことが無い、カーちゃんの泣き顔を今更になって初めて見た。


 カーミリア・ナハツェーラ・サード、3強の種族の一つである吸血鬼の一人で、頼りがいのある小さくも大きかった背中はもうここには無かった。


 どうしてか、胸の奥がちくりと痛くなって、あたしはこの場から逃げたいような、逃げたくないような、変な気持ちになった。

  



 

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