第5話 中二病ではありません

 朝食後、ロイと一緒に食器を洗い終えたあたしは、カーちゃんの部屋へと向かっていた。廊下には、埃一つ落ちてやしない。流石は勇者――あたしの将来の夫だ。

 この屋敷は、あたし、勇者、透子、カーちゃん、アシュリー、ロイの6人が住んで尚、まだまだ余裕がある程に広い。現に、一人一部屋ずつ使用していても、空き部屋があるくらいだ。そのため、廊下や庭も相当に広い。あとは、お風呂場も。その諸々の掃除の全てを勇者は請け負っているのだ。初めは、あたしも手伝う予定だったけど、突っぱねられてしまった。「僕は掃除が好きだから、任せてくれ」と。惚れている男に「任せてくれ」とか言われたら、無理言うことなんてできないわ。あぁでも、掃除を口実に一緒にいる時間増やそうと思ってたのになぁ……。

 と、うだうだと後の祭りを掘り返しているうちに、いつの間にやらカーちゃんの部屋の前へと着いていた。


「カーミリア・ナハツェーラ・サードの名において命じる。深淵の淵より蘇りし竜よ、我が呼びかけに応じよっ!」


 扉の向こうから、聞きなれたフレーズが廊下まで漏れていた。あたしは、扉をノックする。「おーっ」と言う返事と共に、とてとてと足音。追って、ひょっこりと金髪ツインテールが覗く。


「百花か。いらっしゃいなのじゃ」


 くりくりとした紅色と琥珀色のオッドアイで、カーちゃんはあたしの事を見上げつつ出迎えてくれる。


「カーちゃん、おじゃまー」


 カーちゃんの部屋は、流石は元吸血鬼といった感じで、赤と黒を基調にした、奇抜な雰囲気の家具で統一されている。ただ、これはこれでオシャレだと思う。あたしは結構好きだ。特に、ソファ。この真っ赤なソファほんとフカフカで気持ちが良い。


「百花は本当にそのソファが好きじゃのう。そんなに欲しいなら、おぬしに貰っていってもよいぞ」


「いいのいいの。たまに座ってくつろぐ感じで。でないと、あたし一日中このソファアから動かないで料理も洗濯もしなくなりそうだわ」


「それはお腹が空くから嫌じゃのう」


 カーちゃんは少し困った顔をする。そーかそーか、そんなにあたしのご飯は美味しいか。そうでしょう、だって勇者のために研究に研究を重ねて、スキルアップしたんだから。


「そういえば、廊下まで声が漏れてたけど、何かやってたの?」


「ふむう。聞こえておったか」と返すナハツェーラに、あたしはうんうんと頷く。


「この世界に来たことで、妾の右手も静まりっぱなしじゃし、右眼も一切疼きもしないからのう。なんじゃか、寂しくての……」


 この世界でなら、こんなセリフを吐けば、やれ中二病だなんだという感じだろう。だけど、以前のカーちゃんは右眼が邪眼だったし、右腕には眷属として竜を一頭飼っていたので、これは紛れもない事実なのだ。扉越しに聞こえていたあのフレーズは、それらを呼び出す決めゼリフだったりする。


「ああいや、違うぞ。このような平和な世界に来ることは、妾自身が望んだことじゃ。別に百花を責めるつもりは一切無いのじゃ――」


 カーちゃんがあたふたと焦る。こういうこともあって、きっと勇者相手にも言いづらかったのだろう。


「気を遣わなくたって、あたしは平気平気。それにね、住む環境が変わる前に、変わった後のことなんてわかるわけないじゃないの。変わってから、問題が全く浮上しないだなんて、このあたしが全く想定してなかったと思う? 覚悟の上だったわよ」


 とまあ、ここまで言えば話やすいでしょう。さも、カーちゃんのことは分かってるいるし、あたし自身も問題が起きることは把握済み、という的確なフォロー。だけど、あたしは勇者を落とすためならなんだってするわ。周りの何を犠牲にしたってね

。カーちゃんを手助けすることは、あたしの目指す道の障害にはなりえないわ。


「……百花ぁ」


 ぎゅーっと、カーちゃんが抱き着いてくる。小柄なカーちゃんに抱き着かれると、なんだか子供を持ったような気になる。


「うーんと、だから言ってみなさいよ? 悩んでること、あるんでしょ。この百花様に任せなさい」


 あたしは意気揚々と胸を叩いてみせる。いやほんと、涙目で上目遣いはダメージが強すぎるわね……。あたしもそのスキル欲しいんだけど。

 カーちゃんはずずっ、と洟を鳴らして、目元をごしごし。


「この世界における最強とはなんじゃと思う?」


 カーちゃんは、これまた中二病っぽいことを言っているけど、もう一度言わせて欲しい。……断じて、中二病では無いと。

 

 

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