第19話 親愛なる神、アシュリー

 昼食後、ロイと一緒に食器類の片づけを終わらせたあたしは、わくわくが止まらないぜとばかりに、早足でアシュリーの部屋へと直行していた。


「よく来てくれましたの。同志、百花」


 アシュリーはパーカーを目深に被り、散々散らかっていて足の踏み場の無い部屋の中心に、衣類を座布団代わりにして鎮座していた。向かいには、ここに座りなさいとばかりに、若干の衣類が積まれた場所がある。あたしはそこに腰を下ろしてから思う、皺とか気にしないんだろうか、この子はと。


「前回の取引から随分と日が開いたじゃない。供給が少なすぎて、流石のあたしも限界が近かったわ……」


「そんなに目を血走らせて……慌てなくても逃げませんわよ」


 アシュリーは、脇に置いていた写真の束を裏向きのまま、あたしの前に並べる。その光景に、あたしは生唾を飲みこむ。


「……っ」


「じゃあ、行きますわよ」


 並べられた写真は、5枚。これが今回のブツということになる。左端から順番にゆっくりと焦らすように捲られていく。中央にある1枚を除いて。


「す、すばらしいわ……」


 表向きに捲られた写真に写っているのは、あたしの愛しの人である戦場勇者の写真だ。もちろん、1枚たりともカメラ目線のものは無い。盗撮写真と言えなくもない……うん。あたしは、アシュリーが撮影した勇者の写真を定期的に購入しているのだ。カメラという時間を切り取る機械を発明した、この世界の偉人には是非とも土下座くらいはさせてほしい。


「喜んで頂けて何よりですわ。今回は長めに時間を取って、ベストアングルからの撮影を心掛けましたの。どれも、自慢の一品ですのよ」


「やばいわ、アシュリーさんまじやばいわ」


 ベストアングル――まさしくその通りで、浮いたシャツの隙間から若干の肌色が覗いている際どい写真から、遠い眼をしていてカッケェがすぎる映えまくっている写真まで……。あらゆる用途を網羅している珠玉のラインナップだった。だというのに……。


「まだ、興奮するのは早いですわよ」


 アシュリーが、中央にあるまだ裏返ったままの写真に手を掛け、写真の端を弾き音を立てて煽ってくる。

 あんたっ……! これだけのラインナップを用意しておいて、まだ上があるっていうの……っ!?

 あたしの心臓はハートブレイク直前だった。胸の鼓動が、火ぐらい吹いてもおかしくない程に爆速で鳴っている。


「はっ、はははやく捲りなさいよっ……はやくっ!」


「良い顔になってきましたわね」


 アシュリーが嗤う。きっとあたしは、とてもじゃないが人様に見せられないような顔をしていることだろう。湯だった頭で、あたしの脳裏には昼食時の、アシュリーからハンドサインで伝えられた「(正直、犯罪級ですの)」という言葉が反芻されていた。


 最後の1枚がアシュリーによって捲られる。そこに映っていたのは、写真の8割が肌色という衝撃の1枚。


「これは……っ!」


「本日の目玉商品、タイトルは『浴場での一幕』になりますわ」


「『浴場での一幕』……っ!」


 あたしは、床に顔が着くくらいまで頭を下げて、写真へと眼を近づける。それは文字通り、勇者がお風呂に入っている写真に他ならなかった。緑色のぼやけた線で局部が隠れている辺り、おそらくお風呂場にある観葉植物に小型カメラを仕掛けたのだろう。


「我ながら、才能の恐ろしさを感じてしまわざるをえませんわ」


「アシュリー、あんた天才よ。世界中の誰がなんと言おうと、こんな写真を撮れるやつ他に居ないわ。あんた、ホンモノよ……あたし、産まれてきてよかった……お母さん、お父さんありがとう……」


 あたしは、感極まって涙目になりつつ、前の世界でのびのびと暮らしているであろう両親へ思いを馳せる。


「これだけ喜ばれると、カメラマン冥利に尽きますわ」


「ここまで過激な写真見たことないわ……これが犯罪級……ごくり」


 今までのアシュリーが提供してきた写真たちには、あたしの劣情を煽る写真はいくつもあった。しかし、これ程までに肌色成分の多い写真は今回が初だ。ついにここまで……。


「アシュリー、あんたさては神ね」


「おわかりになりまして? これが神の持つ権能ですわ」


 あたしは、前の世界で微妙に世話になったエリスの頼りがいの無い泣き顔を思い出す。あんなのは神じゃない、神はあたしの目の前にいたのだ!


「そ、それでこの写真いくらなのよ。いくらでも払うわ。例え、今月のお小遣いが消えようとも……っ! あたしは勇者の肌色写真が欲しいっ!」


 あたしは持ってきていた財布をメイド服のポケットから取り出す。がたがたと手を揺らしながら。写真の刺激が強すぎて、もう辛抱たまらない……っ。


「今回は特別に、無料で差し上げますわ」


「な……にっ……て?」


「百花、あなたちょっと落ち着いた方がよろしいと思いますわよ。涎が……」


「だだだ、だって、タダとか言うから! 嘘、嘘でしょ?」


「本当ですわ。ワタクシは、神ですわよ。お得意様に贔屓するのは当然ですことよ」


 あたしは、がしっとアシュリーの肩を掴む。アシュリーは相変わらずクマのついた眼でぬぼっと見つめ返してくる。


「あたし、あんたに一生ついていくわ、どこまでも……」


「天国だろうと地獄だろうとそれは変わりませんこと?」


「ええ、天国でも地獄でも。どこだって行くわ。あたし、あんたと友達で本当に良かった……!」


「じゃあ、ちょっと地獄まで付き合ってくれませんこと?」


「……ん? 地獄?」


「ええ。実はこのお風呂場の隠し撮り、バレそうになっておりますの」


「……」


「百花。どうして肩から手を離しますの」


 あたしは、今までアシュリーから受けたことのない握力で右腕を掴まれる。アシュリーはうすら笑いを浮かべていた。


「手ぇ、離しなさいよ! あたしまだ死にたくないわっ!」


「神に……逆らいますの?」


 アシュリーはあたしの腕を掴んでいない方の手で、スマホを掲げた。ボイスレコーダーのアプリが開かれていた。再生ボタンが押される。


『そ、それでこの写真いくらなのよ。いくらでも払うわ。例え、今月のお小遣いが消えようとも……っ! あたしは勇者の肌色写真が欲しいっ!』


「あたし、神には逆らうなってお母さんとお父さんから教えられてるのよね……実は……」


 あたしは、体中から冷や汗がつーっと伝う感覚に、身を震わせた。

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