第21話 side episode:カーミリア・ナハツェーラ・サード
昼食後、妾と透子は繁華街を歩いていた。雨が降っていたので、それぞれ片手で傘を差しつつ、もう片方の手では買い物袋を持ちながら。
「ごめんなさいね、カーミリアさん。私の仕事なのに、お手伝いをお願いしてしまって」
「何を水臭い事を言うのじゃ。生活用品やら食料品の買い出しというのは、元を辿れば、妾達にも関係があることじゃろう」
妾は、当然のことを当然に言う。だって、当然なのだから。
「そう言ってくれると助かります、カーミリアさん。自転車が使えない雨の日に、買い出しが多いと何度も往復をすることになるので、困っていたんです」
透子は感謝感謝とばかりにそう言うが、つい先日に妾は、透子の以外な一面をみていた。歳三に学校見学をさせてもらったあの日、帰り道で透子と合流し、自転車に乗せてもらい家まで帰ったのだが、自転車には妾とぱんぱんに膨らんだ買い物袋が2つ積まれているにも関わらず、透子はさして気にも留めず、あまつさえ鼻歌まで歌いながら屋敷まで自転車を漕ぎきっていたのだ。この細い体のいったいどこに、筋肉があるのかと、妾は疑問に思う。もしかすると、妾と同じ吸血鬼なんじゃ……というありえない疑問までも浮かぶが、すぐに霧散する。
雨対策で傘を持っていれば、物理的に買い物袋が持てないから、というだけの話だろう、とそう解釈することにした。
「こうしてカーミリアさんと二人で屋敷まで帰るのは、二回目ですね」
透子は、今しがた妾も思い出していた、学校見学の帰りの日のことを言っているのだろう。今でも、楽しかったあの日の記憶は鮮明なままだ。
「そうじゃのう」
「あらあら、カーミリアさんってば、本当に学校が好きなんですね」
どうやら、表情にまで出ていたらしい。妾も、少しは透子みたいなポーカーフェイスを身に付けたいなと思う。最近、ロイや百花が子供扱いをしてくる節があるからだ。全く、妾はあやつらより長く生きているというのに。意識があった時間はあやつらのの方が長いのは事実だが……。
「そうじゃぞう、妾は誰よりもかしこくなるのじゃ。そして、この世界で一番になるのじゃ!」
妾はびしっと、かつて眷属の邪竜を住まわせていた右腕を掲げる。
「応援しています」
透子は淡々と相槌を打ってくれる。
「透子は、何かこの世界でやりたいことはあるのかの?」
「やりたいことですか……」
そんなこと、考えたことも無かったとばかりに、透子は思い悩む。ややあって、透子は口を開く。
「強いていえば、前の世界で喋っていなかったことを皆で話す、でしょうか」
「ふむう、なんじゃかわかりにくいのう」
妾は、感じた疑問を素直に口に出す。「ごめんなさい、カーミリアさん」と、透子の糸目が気持ち申し訳なさそうに動いたように見えた。
「魔王軍との戦闘に明けくれていたじゃないですか、私達」
「ふむふむ」
妾は頷く。
「このパーティは、何度も色んなことを乗り越えてきた仲ではありますけど、考えてみると、ゆっくりお喋りしたことは無かったなと思うんですよ」
「そうじゃろうか? 毎日、魔王軍をどう攻略していくか作戦会議をしておったじゃないか」
「確かにそういう話はたくさんしましたけど、私が言ってるのは、殺伐とした話じゃないです。もっとこう、なんでもないくだらない話がしたいって言ってるんです」
「くだらない話のう……かかっ」
「む、なんで笑うんですか」
「すまぬすまぬ、堅物な透子から、そんな言葉が出るのがおかしくてのう」
ずっと一緒にいたパーティメンバーの誰に対しても敬語で話す、妾から見た透子の印象は堅物につきる。といっても、あの勇者程ではないが。
「……それにしても、雨だけじゃなく風も少し吹いてきましたね」
透子はいつからか、風向きに合わせて傘を若干だけ傾けて差していた。気づくのが遅れた妾は、肩周りが少し濡れてしまっていた。
妾は、傘を少しだけ傾けるが、うまくバランスが取れずにいた。買い物袋が重いせいだろう。
「うおううおう」
ふらふらとしていると、透子がすっと妾の持つ買い物袋に手を入れる。中身の一部を、透子は自身の買い物袋へと移したのだ。
「ありがとうなのじゃ、透子」
「どういたしましてです」
今日は早いところお風呂に入ってしまいたいなと考えているところで、一つ思い出す。
「そういえば、今日はお風呂掃除の日じゃったかの」
「ええ、お昼時に勇者さんが言っていましたね」
「ふむう」
お風呂掃除中の入浴は禁止となっているので、帰ってすぐ入るのは無理かもしれない……しかし、雨の都合となればお願いを聞いてもらえるかもと、妾は考えを纏める。そうこうしていると、傍らの透子の様子がどうもおかしくなり始めた。
「待ってください、今日はお風呂掃除の日ということはつまり……勇者さんの入浴時間も早まるということ。逆説的に考えれば、入浴時間が終わるのがいつもより、早いということに……」
「どうしたのじゃ透子? 突然ぶつぶつと」
「ああいえ、気にしないでください。私は別に何もぶつぶつなんて言ってません」
「そ、そうかの……」
正直、とても早口でよくわからない事を言っていたのは事実に他ならないが、本人が突っ込まれたくないと言うのなら、そっとしておこう。妾は大人なのじゃから、と想像の中で胸を張っておく。
「こんなゆっくりと帰っている場合ではありません……!」
透子が不意に妾の腕を掴む。それから、ぐいんと引っ張られる。
「ぬおうっ」
妾はまるで抵抗できずにいた、やはり透子の腕力は強い、と心裡で確信する。
「申し訳ありません、カーミリアさん。食料品類が今すぐにでも腐りそうですので、急いで帰らなければいけなくなりました」
「へぁっ、そうなのか!?」
「はい。間違いありません」
食料品の買い出しなぞ、妾はしたことが無かったので、透子に身を任せて、屋敷までの帰り道を、強く引っ張られたままで辿るのだった。
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