第22話 門番
数時間後。あたしはとアシュリーは、高い志を胸に、屋敷の廊下を歩いていた。向かう先は当然、お風呂場だ。時刻はだいたい、勇者がお風呂掃除を始めであろうタイミング。
「しっかりと身だしなみは整えてきましたこと?」
アシュリーは、分かりきった質問を戦友である、あたしに投げかけてくる。これは、挨拶に他ならない。
「当然よ、もうムダ毛の処理は済ましたわ。更に、下着はおろしたてよ」
あたしは鼻息を鳴らして、自慢げに胸を張る。
「見せるのは全裸なのに、下着まで新調してきたなんて、さすが百花ですわ」
「ふふん。だって、何かの間違いで脱いでいる途中に見られたら困るじゃないの。履きこなれた、だるんだるんの下着なんて見せたくないもの」
「ちなみに、タイプは?」
「Tバックよ」
「まあ、えっちですこと」
アシュリーは、したり顔でそうコメントする。あたしには分かる、コイツカマかけてるわね、と。
「その顔、アシュリーだって想定してないわけないわよねえ」
あたしは、アシュリーの尻を、できる限りイヤらしい手つきで撫でる。パーカーの下から覗く、短めのスウェット越しの感触から、薄く凸凹した感触を感じた。
「あんた、やるわね……」
「局部のぎりぎりのラインを囲うような下着――そう、穴あきパンティですわ」
アシュリーは得意げに応える。こういうところが、変態性の高い撮影技術に繋がっているのだろうか……。
そうこうしているうちに、目的地に近づいていた。
「さあ行きましょう、あたし達のエデンに」
「ええ百花。ワタクシ達は今日、伝説を見るのですわ」
お風呂場手前の曲がり角、そのコーナーを待ちきれないとばかりに、できるだけ内側を攻める。視界に広がるは、「ゆ」と書かれたのれん、そして――。
「あら、二人揃ってどうかしましたか?」
「透子……?」
そしてなぜか、透子が居た。
「き、奇遇ですわね、いったい何をしていますの?」
固まるあたしに変わって、アシュリーが当然の問いを投げかける。
「何を、ですか……」
透子は、困ったように考える。それから、
「なんとなく、立っているだけです」
「あー。そうなんですの、なんとなく立っているだけでしたのね」
「なるほどなるほど、とても簡潔でわかりやすいわねえ」
あたしとアシュリーは、よくわからない笑顔をつくって今しがたの透子の発言を反芻。
「(どういうこと……?)」
「(ワタクシに聞かれても困りますの)」
あたしとアシュリーは、ハンドサインでこっそりとやり取り。当の本人は「あら、これが手話というものですか? お二人とも凄いですね」と、なんとも呑気に微笑んでいる、のだろうか……? 糸目だから、さっぱり感情が読み取れない。
「わっ、わざわざこんなところで立っていなくても、いいんじゃない? もっとほら景色の見えるところとか……」
「そうですわよね、ここには窓もありませんし。退屈ですわよね」
透子は、相変わらず形容しがたい表情のまま。
「私がどこで何をしようと勝手じゃないですか。お二人こそどうして、お風呂場まで来ているんですか? 今日は、お風呂掃除の日と、勇者さんが言っていましたよね?」
「ぐ……」と喉まで出かかるが、ぐっと堪える。あたし達が理由を離さない限り――いや、もしかすると透子はそれでも理由を話さないかもしれない。いったい何を考えてるのよ。
深呼吸をして、あたしは焦りをいったん落ち着ける。
「そんなことはわかってるわよ。別に、お風呂目当てできたわけじゃないしい。たまたま通りかかっただけだし、気にしないでくれるかしら」
「わかりました。では、どうぞ」
透子が、すっと手を広げる。ちょうど、廊下の進路に併せるように。
「な、なによ」
「なんてことはありません。でしたらどうぞ、このまま通りかかって頂こうと思っただけです。さあ」
ぴきっと、あたしは頭に怒り皺ができるくらいには力む。なんなのよ、この女! シンプルにうざいんだけど!
そんな暴発寸前のあたしを察したのか、透子から見えない角度でアシュリーは、あたしの服を引っ張る。暗に、「落ち着きますの」と。
「このまま、通りかかってもいんですけど、たまったま鉢合わせた、透子がどーしても気になりますの。ここで立っている理由を聞かせてくれたら、通り過ぎるのもやぶさかではないですのよ?」
「さっきから言っているじゃないですか。なんとなく、立っているだけです」
「ちょっとあんたねぇ」
「百花っ」
アシュリーの制止を気にも留めず、あたしは透子へと食い掛る。なによ、このサイコパス女、意味がわからないわ。
「いいからここで突っ立ってる理由を答えなさいって言ってるの、あたし達は……っ」
あたしは、すんでのところで自分の口を手で覆う。あたし今、どこまで口走りかけた?
「あらあら、百花さん。相変わらず、血が昇るとボロが散見されますね」
嫌味を言っているのは理解できる。ただ、それでも表情が変わらない透子にあたしの心は更に囃し立てられる。
「ちょっと、何をやっておりますの」
べしっとアシュリーに頭をはたかれる。
「何すんのよっ」
アシュリーは、あたしの首に手を回し、そのまま透子に背を向けられる形に引き寄せる。
「このままいても埒があきませんわ。未だ犯していない罪まで確定してしまいますわよ」
アシュリーは、透子には聞こえない声量で、そう諭す。
「しょうがないじゃないのよ、透子のやつが煽るのが悪いわ」
「その気は昔からありましたでしょう。いい加減に慣れますの。それが大人の対応ですわよ」
「う……」
そう言われると、反論できない。
「とにかく、ここは一旦引きますの。生憎と、まだ掃除の時間が始まって5分程度。まだまだ時間はありますわ」
「そうは言っても……」
あたしは焦りから、追いすがるが、反対にアシュリーは至極冷静だ。
「考えてもみるですの。ゆうくんの性格上――いえ、だいたいの人間が掃除をする時に真っ先に触るのは一番汚れが目につくところだと、ワタクシは思っておりますわ」
「確かに、あたしもそうだけど……」
「ですから、観葉植物のような特に汚れもしないようなところに掃除の手が延びるまでは、きっとまだ猶予がありますわ。……いえ、猶予があると割りきるのですわ」
アシュリーは追い打ちをかけるように続ける。
「透子は今の所、筋の通らないことは一つもいっておりませんわ。このままでは、筋の欠片も無いワタクシ達が彼女を突破するのは不可能ですの。一度耐性を立て直して、確実に透子を突破しますの」
アシュリーは、真剣な眼に、あたしはようやく観念する。
「わかったわよ……あんたの言うことだし、聞くわ。冷静に考えて見れば、確かに解決の手立ては見えないものね」
あたしは、観念しましたとばかりのポーズを取りつつ、透子へと向き直る。
「あら、二人だけの秘密のお話は終わりましたか?」
「ええ、今しがた終わったわよ。あんた、覚悟しときなさいよ」
あたしは、精一杯のガンを飛ばしてから、踵を返す。その後ろをアシュリーは黙ってついて行く。そして、「どうにか破滅せずに済みましたの……」と胸を撫で下ろすと同時に。
「(好きな男の子の全裸を見るために、ここまでガチギレする人、初めて見ましたの……)」
アシュリーが呆れ半分、引き半分といった複雑な心境にあったことに、あたしは当然ながら気づくはずもなかったのだった。
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