第23話 再起の時
――再び、アシュリーの部屋。
「面倒なことになったわね」
「まったくですわ」
アシュリーと共に、二人して大きなため息を吐く。
「全く意味がわからないわ。透子のやつ、『ただ立っているだけ』の一点張りで、一歩たりとも動きやしないし」
「昔から、多少なりは頑固なところはありましたけど、ここまで意味不明な行動を取ったのは初めて見ましたわ」
「ほんっとに。流石、元マインドコントロール系の魔法の使い手とでも言うべきなのかしら、癪だけど」
以前の世界での透子は、精神操作系の魔法に特化した魔法使い。魔王軍の指揮官クラスを何人も手玉に取り、いつだって相手陣営が全力を出せないように戦場をかき乱していた。それは、天性の才能とでも言うべき、相手を論破する能力に長けていることも大きかった。そこに魔法適正まであるとなれば、敵軍にとって手が付けられない相手の一人となったのは言うまでもない。
「ですけど、あの一点張りをされてしまえば、強行突破以外の選択肢が思い浮かびませんわ。透子が口論でボロを出すことはまずありえないでしょうし……」
「悔しいけどそうね。あの子の得意なフィールドで戦って、勝てるわけがないわ」
あたしはお手上げと、手を挙げる。
「一応、片方が足止めをして一人だけでも先へ進むという手でなら、目的は達成できるかもしれませんが……」
あたしは頷く。
「だってねえ……」
「ええ……」
「……恥ずかしいじゃないのよ」「とっても恥ずかしいですわ……」
あたしも、アシュリーもしっかり女の子。事故とはいえ、一人ぼっちで全裸を見られてしまうのは、どうしても嫌。事が済んだ後、勇者の顔をまともに見れる気がしない。『2人で一緒に』という条件があって、ギリギリ許容できることに過ぎない。
「ねえアシュリー。もしかして、もうバレちゃってるんじゃないの? お風呂場であたし達が盗撮を行っていること」
「正直、そのセンは大きいと思いますわ。でないと、あんなピンポイントで透子が待ち伏せているわけがありませんもの」
「やっぱそうよねぇ……。あの子が無意味な行動を取るわけがないもの……」
もういよいよもって、潮時かもしれない。2人揃って諦めムードに入る。
「…………」
「…………」
気分はお通夜。俯いた視線の端に、裏返されたままの勇者の写真が散らばっていた。しっかりと脳内に記憶された、勇者のかっこいい姿や、えっちな姿。一度、盗撮写真の証拠が挙げられてしまえば、目をつけられて二度と見ることは叶わないのだろう。そう、二度と……。
「アシュリー」
「……なんですの」
「あたし達の悪行がバレてるとしたら、もう何もかもおしまいよね」
「そう、ですわね。透子のことですわ、きっとゆうくんにまでバラして、完全にワタクシ達の息の根を絶つと思いますわ」
透子だって勇者に好意を持っているし、あたし達が同じ気持ちなのは、言葉にはせずとも察しているはずだ。有利なポジションに立つ材料として、ここまでのものはない。
アシュリーが悔し気にパーカーの裾を握りしめる姿に、心が痛む。下唇を噛みしめて呻っていると、不意に光明が浮かぶ。
「だったらさ、だったら……。これ以上、状況が悪くなることはないのよね?」
「百花……?」
あたしは立ち上がる。いや、立ち上がる勇気を貰ったのだろう。あたしは、数々の勇者の写真を愛おしげに視界に収める。
「だったらせめて、勇者の全裸を拝んでから死のうじゃないのよ」
アシュリーはクマだらけの眼を丸くする。その様子にあたしは満足したように、深く頷く。
「やられっぱなしで、ただ罪を露呈されて屋敷内での立場を潰されるくらいなら、せめて……。盗撮がバレていようと、勇者の全裸を見ないと割に合わない……!」
アシュリーが、はっと体を震わせる。
「ワタクシとしたことが、そんな簡単なことにも気づけなかったなんて……。馬鹿でしたわ」
すくっと立ち上がったアシュリーと視線が重なる。目線は同じ、アシュリーの瞳の奥に燃え滾る炎が見える。
「あたし達はまだ、終わってない」
「やりましょう、百花」
「ええ」
差し出されたアシュリーの手。あたしは迷わず、強い握手を返す。
「もう、透子なんて知ったことではありませんわ。いかな妨害を受けようとも、這ってでもエデンへと足を踏み入れてみせますの」
「その意気だわ。あたし達ふたりが、力づくて押し通れば、全裸を拝むくらい、なんてことはないわ」
失うものが何も無い戦い。戦場では恐れを知らない者が、誰よりも強い。例え、その場限りの命だったとしても、その瞬間において遅れをとることはありえない。そんな当たり前のことを、あたし達はかつての世界で幾度なりとも経験したのだ。
部屋を出る。――もう誰も、開いた扉を閉めることは無かった。
お風呂場への道。負けて帰ってきた時とは違って、俯いているものは誰もいない。そうして、再び現れる、お風呂場前の曲がり角。メイド服が擦れることも厭わず、壁に擦りつけるようにして、あたし達は曲がりきる。
そこには、さっきと同様に透子の姿があった。構うものか、もう透子なぞ怖くはないのだから!
「っ! 待ちますの百花っ」
唐突にアシュリーにスカートを掴まれ、あたしは転びかけるものの、なんとか体勢を立て直す。
「ちょっと何するのよ、もう怖気ついたの?」
「違いますわ、あれを見ますの」
アシュリーに指を差され、目を凝らす。もう20mといった視線の先には、透子の他に人影がもう一人。――長身の執事服の姿を認める。
「どうしてロイがいるのよ?」
透子と向かいあうようにして、ロイが立っていた。
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