第24話 転機、舞い降りて
ロイの姿を認めたあたし達は、今しがたの曲がり角に身を隠す。
「お風呂の時間は男子が先で、女子が後。これが、お風呂掃除の日の決まりですわ。まだ掃除の真っ最中だとは思いますけれど」
「そうね。まあ、ロイのことだし進んで手伝いにでも来たんでしょ」
ロイは言葉遣いは荒くはあるが、THE良い子なのだ。あたしが教えたことはなんでも守るし、手伝ってと言って断られたことだって殆ど無い。所謂、お人好しで、それは師匠であるあたしも身に染みて感じているし、きっと実の姉であるアシュリーも同じのはず。
「こうなってくると、ロイの全裸まで視界に収めることになりそうですわね。ワタクシは弟の裸くらい見慣れたものですので気にはなりませんけど、百花は平気ですの?」
それって、子供の時の話よね? と、さも当然の疑問が浮かぶものの、話題を逸らしている場合では無いので、今は突っ込むのよしておく。
「あたしは別に平気。だってロイよ? あたしにとっても弟とか子供みたいなものだし。それよりも、勇者の全裸シーンに不純物が入り込むのがちょっと気になるくらいだわ。まあ、こんな状況だし我慢するけど」
「(ロイ、我が弟ながら、心から同情しますわ……)」
なぜか遠い眼をするアシュリーに疑問を覚えつつも、あたしは透子とロイへと視線を戻す。こうしてアシュリーと些末な話をした後でも、まだお風呂場の入り口を前に話し込んでいる様子だ。
「随分と長々と喋っているわね」
「そうですわね、少し盗聴してみましょうか」
「え? 盗聴?」
アシュリーはスマホを取り出して、軽く操作をする。すると、スピーカーから声が聞こえてくる。
『いいからそこを通してくんねぇか』
くぐもった声ではあるものの、ロイの声だ。
「ロイのスマホと繋げましたの。安心して大丈夫ですわ、こちらの声は向こうには届きませんので」
「そこは安心するけど、そうじゃなくてね……」
慣れた手つきで盗聴を果たすアシュリーに、あたしは恐怖を覚える。なんか細工がされていないか、あたしのスマホも専門の業者とかに相談した方が良さそうね……。
続いて、透子の声も聞こえてくる。
『申し訳ありません。それはできません。もう少しだけ待って頂けませんか?』
『いっつもそれじゃねぇか。今日は雨だしジメジメしてて気持ちわりぃんだよ。だいたい、今は男子の入浴時間だろ?』
『確かにそうですが、今は勇者さんがお風呂掃除の真っ最中ですので……』
珍しく、ロイの苛立ちが感じ取れる。
「なんか、揉めてるっぽい?」
アシュリーは頷く。
「でも、それだけじゃないみたいですの、ロイの口ぶりから察するに今日だけのことではないみたいですわ」
再度、聞き耳を立てる。くぐもっている感じ、盗聴元のスマホはロイの服の中。気を逸らすと、聞き漏らしそう。
『お風呂掃除とか関係ねぇだろ。最中でも、俺は手伝うだけだから気にすんな。それじゃあな』
『……わかりました。雑味が多いのは私も好みません』
『なんだよ、雑味って?』
『お気になさらないでください。こちらの話ですので』
すっ、と透子がお風呂場の入り口を開けるのが、遠目で見える。
「これは不味いですわ」
アシュリーが、盗聴を切って再度スマホを操作する。
「どうしたのよ」
「透子の様子を見る限り、ワタクシ達を吊し上げる以外の目的があるように見えます。なんなら、仕掛けたカメラですらバレていない可能性も出てきましたわ」
「風呂場の前に立っている理由が他にもあるってことね」
アシュリーはスマホを操作して、電話アプリを開く。発信先はロイ。スピーカーマークをタップして、音声を共有してくれる。
「そういうことですの……もしもし、ロイですの?」
『なんだよ、ねぇ――』
「黙りなさい」
『はぁ?』
「黙りなさいと言っていますの。でないと、あなたの夜の慰みを、大切な人へバラしますわよ」
『……』
早口でアシュリーが捲り立てると、通話先のロイがすっと黙った。あんた、いったいどんな弱み握られてるのよ……。
「後で必ず、お礼はしますわ。だから、今だけはお姉ちゃんの言うことを聞いてほしんですの」
『電話ですか? ロイさん』
電話先の透子の声。
「とりあえず、ミリアちゃんと言っておきなさい」
『あー、カー子からだよ』
「そのまま聞きなさい、ロイ。透子がお風呂場の前でこうして立っているのは日常茶飯事なんですの? 透子に聞かれないように口元を抑えながらお姉ちゃんに教えなさい」
『そうだな』
遠くの相対してる透子は、不思議そうには思っているだろうが、問題なく静観している。
「では、次ですわ。透子が立っている理由について何か知っていることはありますの?」
『知らねぇ。姉ちゃんが理由をつきとめてやめさせてくれるなら願ったり叶ったりだ。わりと迷惑してるんだよ、戦場≪いくさば≫が入っている間はだいたい止められるからな』
「なるほどですの。お姉ちゃんに任せるんですの、必ずつきとめて見せますわ。……けれど、ワタクシも今しがた知ったばかりで、点でわからないんですの。今までで何か、気になった点とかありませんの?」
『気になった点……そういえば、今日は珍しく違ったが、いつも出くわす時はきまって入り口の引き戸に耳を当ててたな』
あたしは、電話先のロイに聞こえないように小声でアシュリーに耳打ちする。
「もしかして、透子って……」
「ええ……」
「音フェチなんじゃ……」「音フェチですのね……」
二人そろって、馬鹿らしさに頭を抱える。勇者がお風呂に入っている間、聞き耳を立てているとなれば、それ以外に考えられない。
「なんというか、あれですわね。そういった欲に自分が貪欲でよかったと心から思いましたの」
「あたしも……。ぶっちゃけ、あたしもやったことあるし、前の世界で……。なんというか気持ちはすごくわかるわ」
「拍子抜けはしましたけど、こうなってくるとカメラの回収も夢じゃありませんわ」
「ついでに、勇者の全裸もね」
「となると、当初の目的通りに透子をあの場から引き剥がすしかないですの」
「ロイがお風呂に行けば、聞き耳を立てる価値もなくなるんじゃないの?」
「あなた本当にえげつないことを言いますわね……。確かに、その可能性は大いにあると思いますわ。ですが、万が一に動かなかったとすれば、さっきと同様にワタクシ達に突破する手立てはありませんの」
「……安牌をきるべきね」
「ええ。ロイを囮に使えば、ワタクシと百花が入れる確率は各段にあがりますわ」
アシュリーはパーカーのぽけっとから、ひょろ長い物を取り出す。
「何よそれ」
「これは、他人にある程度の無茶ぶりを通すための、素敵アイテムですわ」
よく見れば、それはイヤホンだった。ただ、耳のあたりの形が普通のイヤホンとは少し違っている。
「イヤホンでいいのよね、それ」
「相違ないですわ。ただ、見ての通り普通のものとは違いますの。こちらの声をバイノーラルで電話先に声を伝えることができますわ」
「あんたなんでそんなものを持ち歩いているのよ……」
「異性の盗聴・盗撮にはとっても使える代物ですので、ワタクシの標準装備ですわ。それに、異性からゾクゾクする声で言われたら、なんだって断りにくいでしょう?」
言って、アシュリーはスマホにイヤホンを指して、あたしの耳に取り付けてくる。
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