第25話 ASMR

「ちょっと待って、その役ってあたし?」


「当然ですわ。実の姉のASMRよりも、百花の方が効果があるに違いないですの」


「でも、あたしよ? あんたと似たようなもんでしょ」


 アシュリーはなぜだか小さくため息を吐いてから、真剣な顔つきに戻る。


「断定はできませんわ、とだけ言っておきますわ。……とりあえず、可能性がある方でチャレンジすることが、作戦遂行には不可欠ですの。時間が無いですし、つべこべ言わずにやりますの」


 言って、あたしの耳元に手を伸ばす、カチッと音が鳴る。おそらく、電源を入れたのだろう。


「(集音声があがったので、ここからはハンドサインで行きますわよ)」


 あたしは小さく首肯する。


「もしもし、ロイ? あたしだけど」


『その声、もも――』


「ダメ、名前は言っちゃだめ」


『っ……!』


「(いい具合に聞いていますわね)」


「(どこら辺が良い具合なのかさっぱりなんだけど……)」


 アシュリーがロイを見るのですわ、とばかりに視線をやる。なんか、ロイがもじもじしているのは見える。ぶっちゃけ、なよっとしているのが普通にキモいと思った。


「(……それで、こっからどうするのよ?)」


「(そうですわね……無理やり引き剥がす、というのはどうでしょう?)」


「(それって、無策ってことと同義よね?)」


「(仕方ありませんの、犠牲はつきものですわ。この官能的なイヤホンで無理を通す、それ自体が作戦と認識しますの。もう、これ以上はありませんわ。ということで、これからはASMRマスターであるワタクシのアドバイスを基に、動いてもらいますわよ)」


 アシュリーから『お願いの仕方』をハンドサインで教えてもらう。8割方、難色を示して当然なものが散見されたが、腹を括る。


「ねーえ、ロイ」


 アドバイス通り、できるだけしっとりと、囁くように声を掛ける。


『っ! ……な、なんだよ』


「透子をそこからぁ、無理やり引き剥がせてくれないかしらぁ」


 やって初めて気づいた、これすっごく恥ずかしい……! なんで、無駄に語尾を伸ばさないといけないのよっ……!


『ん、んなこと言われ、ても』


「……ふーっ」


『※▲×□!』


 アシュリーは得意げに、ぐっと拳を握りしめている。


『ロイさん、どうされましたか? お顔が赤いですけど』


『心鏡っ。おっ、俺は大丈夫だっ、至って平気だ!』


「無理やりぃ、抱え上げてでもなんでもいいからぁ……。透子をどかして欲しいの ぉ……(がちで、やめたいんだけど)」


「(もう少し、頑張りますの。ワタクシを信じて)」


『そっ、そんなこと言われても……。女の体に気安く触れるとか、俺そんなんできねぇしよ……。好きな女だったらまだしも……』


 ロイが弱々しくそう返してくる。


「おねがいロイぃ……。あたし、ロイの力になりたいと思ってぇ……」


『だっだめなものは――』


「おねがぁい……ふーっ………ふーっ」


 この息を吐く作業、ちょこちょこアシュリ-にやれって言われるけど、何の意味があるのかさっぱりだわ。ただ恥ずかしいだけだし。あーもうっ、早く終わって!


「(百花、おそらくもうキメに行ってよろしいですわ)」


「(あんたが何をもって確信しているかさっぱりだわ……これが失敗したらタダじゃおかないから、覚悟しときなさいよ)」


 あたしは、アシュリーに恨みがましい眼を向けつつ、指示通りに囁く。


「じゅう……きゅう…はち……」


 指定されていたのはテンカウント、ほんとなんなのよコレ。


『……っ!』


 カウントダウンを続けつつ、遠目でロイを見ると、ビクビクっとしていた、しばらくあの子と話すのやめようかしら。


「よぉん……さぁん……おねがい、ロイぃ……」


『も、も……』


「にぃ……いーちぃ………ぜろ……ぜろ……ぜろ……ぜろ――」


『もっ、もう勘弁してくれぇ――っ!』


『ちょ、ちょっとロイさんっ!?』


 電話先――どころか、直接こちらまで聞こえる程のロイの声。

 遠目に見えるロイは、透子をお姫様抱っこして、かなりのスピードで走り去っていた。えっ、ほんとにやったんだけど、あの子……。


「ま、こんなものですわ」


 アシュリーがロイと繋げていた電話を切り、どや顔をしてくる。


「……あんた、やるわね」


「伊達に催眠音声ばかり聞いていませんの」


「催眠……? え、なによそれ」


「今度オススメを教えてあげますわ、きっと百花もハマりますの」


 こんな状況でそんなことを言われても、ハマる未来なぞ当然見えるわけもなく……あたしは、小さくなっていくロイ達の姿を冷めた眼で見送ったのだった。





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