第1幕 偉大なる百花様と元吸血鬼の新たなる目標

第3話 頼られたのは、あたし

 日本に来てから3ヶ月が経過した。あたし達——戦場勇者いくさばゆうしゃのパーティ一同が住む屋敷の庭にも、次第に紅葉が色づき始め、初めてこの世界に降り立った時の蒸し暑さに比べると、随分と過ごしやすくなってきた。


「夏が収穫時って言うくらいだし、やっぱり厳しいのかなあ」


 あたしは、庭に菜園をつくってやろうかと、画策していた。その第一号がこのトマトだ。花が咲いたのがだいたい60日くらい前。実はなっているものの、なかなか赤くなりきってはくれず、あたしは四苦八苦していた。


百花ももか、朝飯の仕込みだいたい終わったぞ」


 ロイが、1階の窓からひょっこりと頭を出して、声を掛けてくる。執事服姿が、彼の基本装備だ。合わせるように、あたしはメイド服姿だったりするが、これは前の世界に居た時の名残。あたしとロイは、もともと家事全般の担当だったので、流れで食事当番と洗濯を請け負っている。といっても、以前とは違ってある程度家事は分担しているが。モンスターも魔法も無い世界であれば、割とみんな手は空きがちなのだ。


「ふふん、さすがあたしが仕込んだだけはあるわね」


「お、おうょ……」


「顔赤いけど、熱でもあるの?」


「へ? いや、ねえよ! 百花の教え方が上手かったから、早く身に付いただけだよ! じゃあ俺は配膳始めとくからなっ」


「ぴゅーって走ってっちゃった。なんか変なこと言ったかしら。よいしょっと」


 トマト目線から立ち上がり、スカートについた軽い土汚れをぱたぱたと落とす。


「ちょっといいかい、百花ももか


 声を掛けられ、振り向くと、あたしの勇者ゆうしゃ(約束された未来よ)が、今日もイケメンに立っていた。几帳面な雰囲気を漂わせたぴちっとしたシャツが相変わらず似合っていて、かっこいい。箒を持っているに、庭に溜まっている落ち葉を集めていたのだろう。勇者は、若干の潔癖症なのも相まって、この屋敷の掃除を務めている。


「もちろんいいわよ」


 あたしは満面の笑みを返す。日本に来てから、フェイスパックに出会い、肌はつやつや。自分の笑顔に自信しかない。


「まだ何もいってないよ……まったく、いつも君はそうだね」


 勇者は呆れ顔半分、子供を相手にするような顔半分といった感じの表情になる。あたしは、この顔面が好きだ。たまらなく好きだ。


「こほん。話というのはだね、最近カーミリアの様子がおかしいんだ、元気が無いというか……」


「それ、今に始まった話じゃないわよ」


「ん、そうなのかい?」


「ええ。こっち来た時からずっと。初めは気を遣ってかくしてるふうだったけど……(いえ、あの娘のことなんてどうでもいいけどねっ。勇者の近くにいるメスは敵よ敵!)」


「なら、話が早い。カーミリアの悩みに探りを入れてはくれないかい? 男の僕が相手だと、どうにも話がしづらいみたいでね」


 勇者に頼み事をされる、というのはつまり……頼りにされている証拠! あたしはもう、あなたの妻になる覚悟はできているのよ?


「——そっ、そんなこと。……いいわ。あたしに任せておきなさいっ」





 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る