終幕
最終話 笑顔
「はーい。もう十分ですよね」
「うげぇっ」
あたしは突然、メイド服を後ろに向かって引っ張られる力に、首元を絞められ、女のとしてあるまじき声を発してしまう。勇者に抱擁をかます直前の出来事だった。そんでもって、盛大に庭の芝生へと頭を打ちつける。
「ちょっと、何すんのよ!」
あたしは頭にコブができていないことを確認してから、声の方へと吠える。
「あらあら勇者さん。こんなに泣いてしまって、私が慰めてあげますから」
泣き顔とガーゼでボロボロになった勇者の頭の上に、牛みたいな乳を乗っけた透子がそこにいた。後ろからぎゅっと抱き着いている形だ、いかがわしい!
「透子っ、あんたどっから……」
「まあまあ、もう夜なんですし、大きな声は近所迷惑になりますわよ」
倒れたままのあたしに手をかしてくれつつ……(いや、元はといえばこいつのせいであたしは……)、アシュリーは諭すように声を掛けてくる。
「アシュリーまで、こんな所で何をしてるのよ」
「決まっておりますわ、あなたとゆうくんの密会の盗み聞きに他なりませんわ」
うんうん、と透子も同意を示すように頷いている。
「あんた達、いつから――」
「最初からに決まっておりますわ」「最初からです」
「あんた達ぃ……」
あたしは恨みがましい眼を向けるが、二人はおかまいなしに、勇者へとまとわりついていた。
「ささっ、勇者さん。たくさん涙がでていますし、私の部屋で拭きましょうか」
「それでは、ワタクシは汚れたガーゼの取替えを手伝いますわよ」
「あんた達、何を勝手に……い、良い雰囲気だったのにっ!」
「百花」「百花さん」
アシュリーと透子がそれぞれ、あたしの肩に手を置く。
「だから邪魔をしに来たんですの」「ぶっ壊しに来ました」
2人の屈託のない笑顔に、あたしはついに堪忍袋の緒が切れる。
「あんた達ぃ……!」
めらめらと髪を逆立てていると。
「なんじゃなんじゃ、全員集まって。妾とロイを仲間外れにして遊ぶなぞ、酷いではないか」
「ちっ」
カーちゃんが、赤い目元をごしごしとしながら舌打ちをするロイを引き連れて、まるで親子のような構図で庭へと参入していた。
「ほれ見るがよい。ロイなんて仲間外れにされたショックで『まじでないちゃうごびょうまえ』というやつじゃぞ」
「ちげぇっつの! 俺がこんなんなったのはそうじゃねぇし、というか、俺は泣いてねぇからな!」
「ふむう。ならば、どこか痛いところでもあるのか? 妾がさすってやろうぞ」
「どこも痛かねえよ!」
「ぷっ……」
騒がしさの中、勇者が吹きだす。連鎖するように、あたし達もなんだかおかしくなって、笑ってしまう。
かつてあっただろうか、こうやって皆で屈託なく笑うことが。
今なら逃げずに断言できる、無かったわよねと。誰しもが胸中に思いを秘めていて、相手もそうなんじゃないかって、なんとなくで察していた。だけど、殺伐とした環境に身を置いている事実を理由に、あたし達パーティメンバーは、外面を交し合う時間ばかりを重ね続けたのだ。それは、とても気楽ではあったけど、同時にとても辛いことでもあった。
前の世界に居続ければ、もしかするとずっとそのままだったかもしれないとも思うし、そうじゃないかもとも思う。
結局のところ、何事もやってみなければわからないということだ。
なのであたしは、とりあえず今思っていることを、口にしようと思う。
「あたし、この世界に来て良かった!」
腕を掲げ、口を大きく開けて、とびきりの笑顔で、あたしは皆と一緒に笑うのだ。
おわり
ヒロインにふさわしいのは、あたし。~モブ共、あたしを引き立てなさいっ!~ 涼詩路サトル @satoruvamp
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