第10話 鮫島歳三

「さ、行きますわよ」


 アシュリーはカーちゃんの手を引き、門をくぐって、ずんずんと進む。


「ちょっと待ちなさいってば」


 あたしは、2人を急いで追いかける。


「勝手に入るのはやばいんじゃないの?」


「いえ、特に問題はないですの」


「問題しかないでしょ、不法侵入じゃないの。第一あんた、お酒だって飲んでるのに」


「大丈夫ですのよ。アルコール臭はエナジードリンクのフレーバーでかき消せるように比率を調整済みですわ」


「その才能、どっか別のところで活かしなさいよ……」


 呆れているところに、やけにガタイの良い、スーツ姿にサングラスを掛けた、角刈りの男が駆け寄ってきているのが見えた。遠目で見ても、人相が悪すぎる。


「見つかっちゃったじゃないのよっ! すごいスピードで走ってきてるわよっ」


「おぉ、まるで人造兵器かのような走り方をしているのお。相当、鍛えていると見える」


「関心してる場合じゃないでしょっ、さっさと逃げるわよ」


「あら、あなた相当に弱虫ですのね。たかだか屈強な男の1人や2人……仮にも、魔王軍を討伐したパーティの一人でしょうに」


「それとこれとは話が別でしょ。第一、向こうに世界では皆が強かったから、あたしだってなんとか精神衛生上、問題無かっただけよっ。今も昔もあたしはただの一般人だし、今に至っては特別な力のある集団に属しているわけでもないじゃないのよっ」


「よく舌も噛まずに、そんだけ長々と早口ができますわね。練習でもしたんですの?」


「してるわけないでしょっ!」


 ぐいぐいとアシュリーとカーちゃんの腕を引っ張るも、時既に遅し。綺麗なフォームで走っていた件の男は、ついにあたしたちの眼前へと辿り着いてしまう。


「ひぃっ」


 何をされるのか、はたまたどんな脅し文句が飛んでくるのか。あたしは、怖くなって目を瞑る……が、何も起きず。なので、恐る恐る目を開けてみることに……。


「お待ちしておりやした。理事長、小鳥遊アシュリー様」


 再び開いた視界には、屈強な男の姿は無い。およ? と思い、視線を下げると、スーツが土で汚れることも厭わずに、件の男が地面に額を擦りつけて深々と土下座をしていた。


「へ?」


「なんじゃアシュリーよ、こやつと知り合いなのか?」


「その通りですわ。出迎えご苦労様、歳三さいぞう。頭を上げていいですわよ」


「へい」


 むくっと、歳三と呼ばれた男が立ち上がる。間近でみると、威圧感がすごい。というか、身長も高いし、2メートル近くあるんじゃないの? まあ、アシュリーが手懐けてるっぽいし、警戒はしなくてよさそうなのは良かったけど。


「ちょっと、アシュリー。これは、どういうことよ。あんた、ずうっと屋敷に引きこもってて、外になんてほとんど出てなかったじゃないの、どこで知り合ったわけ?」


「インターネットですわ。ビデオ通話で顔は見たことあったけど、直接会うのは初めてですわね」


「へい。その通りでございやす」


 くいくい、とあたしのTシャツの裾が引っ張られる。カーちゃんだ。


「りじちょう、とはなんなのじゃ」


「えーと、あたしも詳しくは……」


 アシュリーを見やる。


「そうですわね。この霞島高校の運営方針に口が出せる偉い人、とでも思って頂ければよろしいですわ」


「へい。理事長は、廃校になりかけていた我が校に巨額の寄付をしてくださったお方です。理事長の席に座るに相応しいお方でおりやす。その際は感謝してもしきれやせん」


「その事はもういいですわよ。ワタクシにもメリットはあったことですし」


「そう言って頂けるとありがたいでやす。おっと、理事長のご友人方、申し遅れやした」


 歳三は、胸ポケットから何やら小さい紙切れ――名刺を取り出した。


「私は、霞島高校の校長をやっておりやす、鮫島歳三さめしまさいぞうと言いやす。この度は、当校へ学校見学に来てくださり、ありがとうございやす」


「学校……」


「見学、じゃと?」

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