第12話 武道家のスキル


 大小の石が敷き詰められた河原の水際を奇声をあげながら駆けるアルナルド一団。


 バシャバシャと水を踏む音を立てながら、彼らは進む。


 その水音に時折、彼らの足によるものではない、重たいものが混じり始めた。


(なんだ…… ? )


 最後尾のベルがそれに気づき、後ろを振り返ると、ちょうど鎧のような鱗を纏った巨大な爬虫類が上陸を果たしたところであった。


「アルナルド様 ! メガダイルです ! 」


「なんだと !? 」


「ヒィ !? 」


 走りながら振り向いたアルナルドとゴブリンの視線の先には長い尾を含めると 10 メートルにもなる巨大なワニの姿があった。


「ド、ドウスルンデスカ !? 」


 ゴブリンが泣きそうな声でアルナルドに問う。


「水から遠ざかるように森に向かってバラバラに逃げるぞ ! あのワニのターゲットになる確率は 5 分の 1 だ ! 」


「タ、ターゲットニナッタトキハ……ドウスレバ…… !? 」


「あいつが諦めるまで死ぬ気で逃げるんだ ! 」


「ソ、ソンナ…… !? 」


 上から見れば進行方向を変えて、扇のように広がってそれぞれ森に向かうアルナルド達。


 そんな彼らの後を長い鼻先をひくつかせながら、巨大な爬虫類が水中の優雅な動きとは比べ物にならないほど不格好に追う。


「ぐお !? なんでまっすぐ俺を追ってきやがるんだ !? 」


「一番、野性的というか……メガダイルが普段捕食しているような獣臭けものしゅうがするからじゃないですかね。……ゴブリン達よりも……シモーネ姫が散々あなたに香水を贈ってきた意味がわかって良かったじゃないですか」


「やかましい ! そんなわけあるか ! この俺からそんな体臭がするわけねえだろうが ! 」


 両腕を上げて両ワキをフルオープンにするという謎のアピールをしながら、アルナルドは彼の 10 メートルほど隣を走るベルに怒鳴った。



────



──かつて勇者パーティーで取り囲んで、多勢たぜい無勢ぶぜいでぶっ殺した魔族はこんな気持ちだったのだろうか。


 そんなことを思いながら、私は大きく息を吸い込んだ。


 「操身」の恩寵おんちょうから派生させたスキル、魔素を代償としてそれを発動させるために。


 武道家の「操身」系スキルは他の攻撃職とは毛色が違う。


 勇者が剣を雷で纏ったり、剣士が斬撃を飛ばしたり、魔法使いが炎の塊を撃ってきたり、戦士が常時、鋼の肉体を得るようなものじゃない。


 「剛力」・「硬化」・「変形」といった自らの肉体に作用させ、それを武術と掛け合わせて敵を打ち砕くものだ。


 ちなみにさっき男の顔と声になっていたのは「変形」のスキルを応用したもの。


 私の場合、一度に切れる「スキル」の枚数は二枚。


 まずは手札の一枚を切る。


 過去にアルナルドが「これを読んで勉強しろ !! 家が 10 軒買えるくらいしたんだからな ! しっかり働いて返せよ ! 」と頼んでもないのに豪華な装丁の本を恩着せがましく、これ以上なくムカつく顔で放り投げてきた。


 それは異世界からの転移者が著したという医学書だった。


 あまりに斬新すぎて王家の御殿医ごてんいのみが所持を許されるという代物。


 始めは戦闘面でジュリエッタ達に及ばない私にパーティーの治療役か闇医者にでもならせてゴールドを稼がせようとしているのとも思い、落胆したけど、違った。


 あいつは私を対人戦に特化させるために、つまりは効率よく暗殺することができるように、人間の身体の仕組みを、どうすれば簡単に死ぬかを、学ばせたかったんだ。


 最初は気乗りせずに進まなかったページだったけど、ある項目で私は穴が空くほどその本を読みこむことになる。


 それは「神経」。


 そして数ヶ月かけて、私は私の切り札オリジナルとなるスキル「神経強化」を習得した。


 途端に世界が変わる。


 もともと良かった視力は離れた所にいる気の強そうな女剣士の少し開き気味の毛穴の一つ一つまでくっきりと映し出し、耳は左後ろの魔法使いの呼吸を捉え、肌は右後ろの戦士が剣を上段に構えたことを教えてくれる。


「一応聞いてみるけど、大人しく投降する気はない ? 勝ち目はないと思うわよ。女の武道家一人じゃあね」


 気の強そうな女剣士が不自然に細い片眉を上げながら言う。


 舐められたものだ。


 確かに武道家の基本スキル「剛力」は瞬間的に筋力を数倍から数十倍に向上させるもので、元々の筋肉の量をに比例して強化されることから男の武道家の方が強いと一般には思われがちだけど。


 でもこの状況では舐めてかかってくれた方がいい。


「……そっちこそ見逃してくれなくていいの ? 私は勝てないかもしれないけど、あなた達の内、誰か一人くらいは道連れにできるかもしれない。冒険でもないこんな所で大切な仲間を失うのは嫌でしょ ? 」


 そう言うと男の剣士は多少動揺したが、女の方は揺らがない。


「はっ !? そんな弱気な奴にやられるほど私達は情けなくねーよ ! 」


「そう……ならこれが私の最後の戦いになる」


 私は仰々しく右拳を顔の前に掲げ、それを左手で包み込む。


 武道家の礼だ。


「……我が名はイヤン・ハン ! 『肉体の女神』オコア・コギュレータ様 ! どうか我が最後の戦いを見守りご加護を賜りますよう……」


「はっ !? この期に及んで神頼みかよ ! 」


 この祈りが終わった時が戦いの始まり、そう思ったのだろう彼らの緊張の中に弛緩が顔を覗かせた。


 右手でそっと左袖に仕込んでいたものを握りこむ。


「……我が肉体が滅びし時は、その魂を御身元で…… ! 」


 そして私は祈りの途中で二枚目のカードを切る。


 「剛力」を。


 ぐるん。


 身体を半回転させ、右手に握りこんだものを把握済みの呼吸音に向かって投げる。


 左後ろの魔法使いに。


「ギャッ !? 」


 片目から細い鉄の棒手裏剣を生やした青年が倒れる前に、私は走り出す。


 大剣を上段に構えた戦士に向かって。


「気をつけろ !! 」


 背後から二人の剣士が私を追いながら叫んだ。


「ケッ !! 女の武道家ごときの攻撃が俺の鋼の筋肉に通用するかよ !! うおおおおぉぉぉぉぉおおおおお !! 」


 あの医学書によると網膜が映した光が脳に届くまで、少しの時間差ラグがあるそうだ。


 だから厳密には人間はみな 0.5 秒ほど過去の光景を見ている。


 だけど神経を強化した今の私は、私だけが本当のこの瞬間を見ている。


 そして悩が身体に出す命令もまったくの遅延がない。


 つまり今の私は少しだけ他の人間よりも速く生きているのだ。


 少しでも触れれば身体のどこかが削り取られるであろう斬撃が振り下ろされる前に私は再び「剛力」を発動させる。


 攻撃ではなく移動のために。


 ドン、と地面を蹴ると一瞬で、大剣が振り下ろされる前に戦士の懐に潜り込む。


 そして私は「神経強化」と発動し終わった「剛力」を捨て、再び「剛力」と今度は「変形」を発動。


浸透発勁しんとうはっけい…… ! 」


 そっと戦士の岩のようなあごに触れた右手に「剛力」による筋力で震わせるのに加えて「変形」によって掌の形を細かく凹凸させることで、凄まじい振動が生まれる。


 師範が免許皆伝までは教えない、ともったいぶった挙句、肉体関係を断ったら教えてくれなかった身体の内部を破壊するスキルだ。


 師範の元では修得することができなかったが、かつてアルナルドが異世界には振動によって肩の凝りをほぐすマッサージ器なるものがあると聞いて、それを私の「操身」で再現して俺の身体を揉め、と気持ちの悪いことを言ってきた時にひらめいた。


 振動を内部に浸透させるのではないか、と。


 そして私はしばらくして「浸透発勁しんとうはっけい」を発動させることに成功した。


 あの男の気色の悪さもたまには役に立つものだ。


 さて、脳筋という言葉があるが、頭蓋骨の中でシェイクされた悩まではさすがに鍛えては無かったようで、戦士は鼻血を垂らしながら膝をつく。


 その背後に回転しながら回り込んだ私はその勢いのまま、「剛力」を発動させて壁のような大きな背中を後ろ回しで思いきり蹴った。


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